第102話 ハイボルテージ
これで何度目の対戦じゃったか。三度か、四度か、五度か。模擬戦を含めればもっとじゃな。互いに手の内は知り尽くしとる。目を離した隙にどんな成長を果たしたかまでは想像つかんが、相手はジェノでものうて、神でもない。
化け物じゃ。
情けも容赦もかけてやる必要はなく、今回に限っては倒す必要もない。『黄金の魔術』が起動する数分間、魔法円の中にジェノと『神醒体』がおりゃあええっちゅう話で、タイムリミットがくるまでやり過ごすのが王道の勝ち筋。ただでさえぶち強い相手に、あの左腕……殴られたら終わりの心理掌握型と接近戦で戦うのは困難。これ以上のリスクを取る必要はなかった。
「こいや。ぶち回したる」
ただ、心情と言動は別物じゃった。目の前の化け物と拳を交える機会は滅多にない。またとない成長機会を棒に振るのは御免被りたかった。
「…………」
対する化け物は黄金の左腕を腰付近で構え、拳を握り込む。一発で仕留めようって腹積もりに見えた。機械的な暴走状態のように思えたが、意外と血が通っとるのかもしれんな。……まぁ、なんにしてもやることは変わらん。
「「――――」」
二人は同時に駆け出し、距離を詰める。拳が届かん間合いのごちゃごちゃした攻防は好みじゃないらしいのう。そこに割り込んでくる邪魔者もおらず、先に一撃を当てた方が有利に事を運ぶじゃろう。大味な展開になるように思えるが、読み合いが浅くなると決めつけるのは暴論じゃった。
「……」
先に動き出したのは化け物。左腕に意識を向けさせつつ、自然に構えていた右腕の肘をこちらに突き立て、先制攻撃をかましてくる。……柔よく剛を制す、じゃな。思った通りというべきか、多少なりとも武道の心得があるらしい。
「甘いの」
広島はデコピンの要領で左手中指をピンと張り、右肘の先と衝突させる。思惑通り、肘鉄の打点が少しばかり上向きにズレ、空振ろうとしている。最初の攻防はこちらの技ありじゃな。密着状態を維持したまま、次のターンに移行する。
「………」
化け物は本命の左拳を振るおうとしている。まぁ、今さっきの先制攻撃を考えると、十中八九ブラフじゃろうな。二手三手、牽制を重ねた上で拳を打ち込むのが敵の作戦と思われる。次に繰り出すのは恐らく……。
「「――――」」
左脚。広島と化け物の蹴り上げが空中で交差し、赤と黒の閃光を迸らせる。ガス爆発が伴うことはなく、攻防は続行。密着状態を保ったまま、次のターンへ移行しようとしていた。
「……」
先ほどと同じように化け物は何かしらの行動に出ようとしていた。ピクリと動き始めた段階で、どの部位を使って攻め立ててくるかは見当もつかん。センスは体表面に満遍なく張られているせいで攻防力の流れでは読み取れんかった。
「――超連射拳!」
その機先を制したのは広島の無数の拳。左腕に触れんよう細心の注意を払い、繊細で大胆な正拳突きを打ち込んだ。
「………………」
ただ、さすがというべきか、鎧の装甲は分厚い。並みの耐久力じゃなく、かすり傷一つついていない。間合いを取り直すほどの距離も稼げておらず、敵は依然として密着の状態を保っていた。
冷や汗がダラリと背中を伝い、流れ落ちる。技の性質上、大なり小なり休憩時間が発生し、致命的な隙を晒す状態は避けられない。防御や回避も可能かもしれないが、左腕の破壊力と被害予想範囲がどの程度か見当もつかず、安易に受けに回るのは危うい状況。
――じゃとしたら!!
「……超原子二連拳!!」
あえて広島は一歩踏み込み、放つのは双手突き。縦に並んだ二連の拳が黒鎧の胴体に打ち込まれようとしている。この技は『麒麟』の硬い外皮も突き破った一撃。二連撃目の二連拳という連想によって威力の最低保証は底上げされる。自分でいうのもなんじゃが、覚醒都市で至った奥義と確信した技じゃった。
「――――」
対する化け物は涼しい顔をして受け止めとる。その仕組みは至って単純で、六対の翼を折り畳み、胴体周りに展開し、盾のように機能させとる。正直、驚きよりも納得の方が勝っとった。そりゃあ、あんな神話級の翼で防がれたら、二連の拳如きじゃビクともせんじゃろう。そもそも今のは少し前の限界到達点であり、周りがなんと言おうが、そこで頭打ちをしたとは微塵も思っとらんかった。
「超徹甲三連……」
流れに身を任せ、怒涛の勢いで三連の拳を翼に打ち込む。こいつは体表面でのうて、体内面を壊すことに長けた技。
「――――ッッ」
化け物の懐が見える。六対の翼は背後に弾かれ、無様な隙を晒しとる。
「四連振動拳!!!!」
すかさず叩き込むのは四連撃目の四連拳。顔面、胴体、左腕部、右腕部と満遍なく打ち込み、意思を込める。限界を超えた限界。ノッキングとは元々、機械が稼働限界を迎えた場合を示す専門用語。解釈通りの運命を辿るリスクを背負い、相手に通用しなければ、込めたセンスが全て自身に跳ね返ってくるじゃじゃ馬仕様。前回は一発で留め、賭けに勝ったが、今回は四発。言うまでもなく未踏の領域であり、上手くいく保証なんぞどこにもなかった。
「…………っっっ」
さすがの化け物も怯んでいる。鎧の防御力を上回り、わずかに後退している。博打は成功したと思ってええじゃろう。前回と同様の効果が発揮されるなら、負の反転が起こる。負×負=正という単純な方程式によって、鎧は打ち砕かれる。
「………………………う、ぐっ」
はずじゃった。鎧が砕かれる代わりに壊れたのは両拳。バキリと音を立て、指や関節があらぬ方向に曲がっとる。当分、使いもんにはならず、相手のレベルを考えれば詰みと言っても差し支えない。
じゃがそれは、並みの意思能力者の話。
「羯諦、羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」
泣き言の代わりに広島は念仏を唱える。半壊状態の右手を顔のもとへと近付け、次なるターンへと移行する。
「無明顕相【持戒ノ面】」
声に従い、現れたのは能面。色白の優しい顔つきの女性が彫られており、その特性にマッチした能力が発揮される。無明顕相は怒りの度合いによって六段階に変化する能面を創造する。【持戒ノ面】は怒り皆無の0形態目。恩恵は『普通の状態に戻すこと』。上がり切ったボルテージを平均化される恐れもあったが、下に振り切った出来事も修正される。
つまり……。
「元、通りじゃ」
広島は両の拳を握り込む。バキバキに折り砕かれたはずの両手は完治しており、役目を終えた能面は消えていった。多少ボルテージは下がったが、戦闘は続行可能。向こうも大した手傷は負っておらんから、仕切り直す形になるじゃろう。
「――っっ」
しかし、目に飛び込んできたのは予期せぬ光景じゃった。身の毛もよだつほどの黒いセンスが辺りに立ち込めており、霧のように散布されとる。敵のボルテージは数段上に到達しており、普通に戻ったこちらと比べりゃあ、相対的に劣る。その仕組みは神だからという理由では済まんかった。
「負の加算……。敵に塩を送ってしもうたか……」
理解できるがゆえにもどかしい。前回、あの力に助けられたことも相まって、置かれた状況の悪さが身に染みて分かってしまう。
「あぁ、素晴らしい。なんというお耽美で、お官能的な、お一撃。敵ともあろうわたくしに至れり尽くせり、お感謝せねばなりませんねぇ」
ここにきて化け物は口を開く。特徴的なワードを口走り、ジェノの声帯を下品な言葉遣いで穢している。広島は彼女を知っている。直接的な面識はなかったが、大日本帝国では裏で暗躍し、監禁事件に関与していたのを聞き及んでいる。
その名は――。
「シスターユリア……っっ!!」




