第103話 コミュニケーション
白き神との和解は成立した。心を込めた『供儀』によって関係は改善した。目を向けるべきことは山ほどある。さっさと現実世界に戻りたいところだけど、どうやらこれまでに開いた溝を穴埋めしないと外に出られないみたいだ。
「何か俺に対して言いたいことはある?」
ジェノが行うのは雑談。フリートークだった。目的に沿って行われる会話とは違い、相手の反応によって変化し、あらゆるジャンルが内包される。着地点に見当がつかないまま、無軌道な線を描き、どうにかこうにかオチをつける必要があった。見知った相手なら大雑把な筋道を立てることは可能だけど、白き神の場合だと全く読めない。つまるところ、これまでのコミュニケーション不足が招いたヒューマンエラーであり、言い訳を挟む余地がないほどの自業自得だった。
「ではなぜ……基本戦闘スタイルの模範を毛利広島に選んだのでしょうか」
白き神が関心を寄せたのは、幾度も闘い、熱戦を演じてきた相手。この話題なら、それなりに話せることはあるかもな。
「フィーリングかな。鉄砲より、拳の方が性に合ってたってだけ」
「リーチェや、他の使い手を参考にしなかった理由は?」
「雛鳥が最初に見たものを親だと思う現象ってあるでしょ。あれに近いかな。意思の力を覚えた後、初めて出会った使い手が広島だったはず。その影響かな」
「余の記憶であれば、意思の力習得後の初対戦相手は臥龍岡アミでは?」
「あ……。言われてみればそうかも……。さすがはジェノオタク」
「質問に答えていただいても?」
「あれは例外というか、弟子入りできる状況じゃなかったというか」
「もっと具体的に。かつ、分かりやすく」
「銃も刀もメインウェポンにするにはしっくりこなかった。だから拳にした」
問答を繰り返し、ジェノは自分自身を掘り下げる。まだ浅瀬だけど、切り口自体は鋭く、さらなる成長を求めるには欠かせない質問な気がした。
「しっくりこなかった理由は?」
「なんだろう……考えたことすらなかったな」
白き神は聞き手に徹し、コミュニケーションを円滑に回している。魂の原材料が『ロザリア』だから、自分から話すより、教える方が性に合ってるんだろうな。紆余曲折を経て一対一で話し合える場が整ったわけだし、ここは遠慮せずに胸を借りようかな。
「たぶん、『人を殺さないこと』を念頭に置くと拳が最も適性があるからだ。銃と刀は極めたとしても加減をミスったら相手を殺してしまう。拳もそうなる可能性はあるけど、他二つと比べたら相対的にマシかな。ロザリアさんを拳で一度殺してしまった俺が言えた義理じゃないけどね」
しっくりくるという曖昧な感覚が言語化され、自分の輪郭が薄っすら見えてきた気がする。少なくとも、ボトルネックは抑えた。戦闘において『人を殺さないこと』を一番重要視し、殺意の高い得物を好まない理由は判明した。
「であれば、今より次のステップに進むとしたら、何を取り入れますか?」
「何を……か。さすがに範囲が広すぎるな。例えば?」
「意思能力を抜きにして、どんな新戦術を取り入れるべきだとお考えですか?」
またもや、いい質問だ。答えを押し付けるわけじゃなく、選ばせる余地を残し、さらに言えば、問い立ての質が高い。理想の教師そのものだな。前世の彼女の職業は天職だと言い切ってもいいぐらいだ。
まぁ、褒めちぎっても仕方がない。今はともかく、質問に答えないとな。
「体術に加え、柔術を取り入れる。そうすれば、不殺の確実性が向上するし、戦闘のバリエーションも増える!」
行き着いた結論は、口に出した時点で当たりだと思えるものだった。進みたい方向性と一致し、実践投入できれば、殴り合い一辺倒の今よりも格段に強くなれる自信があった。
「これにて、余の授業は終了。周囲の雑音に惑わされず、精進するように」
白き神は別れを告げるような言葉を選び、なぜか背を向けている。どことなく消えかかっているように見え、二度と会えなくなるような気がしてならない。
「え……ちょっと待って。俺はあなたことを何一つ……」
反射的に右手を伸ばす、白銀の鎧の左肩を掴み、場に留めようとする。
「……………」
でもそれは実現しない。幽霊のように伸ばした手はすり抜け、掴むことはできない。これで終わりなのか? これが『供儀』を選んだ結末なのか? だとしたらあっけなさすぎる。主導権を持ち主に返して幕を閉じるなんてあんまりだ。こんなに慈愛に溢れた良い人なのに、これからって時なのに……舞台を去っていいわけがない。こんなクソみたいな悲劇を許してたまるか。
「あなたは必ず取り戻す。俺の一部は誰にも奪わせない!!」
◇◇◇
ナロトの胃に刻まれた魔法円は黄金色の輝きを放っている。『黄金の魔術』は無事発動し、白き神の力は丸ごと封じられようとしておった。
「……………」
広島が手に握るのは偽造ククリ。拳でなく、刃物を選び、自分の信条を曲げてまで勝利条件を満たすために最善を尽くした。
求めていたのは、ジェノ・アンダーソン。
敵であり、弟子であり、仲間であり、友達。知人の一人にカウントするには因縁深く、思い入れも強い。人生の中心に据え置いてもいいぐらいの重要人物じゃった。いちいち経緯を説明せんでも、恐らく彼なら分かってくれる。この偉業を認め、素直に賞賛してもらえる展開が瞼の裏に浮かぶ。
こう見えても大人じゃ。褒めて欲しいとは微塵も思っとらん。ただ、ジェノの喜ぶ顔が見れればいい。気心の知れた関係性のままで変わらず攻略を続けられるなら、何一つ文句はなかった。
「……………」
しかし、目に入ってきたのは怒りを滾らせた険しい形相。明らかに様子がおかしい。黄金の魔術が不発に終わり、『ユリア』の残滓が色濃く残った可能性が頭によぎる。そうなりゃあ、勝負は再び仕切り直しじゃ。というか、倒せたところで今ある手段だと元には戻せん。どうにかニコラと接触できれば可能性はあるが、雲行きは怪しかった。
「ジェノ……なんか?」
一縷の望みにかけて広島は確認を取った。まともな返事があれば本人じゃが、望み薄じゃろうな。
「何をやったの?」
聞き覚えのあるハキハキとした喋り方で、ジェノは問いかけに応じる。まず間違いなく本人じゃ。意識を保ち、状況を理解した上で話しとるのが分かる。嬉しい反面、嫌な予感が拭い切れん。むしろ、本人であるがゆえに事態は面倒な方向へ転がっとる気がしてならんかった。
「魔術を発動し、白き神の力を封じた。それだけじゃ」
広島は経緯を省き、事実だけを伝える。ここに冗談を挟み込む余裕なんてない。場の空気がそれを許さん。今は真剣に接するのが最低限の礼儀じゃった。
「ありがとう。おかげで俺は自由に動けるようになった」
言葉だけ並べればまともなことを言っとるが、くぐもった声音と険しい表情がそれを否定する。見るからに不服そうであり、思うところがあったのは間違いない。
「なんね。気に入らんことがあったなら言ってみんさい」
地雷を踏む可能性を覚悟しながら、広島は核心に迫る。仲間じゃったらまだしも、友達ならスルーするわけにはいかんかった。
「俺は当分、あなたのことを許せそうにない」
「理由は……?」
「言いたくない。言ってもどうしようもないことだから」
ジェノは歯切れの悪い回答を残し、話し合いは終わる。今までと同じようで違う。元に戻ったように見えて、関係には亀裂が入っているように思えた。




