表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タカマガハラの神務官 〜神の力を使うのに必要なのは祈りではなく決裁です〜  作者: ひらまさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/7

第3話 紙袋の市松人形

第三話です。


今回は、波多野が実家に帰ります。

神務庁に勤めていると、親戚や近所からどういう相談が来るのか。

そんな話です。

第3話 紙袋の市松人形


七月の連休、僕は実家に帰った。


今住んでいる葛飾のアパートから電車を乗り継ぎ、神奈川県の西の方へ向かう。


一応、首都圏ではある。


けれど、駅前を少し離れれば、山と田んぼと畑が主役になるような街だ。


東京の人が想像する神奈川とは、たぶん少し違う。


海はない。


大きな商業施設もない。


その代わり、夕方になると、山の端に沈む日が田んぼの水に映る。


子どもの頃の僕にとっては、それが神奈川だった。


波多野の家は、昔からの農家だ。


地域の顔、という言い方は少し大げさかもしれない。


けれど、祖父の代よりずっと前からそこにあり、畑と田んぼを持ち、近所の人が何かあるたびに顔を出す家ではあった。


今も、祖父母はその家に住んでいる。


両親もいる。


僕だけが、大学進学をきっかけに家を出て、今は東京の東側で一人暮らしをしている。


築百年を超える母屋。


黒ずんだ梁。


広すぎる土間。


使わなくなった農具。


誰が最後に開けたのか分からない納戸。


庭の隅には、古い土蔵もある。


子どもの頃は、祖父に止められても、何度かこっそり近づいた。


ひんやりした白壁。


重そうな扉。


錆びた金具。


中に何が入っているのか、よく分からないまま大人になった。


玄関に入ると、夏の湿った空気に混じって、古い木と畳、そしてお線香のにおいがした。


台所では、祖母が煮物でも作っているのか、醤油と出汁の匂いがしている。


外から入ってくる風には、草と、田んぼの水の青い匂いが混じっていた。


そういう匂いを嗅ぐと、帰ってきたのだと思う。


僕はこの家が嫌いではない。


ただ、東京で一人暮らしをするようになってからは、帰るたびに少しだけ思う。


古い家というのは、人よりも長く生きている。


そして、人よりも多くのものを覚えている。


「お前の家は、声が多いな」


あぶさんが、リュックの中から小さく言った。


「静かにしてください」

「田んぼの方からも、納戸の方からも、土蔵の方からも聞こえる」

「やめてください。具体的に言わないでください」

「具体的でないと伝わらんだろう」

「伝わらなくていいんです」


僕はリュックの肩紐を少しだけ握り直した。


「家族に見つかったら困るんです」

「普通の人間には、わしはそうそう見えん」

「……え?」


思わず聞き返した。


リュックの口が、少しだけ内側から持ち上がる。


白い耳が、ちらりとのぞいた。


「気づいておらんかったのか」

「気づいてませんでした」


言われてみれば、そうだった。


あの日、アパートの廊下であぶさんと話していた時も、隣の部屋の人間は出てこなかった。


今朝、駅まで歩いた時も、電車に乗った時も、誰も僕のリュックを見て騒がなかった。


もちろん、あぶさんは中に入れていた。


けれど、何度か白い耳が出かけたし、尻尾も一度だけファスナーの隙間からはみ出しかけた。


そのたびに僕は、何でもない顔で押し戻した。


周囲の人間は、誰も気づかなかった。


僕が混乱しすぎて気にしていなかっただけで、普通の人間には、そもそも見えていなかったのかもしれない。


「じゃあ、隠さなくてもいいんですか」

「普通の人間にはな」

「神務庁の人は?」

「知らん。見える者もいるだろう」

「そこが一番大事なんですけど」

「人間の役所の事情など、わしが知るか」


知っているのか知らないのか、よく分からない白狐だった。


ただ、少なくとも神務庁の中で堂々と出すのは危ない。


榊課長に見つかるかもしれない。


いや、榊課長に見つかった場合、たぶん怒られるというより、まず黙って事情を聞かれる。


それが一番怖い。


だから、あぶさんにはリュックの中で大人しくしてもらうしかなかった。


大人しくしているかどうかは、別問題だった。


「承平」


台所の方から、祖母の声がした。


「うん」

「リュックに、何か入れてるのかい」


心臓が少しだけ跳ねた。


「着替え」

「そうかい」


祖母はそれ以上聞かなかった。


けれど、少しだけ首をかしげた。


「なんだか、獣の匂いがするね」


リュックの中で、あぶさんの耳が動いた気配がした。


僕はできるだけ自然に笑った。


「田んぼの方を歩いてきたからかな」

「そうかねえ」


祖母は納得したような、していないような顔で、また台所へ戻っていった。


「……危ないじゃないですか」


小声で言うと、あぶさんは面白そうに答えた。


「あの婆は鼻が利くな」

「言い方」

「事実だ」

「祖母です」

「あの祖母は鼻が利くな」

「そういう問題じゃないです」


あぶさんは、リュックの中で小さく笑ったようだった。


七月の連休。


神務庁に出向して丸三か月半。


僕は、自分の実家に白狐を連れて帰っていた。


もちろん、家族には説明していない。


説明できるわけがない。


神務庁の庁舎内ならともかく、実家の茶の間で、


これは稲荷の使いで、名前はあぶさんです。


などと言ったところで、まともに説明できる自信がない。


父は真面目な顔で「仕事はちゃんとやれてるのか」と聞くだろうし、母は「疲れてるんじゃないの」と心配するだろう。


祖母だけは、たぶん違う。


見えているわけではない。


けれど、何かがいることくらいは分かっている。


そして分かっているくせに、何も聞かない。


そういう人だった。


だから、たぶん祖母なら、見えないものに向かって普通に油揚げを出す。


それはそれで、かなり困る。


だから、あぶさんにはリュックの中で大人しくしてもらっていた。


大人しくしているかどうかは、やはり別問題だった。


「暑い」

「我慢してください」

「油揚げは」

「あとで」

「あとで、という言葉ほど信用ならんものはない」

「人間社会では普通に使います」

「だから人間はよく揉める」


そんなことを言いながら、僕は母屋の縁側に座っていた。


縁側の板は、日に焼けて少し白くなっている。


足元には、畳の匂いと、庭から上がってくる土の匂いが混ざっていた。


庭の向こうには畑がある。


さらに奥には、田んぼが広がっている。


蝉が鳴いていた。


東京の蝉より、少しだけ声が太い気がした。


***


昼過ぎ、近所の志賀さんがやって来た。


志賀さんは、昔からうちによく出入りしている近所のおばさんだ。


僕が子どもの頃は、畑で採れすぎた野菜を持ってきたり、逆にうちの祖母から梅干しをもらって帰ったり

していた。


地域の人間関係というのは、そういうやり取りでできている。


「あら、承平くん、帰ってたの」

「うん。連休だから」

「東京は暑いでしょう」

「こっちも十分暑いよ」

「でも、風が違うでしょう」


そう言って、志賀さんは笑った。


確かに、風は違う。


東京の風は、建物とアスファルトの間を抜けてくる。


ここの風は、田んぼと畑を通ってくる。


同じ暑さでも、肌に残る匂いが少し違う。


志賀さんは、持っていた紙袋を畳の上に置いた。


古いデパートの紙袋だった。


今はもうない店舗名が、色あせた文字で印刷されている。


「それでね、承平くん。ちょっと見てもらいたいものがあるのよ」


僕は嫌な予感がした。


「見てもらいたいもの?」

「あんた、今、神様関係の役所なんだって?」


雑だった。


あまりにも雑な理解だった。


「神様関係というか、民俗文化とか地域祭祀とか、そういう行政の方」

「そうそう、それそれ。神社の親玉みたいな」

「親玉ではないかな」

「でも神社とは関係あるんでしょ?」

「関係がないとは言わないけど」


行政説明は、親戚と近所の人にはだいたい負ける。


志賀さんが紙袋から何かを取り出そうとした瞬間、嫌な予感は確信に変わった。


神社に関係ある役所。


その雑な理解から出てくる相談は、だいたい想像がつく。


近所の神社や祠の話。


家の中から出てきた、捨てていいのか分からないものの話。


古いお札。

人形。

掛け軸。

神棚の一部。


神務庁は便利屋ではない。


僕自身、まだ出向して三か月半の新人にすぎない。


けれど「神社関係の役所」と聞いた人が、何を期待するかくらいは分かる。


志賀さんが紙袋から取り出したのは、市松人形だった。


黒い髪。

白い顔。

赤い着物。


古いけれど、保存状態は悪くない。


人形の目は、畳の上に置かれてからも、まっすぐこちらを見ているように見えた。


僕は無意識に、リュックの口を押さえた。


中で、あぶさんが動いた気配がした。


「物置を片づけてたら出てきたのよ」


志賀さんは困ったように笑った。


「誰のものか分からないんだけどね。うちの母のものか、祖母のものか。とにかく古いの」

「へえ……」

「それで、最初は捨てようと思ったんだけど」

「うん」

「見つけた日から、夢に出るのよ」


僕は市松人形を見た。


人形は、何も言わない。


「夢に?」

「そう。毎晩。寂しい、寂しいって言うの」


志賀さんの声は、冗談を言っている声ではなかった。


「あとね、置き場所が変わるの」

「置き場所?」

「朝になると、違う部屋にいるのよ。昨日は玄関。おとといは仏間。その前は階段の下」


それは、なかなか嫌だった。


「家族の誰かが動かしてるとか」

「ないと思うのよ。みんな気味悪がって触らないもの」

「だよね」

「近くの神社にも持っていったの。お焚き上げとか、供養とか、そういうのをお願いできないかと思って」

「うん」

「そしたら次の日、家の中に転がってたのよ」


僕は黙った。


民俗文化行政の範囲を、少し超えている気がした。


でも、だからといって、ものすごく危ないものにも見えなかった。


誰かが怪我をしたわけではない。


家が荒れたわけでもない。


ただ、夢に出る。


場所が変わる。


神社に置いてきても戻ってくる。


その程度と言えば、その程度だった。


けれど、その程度だからこそ、どう扱えばいいのか分からない。


「実害はないのよ。誰かが怪我したとか、病気になったとか、そういうのはないの。ただ、気持ち悪くてね」

「それは、まあ……気持ち悪いね」

「で、承平くん、神社に関係ある役所にいるんでしょ? ちゃんと供養してくれる神社とか、紹介できない?」


素朴な相談だった。


そして、かなり雑な相談だった。


本来なら、僕が個人で引き受けるべき話ではない。


神務庁は、市松人形の引取窓口ではない。


そう言うべきだった。


けれど、畳の上の人形を見ていると、どうにも普通の古道具として扱う気にはなれなかった。


何かがある。


少なくとも、何かが残っている。


そう感じた。


リュックの中で、あぶさんがじっとしている。


さっきまで暑いだの油揚げだのとうるさかった白狐が、一言も喋らない。


それが、かえって不気味だった。


「……確約はできないよ」


僕は言った。


「僕が判断できるものじゃないから。ただ、職場で相談はしてみる」

「本当?」

「引き取れるかは分からない。危ないものとして扱われるかもしれないし、逆に、普通の民俗資料として扱われるかもしれない」

「普通の民俗資料?」

「古い人形として、写真を撮って、記録して、どこかに送るだけになるかもしれない。供養になるか、処分になるかも分からない」

そう言いながら、自分でも少し引っかかった。


供養。

処分。

記録。


どの言葉も、間違ってはいない。

けれど、畳の上の人形を前にすると、どれも少しだけ雑な気がした。


「いいのよ。ちゃんと見てもらえるなら」


志賀さんは、ほっとした顔をした。


「家に置いておくのが嫌でね」


それはよく分かった。


僕も、できれば自分の部屋には置きたくない。


「じゃあ、いったん預かる」


そう言った瞬間、リュックの中であぶさんが強く動いた。

帰り支度をしてから、人形をリュックに入れようとした時だった。


「やめろ」


リュックの中から、低い声がした。


僕は慌てて周囲を見た。


縁側には誰もいない。


志賀さんはもう帰っている。


祖父は奥の部屋でテレビを見ていた。


「静かにしてください」

「それと同じ袋に入れるな」

「それって、この人形ですか」

「それ以外に何がある」


僕は市松人形を見た。


古い桐箱に入っているだけで、もちろん音はしない。


「怖いんですか」


リュックの口から、白い顔がのぞいた。


あぶさんは、心底不愉快そうに目を細めていた。


「怖くはない」

「じゃあ、何が嫌なんですか」

「うるさい」

「うるさい?」


僕はもう一度、人形を見た。


やはり、何も聞こえない。


「何も聞こえませんけど」

「お前には、まだな」


まだ。


その言い方が、少し気になった。


あぶさんは人形から顔を背けた。


「近すぎる。耳元でずっと、置いていくな、見ろ、忘れるな、と言われている」

「……声、ですか」

「声になり損ねたものだ」


あぶさんの尻尾が、リュックの中でわずかに膨らんだ。


「人間は、物にいろいろ置いていく。祈りも、悔いも、寂しさもな」

「この人形にも?」

「置いていかれすぎている」


僕は、桐箱の中の市松人形を見た。


黒い髪。

白い顔。

赤い着物。


目は、相変わらず何も言わず、ただこちらを見ている。


置いていかれすぎている。


あぶさんの言葉は、妙に耳に残った。


「……分かりました。別にします」


僕は仕方なく、志賀さんが人形を入れてきた古いデパートの紙袋を広げた。


桐箱ごと、市松人形をそこへ入れる。


紙袋の持ち手は少し頼りなかった。


人形を運ぶには、あまりにも日常的な袋だった。


けれど、あぶさんはそれでようやく少し黙った。


「これでいいですか」

「まだだ」


あぶさんはリュックの口から顔だけ出した。


そして、紙袋の持ち手に鼻先を近づける。


白い額の朱の文様が、ほんの一瞬だけ淡く光った。


紙袋の内側に、赤い線が走る。


小さな鳥居のような形に見えた。


「今、何をしたんですか」

「口を結んだ」

「袋の?」

「声のだ」


僕は紙袋を見下ろした。


さっきまで妙に気になっていた視線のようなものが、少しだけ薄くなった気がした。


「黙らせたんですか」

「うるさいからな」


あぶさんは当然のように言った。


「それと、戻り道を少し縛った」

「戻り道?」

「あれは歩いて戻っているのではない。置いていかれた場所へ、残った縁に引かれているだけだ」

「じゃあ、その縁を切ったんですか」

「切ってはおらん。切ると騒ぐ。今は結んだだけだ」

「どのくらい持ちますか」

「一晩」

「短いですね」

「文句を言うな。紙袋だぞ」


確かに、古いデパートの紙袋だった。


神務庁の封印容器でも、専用の箱でもない。


「明日、役所に持っていけ」

「神務庁にですか」

「人間の面倒は、人間の箱に入れろ」


あぶさんはそう言って、リュックの中に引っ込んだ。


紙袋の中の市松人形は、何も言わなかった。


少なくとも、その時は。



***



翌朝。


僕はリュックを背負い、片手に古いデパートの紙袋を下げて、神務庁へ向かった。


紙袋の中には、市松人形が入っている。


昨夜、あぶさんが「口を結んだ」と言ってから、人形は志賀さんの家へ戻らなかった。


戻らなかったことを、喜んでいいのかどうかは分からない。


少なくとも、志賀さんの家にとっては良かったのだと思う。


ただ、今度は僕の手元にある。


それはあまり、良いことではない気がした。


神務庁の神務官用登庁口で、僕は少しだけ足を止めた。


いつもなら、そのまま通るだけの入口だ。


けれど今日は、片手に市松人形入りの紙袋を下げている。


「……これ、弾かれたりしませんかね」


リュックの中で、あぶさんが鼻を鳴らした。


「弾かれはせん」

「分かるんですか」

「ここは、声が遠くなる。そういう場所だ」


説明になっているようで、なっていなかった。


僕は職員証をかざし、一礼して、鳥居の下を通った。


紙袋は、何事もなく僕の手の中にあった。


市松人形は、弾かれなかった。


少し安心した。


そして、少しだけ不安になった。


弾かれないということは、安全だという意味ではない気がした。


ただ、神務庁の中で扱える範囲に入った。


そんな感じだった。



***



INARI運用課に着くと、僕はいつもより慎重に席へ向かった。


背中にはリュック。


片手には、古いデパートの紙袋。


紙袋の中には、桐箱に入った市松人形がある。


昨夜、志賀さんの家へ戻ることはなかった。


それはたぶん良いことなのだろう。


少なくとも、僕にとっては良くないことだった。


「波多野さん」


席に着く前に、声をかけられた。


榊課長だった。


「おはようございます」

「お、おはようございます」


榊課長の視線が、僕の顔ではなく、手元の紙袋へ向いている。


古いデパートの紙袋。


口が少し開いていて、中の桐箱が見えている。


桐箱の隙間から、市松人形の黒い髪が少しだけのぞいていた。


どう見ても、朝の職場に持ち込むものではない。


「それ、市松人形ですか」

「あ、はい」

「ご実家ですか」


なぜ分かるのだろう。


「実家に帰っていまして、近所の方から相談されました」

「なるほど」


榊課長は、特に驚いた様子もなくうなずいた。


「神社関係の役所にいるなら、こういうのも分かるだろう、と」

「まさに、それです」

「出向して三か月なら、そろそろ来る頃ですね」

「来る頃?」

「親戚やご近所からの、ざっくりした神社相談です」


あるのか。


「あります。若手はだいたい一度は何か持ってきます。人形、古い札、掛け軸、壺、神棚の一部、どこかの石」


「どこかの石」


「一番困ります。由来がわからないので」


榊課長は紙袋を見た。


「事情を聞いても?」


僕は、志賀さんから聞いた話を簡単に説明した。


物置から見つかった市松人形。


夢に出て、寂しいと言うこと。


置き場所が毎日変わること。


近くの神社へ持っていっても、翌日には家に戻っていたこと。


そして、ちゃんと供養してくれる神社に送れないかと相談されたこと。


榊課長は最後まで黙って聞いていた。


「なるほど。典型的ですね」

「典型的なんですか」

「ええ。民俗資料と呪物の境目にある相談です」


その境目があること自体、普通の役所ではない。


「呪具呪物管理課に持っていってみてください。通称、じゅじゅ課です」

「受け付けてもらえますか」

「それは分かりません」

「分からないんですか」

「全部受け付けていたら、庁舎が埋まりますから」


それは確かにと思った。


「危険度、由来、所有関係、保管余力。あとは担当者の裁量」

「最後、制度じゃないですよね」

「運用です」


榊課長は少しだけ笑った。


「まあ、経験してみるといいですよ。神務庁にいると、こういうものをどう扱うかは避けて通れませんから」

「今すぐ行った方がいいですか」

「急ぎではなさそうですね。紙袋から自力で出ていないなら」


判断基準が怖い。


「午前の作業が落ち着いたら、持っていってください。ただし、次からは持ち込む前に一度相談してくださいね」

「はい」

「それと」


榊課長は紙袋の口を指さした。


「中は見えないように。来客もありますし、苦手な職員もいます」

「すみません」


僕は慌てて紙袋の口を閉じ、紙袋を机の下に置いた。


中の市松人形は、何も言わない。


何も言わないまま、そこにある。


午前中の仕事を片づけながら、僕は何度も机の下を見てしまった。


呪具呪物管理課。


通称、じゅじゅ課。


神務庁の中でも、一番それっぽい部署らしい。


そこへ、この紙袋を持っていく。


それがどういうことなのか、僕はまだ知らなかった。

お読みいただきありがとうございます。


神社関係の役所にいると、たぶんこういう相談は来ると思います。

「ちゃんとしたところに持っていけば何とかなるんじゃないか」という雑な期待、嫌いではありません。


次回、じゅじゅ課です。

神務庁の中でもかなり“それっぽい”部署になる予定です。


ブックマーク・評価などいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ