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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第99話 分かれ道

挿絵(By みてみん)





「自信と自律ってどう違うと思う?」


 吸血鬼との戦闘を終え、幽遊原野で問いかけてきたのはエリーゼだった。背後にはセルゲイ1と2を従え、残存していると思わしきコサック部隊とは出会ってない。ナロト体内に戻れる可能性がある『煉獄の門』を捜しつつ、セルゲイとオレグの欠けた部隊の行方も追っていた。


「とある心理学者の言葉を借りるなら、自信は揺れるもの。自律は揺るがないものかな。詳しく語られるけど、聞きたい?」


「うん、お願い」


「自信ってのは、成功しているうちは強固だけど、失敗すれば脆く壊れやすい。他者の評判や評価に左右されやすく、どれだけ根拠のない自信を持っていても賞賛されない日々が続けば、徐々に削れていく。一方の自律は、周りのこうあるべきだという期待に縛られることなく、自分の内なる欲求に従い、誰かに認められなくても消耗することなく前に突き進む力を持つ」


「ターニャはどっちのタイプだと思う?」


「あー、回答は織り込み済みときたかぁ。自律と言いたいところだけど、残念ながらあたしはゴリゴリの自信派かな。権威や肩書きを追い求めて軍隊に入ったわけだし、周りの賞賛なんて多ければ多いほどいいに決まってる」


「軍隊を抜けざるを得ない状況になったらどうするの?」


「それは……」


 思ったよりも本質的な質問に、ターニャは言葉を失った。哲学的な回答は用意できるけど、いざ自分に落とし込んだ場合の回答は深く考えてなかった。実際、事実としてコサック部隊を裏切ってしまったわけだし、元のキャリアに戻るのは難しい。今さっき口にしたばかりの自信の脆い部分が身に降りかかろうとしている。


「別の依存先を見つける。権威に紐づくものがあれば尚良し」


「ふーん。例えば四騎士とか?」


「それって黙示録の?」


「そうそう。オタクシアがまさにそれ。彼は支配の騎士だった」


「あー、今はセレーナって人が引き継いだんだっけ。そんでもってオタクシアは」


「死の騎士になった。歴史的に見ても稀な代替わりだね。運がよければ四騎士に食い込めるかもよ。ここに元死の騎士もいるわけだし、推薦状は出せる」


「そうなりゃ、地獄全体の賞賛を浴びて、職権乱用し放題……」


 エリーゼから示されたビジョンは、耽美で魅惑的だった。自身が定義する自信という言葉を補強する材料が全て揃っており、現実世界の何もかもをほっぽり出して飛びつきたい衝動に駆られる。


 ……ただどうも違和感が残る。


 心の底から欲しいと願っていたことなのに、いざ目の前に用意されると食指が動かない。さっき自信派だと口にしたばっかりなのに、気持ちと価値観はこうも簡単に揺らいでしまう。


「それさ、あなたが本当に求めてるものなの?」


 エリーゼは心理を掌握しているかのように、抱えている矛盾の核心に触れる。嘘でいいならいくらでも回答を用意することができるけど、次に発する言葉は恐らく自分自身を縛る。今後の方針に深く関わるような気がしてならなかった。


「どうかなぁ。まだ答えは出せないかも」


 ターニャは回答を先送りにする。今ではない未来の自分に丸投げする。正しいか間違っているか以前の問題だ。宙ぶらりんの状態なんだから将来の気分次第で、自信と自律、どちらにも舵を切れるし、第三の選択も用意できる。


「まー、今はそれでいっか。でも、旅の終わりにもう一度聞くよ。その時には答えを出してくれる?」


「任せて。そこまで優柔不断じゃないから。この道中で必ず……」


 重要なやり取りを終え、ターニャは一歩前に足を踏み出す。平地とは異なる硬い感触があり、足元を見つめる。そこに広がっていたのは――。


「煉獄の、門」


 ◇◇◇


 コサック部隊は現在、セルゲイ大尉、ターニャ中尉、オレグ中尉を失い、指揮系統が混乱しつつあった。幽遊原野に置き去りにされた上に、帰る手段も限られており、場を取り仕切る高官は存在しない。部隊は曹長以下の階級で構成され、自信を持って統率できる者が出てこない状態となっていた。


 慌ただしい状況が続いているが、幸いながら部隊は幽遊原野に露出していない。オレグが残した透明化能力をトレースした『布』を創造可変し、結界の上にかぶせて、部隊の存在をステルス化している。現状、主導権を握っているのは『布』を発生させた能力者であり、階級は下士官の中だと最下級の存在だった。


「…………」


 ニキータ伍長。短いプラチナブロンドの髪に、青い瞳を有しており、伏し目がちで自信はなさげ。誰も寄せつけないような沈鬱な空気を漂わせている。騒ぎの蚊帳の外におり、軍の指揮系統を考慮して、上からの指示を待っている状態だった。


「致し方あるまい。ここは私が部隊を率いるしかなかろう!」


 一方、彼女とは対照的に溌剌とした表情で場を取り仕切ろうとしているのは、ミハイル曹長。10mm程度に短く整えられたダークブラウンの髪に、茶色の瞳で、筋骨隆々とした体格が特徴的。体格の良さと声の大きさから、自信が溢れ出ているように見え、曹長という階級も相まって、第一声の時点で隊員の心を掴みかけていた。


「そうか? 俺はお前が適任だと思わないけどな」


 次に冷ややかな声を発したのは、エリックス曹長。金髪碧眼で、前髪は長く、細身。ミハイルとは見るからに体格差があるものの、物怖じせず接している。その主な要因は階級。曹長という現状の部隊における最高権威者に位置していることもあって、発言には自信が満ち溢れていた。


「ほぅ。であれば言ってみろ。誰が適任だ」


 両腕を組み、不服な様子でミハイルはエリックスに詰問する。意見した以上、議論は避けられず、返答によっては揉めてもおかしくない状況。


「俺は彼女を推薦するね。部品に徹するのはやめて、部隊を仕切ってみろ。ニキータ伍長」


 エリックスの回答に視線が一斉に集まり、隊員は息を潜めて反応を待っている。曹長に決断ならばと快い返事があれば受け入れそうな面子が大半で、後は士気を上げるような一言を発するだけで場が取り仕切れる雰囲気は出来ていた。白羽の矢が立った彼女は沈黙を破り、心情を伝えるために言葉を発する。


「……謹んでお断り申し上げます」


 ニキータには自信が欠如している。彼女の物語は一向に始まる気配がなかった。

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