第101話 表と裏
「「………」」
白い空間内で見つめ合うのは二人。ジェノと白き神。切っても切れない関係性だけが先に構築されており、まともに話し合ったことはほとんどない。なぜなら、主人格として肉体を操縦できるのは常に一人。どちらかが表に出れば、どちらかが裏に引っ込む。その構造上、面と向かって話せる状況は極めて稀だった。
この場が成り立っているのは、主人格を担当している『よく分からない第三者』のおかげだ。堕天が悪意によって反転し、暴走したと予想しているけど、合っているかどうかは分からない。そもそも堕天とはなんだ? って問題にも発展するし、裏の取れた確実な答えを導き出すのは難しい。
だからこそ、向き合うべきは……。
「あらためて確認させてもらいますが、あなたは白き神であると同時に、『ユリア』であり、『ロザリア』なんですよね」
今まで見聞きした情報をもとにして、ジェノは込み入った質問をぶつけた。確認が取れたからといって関係が改善されるわけではないけど、最初に切り出す話題としてはベストのように思えた。
「……だとしたら?」
一方の白き神はどちらとも取れる回答をした。思うところがあったのか、惑わせたいのかは分からないけど、はぐらかすような反応からして素直に話してくれる気はなさそうだ。覚悟してはいたけど、これは少しばかり骨が折れそうだな。
「前提を確認した方が話しやすいと思ったんですが、訂正します。答えなくて構いません。今のは野暮でしたね。必要なのは、あなたと俺、一対一のコミュニケーション。それ以外の情報はノイズでしたね」
「好きになさったら」
歯切れの悪いコミュニケーションを重ね、話は振り出しに戻る。……困ったな。何から話せばいいんだろうか。こうなることなんて事前に予想していなかったし、前もって用意していた話題なんてほぼない。
「「…………」」
再び訪れるのは気まずい沈黙。こんなことなら話す内容をあらかじめ考えておけばよかったな。コミュニケーションを取れない前提で考えていたから仕方がないけど、そもそもいつから話が通じないと判断したんだっけか……。
「余が不服な理由に心当たりはありませんこと?」
助け舟を出してくれた? のかは分からないけど、白き神は新しい話題を提供してくれている。どうやら、関係を改善する鍵が今の問答にあるようだ。スルーするわけにもいかないし、ここはどうにかこうにかひねくり出すしかなさそうだな。
確か彼女が面と向かってコミュニケーションを図ってきたのは、あの時。
『その違和感の正体。教えて進ぜましょうか?』
王位継承戦でリーチェに対する認識のズレが違和感となり、方向性を決めかねていた時のことだ。結局、本人と直接コミュニケーションを取って、反転の魔眼が影響で生じた違和感だと判明し、白き神から聞かなくても自己解決した。ただ、会話はそこで終わったわけじゃなく、続く言葉があった。
『アドバイスは求めてない。俺は俺の思うようにやる。引っ込んでくれ』
『その手甲と鎧の因果関係を教える。と言ってもでしょうか?』
手甲とは、悪魔の右手と退魔の小刀を合わせて生まれた白銀の手甲のことだったはずだ。当時は訳も分からず思いつきでやったものが形となり、それが結果として白銀の鎧を扱えるようになり、後に堕天へと紐づき、今に至る。
あの手甲が全ての原因、かもしれないな。
避けては通れない話題であり、思い返せば白き神との関係悪化もここから始まった。
『それは……そっちの条件次第だね』
『供犠。そう一言だけ、余に向けて発して頂きたい所存でございます』
結局のところ、あの言葉は口にしていない。口に出しかけたことはあったけど、お気に召さなかった。
『――求めるのは純愛。身体目的の言葉は承服いたしかねます』
利害関係でのみ繋がろうとしたけど、白き神は拒絶した。無条件で力を貸してくれることになり、その代償を求めてきたことはない。
振り返ってみると、悪いのはこっちかもしれないな。一方的に悪だと決めつけたことから始まり、関係悪化に拍車をかけた。
手を差し伸べてくれたのはいつも向こうだ。こっちは自分の都合しか考えてこなかったけど、白き神は常に力を貸してくれようとしていた。
『供儀』。突き詰めて考えれば、このワードが神との行き違いを招いた。乗っ取られると思ったのがそもそもの間違いだ。そうなる可能性もなくはないけど、今までの言動を振り返って考えてみれば、裏切るような性格とも思えない。
『――ロザリア・アッカルド。それが余の前世の名前』
人格は保証されている。白き神自身が言ったんだ。わざわざ嘘をつくタイミングでもなかったし、実際にロザリアのものとしか思えない技をやってのけた。やはり……邪推が過ぎたのかもな。相手を悪だと勝手に決めつけ、なんとも言えない関係のままズルズルとここまできてしまった。
「悪いのは俺ですね。今までまともにコミュニケーションを取ろうとしなかった」
今まで出揃った情報を頭の中でまとめ、ジェノは素直に非を認める。
「他に口にすべき言葉があるのではなくて?」
先送りにしていた回答を白き神は要求する。『純愛』の定義がなんなのかは分からないけど、昔と今は心境が違う。彼女に対するイメージが180度変わっている。第三者に主導権を握られ、不遇な立場にあるという立場も一致している。上とか下の関係じゃない。友人や仲間や恋人のような関係でもない。
「――供儀。ここから始めましょう。俺たちの物語を」
もう一人の自分。誰とも替えが効かない唯一無二の存在だ。




