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タカマガハラの神務官 〜神の力を使うのに必要なのは祈りではなく決裁です〜  作者: ひらまさ


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14/20

第14話 昔は見ていました

今回は「水上様」後編です。


祠がなぜそこにあったのか、なぜなくなったのか。

神様そのものより、人の側の事情が少し多めの回になります。

第14話 昔は見ていました



小田倉所長は、石組みの前で庁用スマホを取り出した。


土の中から出てきた、祠のようなもの。


外された札状の木片。


旧水路跡とされる、細い窪み。


さっき倉橋を狙うように走った、土の下の水。


現場は静かだった。


作業員はいない。重機もない。今日の工事はすでに中断され、仮囲いの内側には掘削途中の土と、ブルーシートだけが残っている。


「方針を変えましょう」


小田倉が言った。


封緘ふうかん強化も、直接接触を伴う鑑定も、いったん止めます」


「反応固定もですか」


倉橋が聞いた。


「はい。水上みなかみ様側から見ると、こちらの鑑定動作も、また塞がれるように感じている可能性があります」


「反応の型は見えています。ただ、意味はまだ分かりません」


「ええ。だから、人の方から聞きます」


小田倉は、電話をかけ始めた。


自治会長。近くの神社。市役所の道路課。


旧水路。水上様。小祠状構造物。水路埋設。支障物処理。


小田倉は、そういう言葉を一つずつ置きながら、柔らかい声で話をつないでいく。


しばらくして、スマホを胸ポケットにしまった。


「自治会館へ行きましょう」


「現場はいいんですか」


波多野が聞いた。


「今、ここで塞ぐ方が危ないです」


小田倉は、石組みに軽く頭を下げた。


「水上様。少し、人の話を聞いてきます」


土の奥で、水が一度だけ細く鳴った気がした。




     ***




自治会館は、現場から歩いて十分ほどのところにあった。


古い平屋の建物だった。


中は畳敷きで、壁際には長机が重ねられている。


波多野たちが入ると、自治会長がすでに待っていた。


「小田倉さん、また厄介なことになってるんですか」


神務庁さん、ではない。


小田倉さん。


この人にとって、小田倉は役所の看板より、地域で面倒ごとが起きた時に顔を出す人なのだろう。


「すみませんねぇ」


小田倉は、深く頭を下げた。


「工事、止まるんですか」


「止めたいわけではありません。止めずに済ませるために、今のうちに話を聞いています」


「今さら昔の祠がどうとか言われても、住民説明は終わってますからね」


「分かっています」


自治会長は、少し目を伏せた。


「水上様、でしたか」


「ご存じですか」


波多野が聞いた。


自治会長は、すぐには答えなかった。


「名前は、聞いたことがある気がします。ただ、正直、はっきりしません」


「はっきりしない」


「子どもの頃、あの辺に小さい祠があったような気はします。でも、それが水上様だったのかどうかまでは。田んぼも水路も、子どもには遊び場の一つでしたから」


自治会長は、苦い顔で笑った。


「古いことを聞くなら、金田さんの方が分かると思います。もう呼んであります」


そう言ったところで、入口が開いた。


八十代くらいの老人が、白い帽子を脱いで入ってきた。


「水上様の話だって?」


金田さんは、畳に腰を下ろすなり言った。


自治会長が、少しだけ姿勢を正した。


「すみません、金田さん。昔のことを教えてもらいたくて」


「昔も何も」


金田さんは、ゆっくりとうなずいた。


「見ていましたよ」


その一言で、倉橋のペンが止まった。


小田倉は、静かに聞いた。


「見ていた、というのは」


「通る時に頭を下げていたんです。見ていたというより、見られていたという方が近いかもしれませんな」


金田さんは、窓の外を見た。


そこには今、住宅と道路しかない。


でも、この人の目には、たぶん別の風景が見えている。


「あの辺は、昔は田んぼでした。水路があってね。田んぼに水を入れる前に、みんなで泥を掻いて、草を取って。水の取り合いで揉めることもあった」


「水上様は、その水路沿いに」


「ええ。祠というほど立派じゃない。石を組んで、木の屋根が乗っていたようなものです」


「正式な神様の名前は」


「知りません」


金田さんは、あっさりと言った。


「水の上の方にあるから水上様だとか、水を上げてくれるから水上様だとか、そんなものでした。正式な名前なんか、誰も気にしていなかった」


正式ではない。


でも、呼ばれていた。


記録ではない。


でも、残っていた。


「誰が管理していたんですか」


倉橋が聞いた。


金田さんは、少し笑った。


「管理者なんて言い方は、しませんでしたな。水を使う人。近くを通る人。気づいた人が掃除していました」


「所有者は」


「誰のものでもなかった」


金田さんは、静かに言った。


「だから、みんな少しずつ見ていたんです」


誰のものでもない。


みんなが少しずつ見ていた。


その言葉が、波多野の胸に残った。


自治会長は、黙って聞いていた。


小田倉が、そちらを見る。


「会長さんは」


自治会長は、小さく首を振った。


「私は、そこまでは覚えていません」


それから、少しだけ言葉を探すように間を置いた。


「覚えていない、というより、見ていなかったんでしょうね。あったのに」


その声は、思ったより低かった。


「いつ頃から、見なくなったんですか」


小田倉が聞いた。


金田さんが答える前に、自治会長が口を開いた。


「宅地開発の話が出た頃だと思います」


金田さんが、低くうなずいた。


「ああ、あの頃ですな」


自治会長は、畳の上に視線を落とした。


「私が子どもの頃には、もう親たちがその話をしていました。昭和の終わり頃です。もっと前からあったのかもしれません。多摩ニュータウンだとか、千葉ニュータウンだとか、そういう大きな話が先にあって、うちの町も遅れて夢を見たんでしょうね」


「この辺一帯を宅地にする話だったんですか」


波多野が聞いた。


「ええ。田んぼを潰して、道路を通して、住宅地にする。若い家族が来る。スーパーができる。バスの本数が増える。学校も残せる。そんな話でした」


自治会長は、小さく笑った。


「子どもの頃は、よく分かっていませんでした。ただ、大人たちが景気のいい話をしていたのは覚えています」


金田さんは、窓の外を見たまま言った。


「あの頃は、みんな浮いていましたからな」


「反対はなかったんですか」


倉橋が聞いた。


「ありましたよ」


金田さんが答えた。


「田んぼを手放したくない者もいた。水路を埋めるのを嫌がる者もいた。水上様をどうするのかと言う者もいた」


「でも、進んだ」


小田倉が言った。


「進みました」


金田さんは、少しだけ目を細めた。


「それが悪いことだと、みんな思っていたわけではありません。田んぼだけでは食べていけない家もあった。息子や娘は町へ出て、戻ってこない。なら、ここを住宅地にして、人が来てくれればいい。子や孫が戻ってくるかもしれない。そう思った者も多かったんです」


自治会長が、低く続けた。


「私の親も、そうでした。道が広くなれば便利になる。土地を売れば家も直せる。町が賑やかになる。そういう話をしていました」


そこで、少し言葉が止まった。


「でも、平成に入って、バブルが弾けた」


「すぐ全部が止まったわけじゃありません。土地はもう動いていたし、道路も一部できていた。水路も埋めた。だから、途中でやめるにも、元には戻せなかった」


「けれど、買い手は思ったほどつかない。事業者は変わる。計画は小さくなる。造成しただけの土地や、道路だけ先に通した場所が残る」


自治会長は、少しだけ笑った。


「私が高校を出る頃には、もう誰も、ニュータウンなんて言わなくなっていました」


金田さんが、静かに続けた。


「田んぼは戻らない。水路も戻らない。祠も戻らない」


そこで、少しだけ間を置いた。


「来るはずだった人だけが、来なかった」


誰も、すぐには返事をしなかった。


自治会館の外を、車が一台通り過ぎていく音がした。


「水上様は、どうなったんですか」


小田倉が聞いた。


金田さんは、膝の上の手を見つめていた。


「揉めました。移すなら、どこへ移すのか。神社さんへ頼むのか。費用は誰が出すのか。土地のものなのか、自治会のものなのか、田んぼを持っていた家のものなのか。誰も決められなかった」


「それで」


「見なくなりました」


波多野は、思わず聞き返した。


「なくなったんじゃなくて」


「なくなったんじゃない。見なくなったんです」


金田さんは、窓の外の住宅地を見た。


「便利になるなら仕方ない。人が来るなら仕方ない。町が残るなら仕方ない。そう言って、みんな少しずつ目を逸らした」


自治会長が、低く言った。


「私は、目を逸らしたことも覚えていません」


その声は小さかった。


「それが一番、悪いのかもしれませんね」


金田さんは、責めるでもなく、ただうなずいた。


「で、結局、人は来なかった」


自治会長が言った。


金田さんは、静かに続けた。


「だから余計に、誰も見に行けなくなったんでしょうな」


「どうしてですか」


波多野が聞いた。


金田さんは、少し寂しそうに笑った。


「謝らないといけなくなるからです」


その言葉を聞いた瞬間、耳の奥で水音がした。


細い水が、石の間を通る音。


――見ていた。


波多野は息を止めた。


――流した。


――塞いだ。


リュックの中で、あぶさんが低く言った。


「水は忘れんぞ」


倉橋の視線が、波多野の方へ動いた。


でも、何も言わない。


今は、金田さんの話を聞く時間だった。


「正式な遷座は」


小田倉が聞いた。


金田さんは、首を横に振った。


「神社さんではなかったと思います」


倉橋のペンが止まった。


「神社ではなく?」


「ええ」


自治会長が、低く言った。


「それは、私も聞いたことがあります。業者がどこかから拝み屋を呼んで、なんとかしたって」


「拝み屋、ですか」


小田倉が聞き返す。


「神社に頼むと、正式な話になりますからね。移す場所を決める。費用を決める。誰の責任か決める。工事も止まる。だから、現場で早く済ませたかったんでしょう」


自治会長は、少し苦い顔をした。


「時間と金の節約です。そんな時代だったんですよ」


金田さんは、畳の上に置いた手を見ていた。


「鎮めた、と聞きました」


「移した、ではなく」


倉橋が確認する。


「移したとは聞いていません」


金田さんは、はっきりと言った。


「鎮めた、と聞きました」


自治会長が、小さく息を吐いた。


「祠をどうするか、誰が見るのか、そういう面倒なことを決めないまま、済んだことにしたんです」


倉橋は、現場で回収した札状物件の写真を見た。


「札の形式とも合います。祀り直しではありません。外へ出る反応を抑える処理です」


波多野は、何も言わなかった。


昨日、現場で聞こえた水音を思い出していた。


倉橋は、少しだけ言葉を選んだ。


「水上様からすれば、移されたのではなく、黙らされた、ということになります」


リュックの中で、あぶさんが小さく鼻を鳴らした。


「名を移さず、責任も移さず、声だけ塞ぐ」


そこで言葉を切る。


「人間の仕事じゃな」


その声には、笑いよりも棘があった。




     ***




その後、市道路課から折り返しがあった。


小田倉は、自治会館の隅でしばらく話を聞いていた。


電話を切ると、戻ってきて言った。


「道路課の古い資料にも、祠の名前は残っていないそうです」


「記録上は」


倉橋が聞いた。


「支障物。管理者不明。一時保全。撤去済み。施工支障なし」


その言葉だけで、十分だった。


自治会館の空気が、少し冷えた気がした。


「今回の工事は市道拡幅です。ただ、あの辺りは旧水路筋なので、側溝と雨水排水の改修も一体でやっているそうです。大雨の時に、水が残ると」


旧水路。


水が残る。


耳の奥で、また水音がした。


――言わせろ。


――流れない。


――通らない。


――塞いだ。


――抜いた。


――戻せ。


「波多野さん」


倉橋が言った。


「今、聞こえていますか」


波多野はうなずいた。


「断片です。流れない、通らない、塞いだ、抜いた、戻せ。あと、言わせろ」


倉橋は、手元のメモに短く書いた。


けれど、端末には入力しなかった。


「これは正式記録には入れません」


「え」


「波多野さんの主観聴取を、現時点で公文書に載せるのは危険です。あなたが先に処理されます」


「処理」


「比喩です」


「比喩に聞こえませんでした」


「半分は比喩です」


半分は違うらしい。


倉橋は、ペン先で紙を軽く叩いた。


「ただし、私の個人メモには残します。確認できた事実と、聞こえたことは分けます」


小田倉は、静かにうなずいた。


「では、ここからは処理の話にします」


自治会長が、少し身構えた。


「処理って、また工事を止める話ですか」


「いいえ。封じ直す話でもありません」


小田倉は、長机の上に並んだ資料を見た。


「正式な管理者は、今はいません。ですが、関係者はいます」


自治会長は黙った。


「自治会。旧土地関係者。近くの神社。市道路課。施工者。そして、神務庁関東北部支部茨城駐在所」


ひとつずつ、名前を置いていく。


「誰のものでもないから、誰も見なかった。なら、今度は関係者で見る形にします」


「そんなこと、できるんですか」


自治会長が聞いた。


「正式な末社化や遷座は、今日ここではできません。所有権も祭祀上の管理も、すぐには整理できません」


小田倉は、柔らかく言った。


「でも、暫定の扱いなら、こちらで置けます」


「ざんてい、ですか」


「ええ。正式な管理者が決まるまで、誰が見るのかを記録しておくための、仮の関係です」


倉橋は、口を挟まなかった。


これは鑑定の話ではない。


誰を関係者として扱い、どこまでをその場で決めるか。


それは、小田倉の仕事だった。


小田倉は、いつもの困ったような笑みを浮かべた。


「細かい話は、あとで私が怒られます」


自治会長が、目を瞬いた。


「怒られるんですか」


「たぶん」


小田倉は、あっさりと言った。


「でも、今やらないと、また塞ぐことになりますからねぇ」


リュックの中で、あぶさんが低く笑った。


「ようやく、人間が頭を下げるか」




     ***




一般の関係者には、自治会館で待ってもらうことになった。


神威を伴う処理を、全員の前で行うわけにはいかない。


現場へ戻ったのは、小田倉、倉橋、波多野の三人だけだった。


自治会館を出る前に、自治会長は言った。


「年に一回くらいの掃除なら、まあ、できますよ。うちの負担になりすぎないなら」


氏子総代は、正式な末社として受けるには手続が必要だが、祭祀協力ならできると言った。


市道路課は、工事照会の記録に旧水路跡小祠注意として残すことになった。


小田倉は、それをひとつずつメモした。


そして、三人は現場へ戻った。


戻る頃には、空が少し赤くなり始めていた。


仮囲いの内側に入ると、旧水路跡のあたりだけ、空気がひんやりしていた。


小田倉は、庁用スマホを取り出し、簡易ログを立ち上げた。


「神務庁関東北部支部茨城駐在所。旧水路跡小祠状構造物に関する暫定管理縁設定を開始します」


いつもの柔らかい声ではある。


けれど、言葉は明確だった。


「対象。茨城県内旧宅地開発区域内、旧水路跡小祠状構造物。地域呼称、水上様」


倉橋が、記録用端末に入力していく。


「確認事項。旧水路沿いに小祠が存在したとの地域証言あり。正式な神社台帳記録なし。市道路課資料上は支障物として処理。過去工事時、神社ではなく拝み屋を呼んで鎮めたとの伝聞あり。現場には封じ側と推定される札跡あり」


水音がした。


土の下から、細い水が動くような音。


小田倉は、石組みに向かってゆっくり頭を下げた。


「水上様。遅くなりました」


反応はなかった。


ただ、土の表面が少しだけ濃くなった。


「正式な管理者は、今はいません。ですが、関係者はいます」


小田倉は続けた。


「自治会。近隣神社氏子総代。旧土地関係者。市道路課。施工者。神務庁関東北部支部茨城駐在所」


ひとつずつ、言葉が置かれるたび、土の下の水音が少しずつ変わっていく。


怒りの音ではない。


でも、静まった音でもない。


聞いている音だった。


「以上をもって、旧水路跡小祠の暫定管理縁を結びます」


小田倉は、片手を胸の前で軽く合わせた。


神主の祝詞ではない。


派手な神威でもない。


ただ、地方の役所の人が、責任の置き場を作るような所作だった。


「水上様。もう一度、見る者を置きます」


その瞬間、足元の土が、かすかに湿った。


倉橋が測定器を見た。


「反応、上昇。ただし攻撃性なし」


小田倉は続けた。


「封じるのではありません。流れを戻します」


声は静かだった。


「自治会は、年一回の清掃を行います。近隣神社は、祭祀協力を行います。市道路課は、旧水路跡小祠注意として工事照会記録へ追記します。施工者には、石組み周辺の保全協力を求めます。神務庁関東北部支部茨城駐在所は、暫定管理縁の記録と反応監視を行います」


波多野は、石組みの前に立った。


耳の奥で、水音がする。


――見ているか。


そう聞こえた気がした。


波多野は、喉が詰まるのを感じながら、答えた。


「聞いています」


水音が、少し近づいた。


「見ています」


言葉にすると、胸の奥が重くなった。


「もう、支障物だけでは終わらせません」


倉橋が、端末には入力せず、紙のメモにだけ短く何かを書いた。


「波多野さんの応答は、私の手元メモに留めます」


「正式記録には」


「入れません」


倉橋は、測定器から目を離さずに言った。


「でも、なかったことにはしません」


その言葉で、波多野の胸が少しだけ軽くなった。


あぶさんが、リュックの中で低く笑った。


「ようやく、声を声として扱ったか」


その時、土の下で水が動いた。


石組みの間から、細い湿り気が浮かぶ。


水は噴き上がらなかった。


誰かを狙うこともなかった。


ただ、旧水路の跡に沿って、細く、薄く、線を引くように滲んだ。


倉橋が測定器を見た。


「反応、低下。攻撃性、消失」


小田倉は、静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


誰も、すぐには話さなかった。


夕方の風が、仮囲いの隙間を抜けていく。


田んぼはもうない。


宅地開発も、計画通りには進まなかった。


水路は埋められ、祠はなくなり、書類には支障物と書かれた。


でも、そこに誰かが見ていたものは、完全には消えていなかった。


小田倉は、庁用スマホのログを保存した。


「暫定管理縁、成立。詳細は追って報告」


それから、石組みを見下ろした。


「水上様」


柔らかい声だった。


「遅くなりましたが、もう一度、見ます」


土の下で、水が静かに鳴った。


それは怒りの音ではなかった。


許しの音とも違った。


ただ、細い水が、ようやく通る場所を見つけたような音だった。




     ***




自治会館へ戻ると、小田倉は関係者へ簡単に説明した。


難しい神威の話はしなかった。


旧水路跡小祠として暫定的に扱うこと。


工事は止めないが、石組み周辺の扱いを変更すること。


年一回の清掃と、近隣神社の祭祀協力を検討すること。


市道路課の工事照会記録に残すこと。


それだけを、丁寧に説明した。


自治会長は、疲れたように息を吐いた。


「小田倉さん、結局、工事は進むんですね」


「進めます」


「また面倒なことを」


「ええ」


小田倉は、いつものように笑った。


「でも、地方では、面倒を少しずつ分けないと、神様も人も詰まりますから」


自治会長は、何か言いかけて、やめた。


「まあ、掃除くらいならしますよ」


金田さんが、満足そうにうなずいた。


「昔は、みんなそうしていました」


外へ出ると、夕方の空気が少し冷えていた。


波多野は自治会館の前で、遠くの住宅地を見た。


道路はある。


家もある。


でも、どこか空いている。


来るはずだった人たちの分だけ、町の隙間が残っているように見えた。


リュックの中で、あぶさんが小さく鼻を鳴らした。


「……あれが、本来の祀りじゃ」


「本来の?」


「人が見て、名を呼んで、少しだけ手をかける。水が通れば水に礼を言い、詰まれば泥を掻く」


あぶさんは、土の下を流れる細い水音を聞くように、耳を動かした。


「祈りとは、もともとそのくらい近いものじゃ」


波多野は、自治会館の中で話し合う人たちを見た。


書類には、きっといろいろな名前がつく。


暫定管理縁。

旧水路跡小祠。

地域祭祀協力。

工事照会記録。


でも、その時だけは、そういう名前より先に、人が水に頭を下げているように見えた。


あぶさんは、それ以上何も言わなかった。


ただ、遠くで水が鳴った。


細く、静かに。


もう一度、誰かに見つけられたもののように。


お読みいただきありがとうございます。


今回の話は、誰かが強い悪意で壊したというより、便利になるはずだった、町がよくなるはずだった、という空気の中で、少しずつ見えなくなっていったものの話でした。


神務庁の仕事は、荒ぶるものを封じるだけではなく、誰が見て、誰が手をかけるのかを決め直すことでもあるのかもしれません。


これからも、「なろう」のメインストリームとはかけ離れた、人間臭い話を書いていきたいと思います。


次回もよろしくお願いします。


ブックマークや評価、感想をいただけると、本当に本当に励みになります。このシリーズはまだまだ序盤、是非とも完結させたいので応援よろしくお願いします。

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