第100話 計画
『荒れ狂う暴虐の宴をその身に食らいやがれ!!』
ナロト胃体区に響き渡るのは『俺』の声音だった。七つ頭のうちの赤頭を目の前の空間に突き出し、意思能力を発動。遠方から迫り来るセレーナに設定。物理的に届いていないのにもかかわらず、頭突きは敵に届いた。
「…………」
予期しない一撃に対し、セレーナは大太刀を振るう。空間の歪みを察知し、唐竹の斬撃を放っていた。
『「――――」』
赤と赤の閃光が発生し、両者の攻撃は完全に拮抗する。ナロト体内に充満していたガスは度重なる衝突で枯渇しており、爆発は生じない。『俺』の意思能力『冒険の夜明け』は、本物の頭突きではなく、頭突きの衝撃を転移させる能力。そのため、セレーナの大太刀『迦楼羅』による斬撃負傷時に発生する支配能力は不発に終わっていた。
「――」
その傍ら、バグジーは左腕でククリを横薙ぎに振るう。右肩を負傷しているため、『夢現四刀流』を扱うことは難しく、トランス状態時に可能となった芸に通ずる動きを最適化するモードも正気でないため扱うことができない。
だからこれは、『夢現二刀流』。
キツネ型の魔獣の左斜め後方に偽造ククリが発生し、バグジーのもとへと吸い寄せられるように放たれる。
『おっと、こいつは厄介だな』
背後に回り込んでいたキツネ型の魔獣は、迫り来るククリを事前に察知。足元に小結界を展開し、空中で軌道を変え、後方に跳躍。偽造ククリは空を切り、互いに接触することなく攻防は膠着していた。
「……」
そこでバグジーは自身に迫る偽造ククリを真物ククリで打ち返し、回避を取った魔獣を追撃する。
『想定済みってな』
キツネ型の魔獣は息を吹きかけ、迫り来る偽造ククリを弾き返す。再びバグジーの元へと戻っていき、主に牙を剥いた。
「…………」
バグジーは黙々と真物ククリで打ち返す。獣のように声を発することなく、本能のままに意識を戦闘に溶け込ませている。
『これじゃあ、どっちが魔獣か分かんねぇな!!!』
キツネ型の魔獣は右前肢の爪を払い、偽造ククリを破壊。すかさず小結界を足元に発生し、一気に距離を詰めた。人間のような魔獣と魔獣のような人間。双方が歩み寄る可能性はないに等しく、どちらかが倒れるまで終わらない。
「そこまでにしんさい!!!」
そこに割り込む人間がいた。セーラー服を着る茶色髪の女性……毛利広島は計画を前倒し、無理を承知で人間と魔獣の間に立っていた。
『……待て待て待て。俺はいいが、あいつは』
広島を知るモミジは反射的に足を止め、ブレーキをかける。その間にもバグジーのククリは広島の身に迫っており、センスで防御したとしても致命傷になりかねない意思が込められている。考えなしに飛び込んだのか、対処できると思ったのか、いずれにせよ、バグジーのククリは常人の反応で対処しきれないほどの速度に到達しており、無防備に飛び出した女性の背中を斬りつけようとしていた。
「…………っっっ」
歯を食い縛り、広島は斬撃をその身で受け止める。傷の具合が分からないまま明後日の方向に吹き飛ばされている。そこに容赦なく襲い来るのは、偽造ククリ。広島の真正面から迫り、無慈悲にもとどめを刺そうとしていた。
「――」
そんな中、広島は口角を上げていた。背中に浅い刃物傷を負いながらも、着実に成果をもぎ取ろうとしていた。
「…………」
彼女の正面に立っているのは、ジェノ・アンダーソン。黒鎧に、六対の翼に、左腕には黄金のガントレットを装着し、不動の姿勢を貫いている。言葉を発することはなく、心情は明らかでないものの、広島のやるべきことは決まっていた。
セーラー服に備わる赤いタイを手で解き、地面に押しやり、言い放つ。
「黄金の魔術……発動じゃ」
展開されるのは複雑に入り組んだ魔法円。旧き神々の理によって神を罰する術式がナロトの胃に刻まれた。
◇◇◇
「よしきた!」
巨大釜の水面を見つめていたニコラは、右手を握り込む。その手の中に握り込まれていた青い星型のアクセサリーを落とし、棒状のものをグルグルと回して、溶かし込む。複雑な工程はすでに済まされており、魔術は最終段階。
「神よ、すべての聖なる力よ、立ち去れ」
最も相性のいいラテン語の詠唱を果たし、スティックを通じて橙色のセンスを込める。これにて作業工程は終了。後は見守るだけと思いきや、すさまじい勢いでニコラのセンスは目減りしている。幾度も実験を重ねていたものの、実践するのは初であり、そのギャップに苦しめられていた。
「ノーリスク……とはいかないみたいね。はぁ……精魂尽き果てないよう気張ってやるから、そっちも頑張んなさい! 毛利広島!!」
◇◇◇
ニコラの声は届かない。魔術道具『黄昏の星』は機能を失い、儀式場を維持するための贄となった。
黄金の魔術が完全に機能するまで残り数分。
「心得た」
広島は彼女の期待に呼応する。言葉を介さずとも二人の心は通じ合っていた。
「――――――」
そこに襲い来るのは黒い白鳥姿のジーナ。みだりに羽根を飛ばすことはなく、右手を突き出し、爪を尖らせ、正面から攻め立てている。ここまできて無計画という方が無理があり、毛利広島は虎視眈々とこの時を待っていた。
「超原子拳!!!!!」
振るわれるのは正義の拳。故郷からバッシングを受ける覚悟を秘めた諸刃の剣。彼女に対する評価は『行動』で決まる。誰が評するかはさておいて、世界は広島の行いに報いようとしていた。
「――――!!」
精度100%。放たれたセンスは黄金の結晶と化し、幸先のいいスタートを切った。




