第104話 勝つか負けるか
「なんじゃ……今のは……」
広島は地面に転がる偽造ククリに触れた瞬間、脳内には映像が送り込まれていた。内容はバッドエンド……いや、ビターエンドってところか。表面的な結果だけ見れば成功じゃが、内面的な結果を見れば失敗ということになる。
恐らく、予知夢めいたものじゃろう。
このまま偽造ククリを使い、ユリアと闘えば、黄金の魔術を発動することができるが、その代償としてジェノの好感度を失う。身の安全を最優先に考えりゃあ実行すべきなんじゃが、身内の安全を最優先に考えりゃあ賢い選択とは言えん。
自分か他人、どちらを優先すべきか……。
ククリを握った手には嫌な汗が滲む。ジェノの険しい表情が脳裏に蘇る。あの状態から今と同じ水準の関係に戻るには最低でも数年。下手したら一生許してもらえんじゃろうな。今見た映像が全て正しいと仮定するなら、白き神と折り合いがつきそうだったのに封じたってのが怒りの発端じゃろう。
重要なのは、神にも善悪の二面性があるってところじゃ。
黄金の魔術は両方を分け隔てなく封じる。悪の心を持つ『ユリア』だけを都合よく排除することは難しいはず。とはいえ、何もせんまま放置すれば、こっちがもたん。必要なのは、黄金の魔術の成功か失敗に囚われない、第三の選択肢。
「あらぁ? 黄金色のセンスにお揺らぎが。何かお不都合でも?」
ユリアは心情をザックリと言い当てる。視覚的な根拠をもとにして、変化を察知する。反応してやりたいのは山々じゃが、恐らく時間は大して残っておらん。本来なら喜ぶべきところなんじゃろうが、数秒前と今とでは状況が180度変わっておった。
「……慣れんことはするべきでないと思うてな。やはりうちは拳が肌に合う」
偽造ククリを手放し、代わりに両拳を握り込む。時間的猶予は次の攻防までじゃろう。それ以上かかれば同じ結末を辿る。魔術は成功するが、ジェノに嫌われる。状況整理は頭の中で完璧に整っており、後は奇をてらうまで。
「「――――」」
最後の攻防が始まる。広島とユリアは駆け出し、黄金色の輝きが周囲を彩る。センスの出力だけで言えばユリアに軍配が上がる。恐らく数倍か数十倍の顕在センス量を纏っており、まともにやれば太刀打ちできんレベル。元となるジェノが『肉体系』ということも相まって、拳をいくら叩き込んでも崩すのは難しいじゃろう。
連撃なんてもってのほかじゃ。あれは尻上がりに威力を増す技。『普通』に戻ったおかげで燃費の悪い連撃を賄えるだけのセンス量は戻ったが、いかんせん時間がない。身体があったまってくる三、四撃目に移行した瞬間にタイムリミットがくる。
「小手先の攻防はお飽き飽き。やるならお先手お必殺に限る」
そう言ってユリアは左腕に全センスを集約させる。ヘドロのように凝縮された禍々しい色味を放ち、全身の毛が逆立った。あれは人に向けて放つ技じゃない。国家間の戦争を終結に導く力を宿している。
「これが、わたくしのぉ!!!」
彼女は柄にもなく吠える。意気揚々と左拳を振りかぶり、思いの丈を存分にぶつけようとしている。深くは触れまい。この後に何が起こるなんてのは身に染みて分かる。今まで暴力に頼ってきたツケが回った。やる側がやられる側になったというだけのこと。これが運命なら受け入れられる。因果応報な結末だったと笑い飛ばしてやる。
ただそれは……今と違う。
「――――」
広島は危険を承知の上で、跳躍した。センスの薄くなった箇所に狙いを定め、左腕ではなく右腕を狙った。失敗に終われば身が粉々になるだけのこと。恐怖に手をこまねいて、可能性に思いを馳せて死ぬぐらいなら、こっちから掴み取る。
「……っ!!?」
しかし、思う通りにはならない。腕十字固めのために伸ばした両足は、ものの見事に弾かれる。あまりに奇怪な出来事に違和感を覚えた。攻防力だけでは説明がつかず、顕在センス量だけではこっちが上回っているはず。
いや、一つだけある。必要最低限のセンス量で一定の攻撃を弾く技術が存在する。『芸術系』の延長線上にあり、得意系統には縛られないスキル。
「独自、境界……」
「超原子拳ぉ!!!!!!」
答え合わせが済んだと同時に、ユリアの至上の一撃は炸裂した。
◇◇◇
「「………」」
都市総合病院の地下の一室で睨み合うのは二人。ルスランとイゴールの利益は相反している。一方は意思力発電を破壊しようとし、もう一方は存続させようとしている。どれだけ言葉を重ねようと、相容れるのは難しく、それは互いに理解していた。拳を交えるしか分かり合える手段を持たず、求める結果は至ってシンプル。
「いいか。勝つか、負けるかだ。他に余計なもんは乗っけるな」
ルスランは間違えようのないルールを申告する。身には白いセンスを滾らせ、いつでも闘える準備は整っていた。
「立場も状況も理解している。責められる理由もね。ただ、一つだけ乗っけておきたいものがあるんだが、いいかい?」
相手が最強の『七聖獣』と理解しながら、イゴールは物怖じせずに語る。遭遇時の動揺は消え去っており、平静を取り戻したのには理由がある。
「なんだ、言ってみろ」
「室内限定で僕は無敵だ。そういう術式が組み込まれている」
床と壁一面に浮かび上がるのは、魔術刻印。入口付近に張られていた侵入者防止の刻印とは異なり、併用すればショートする仕様。ルスランが行ったように侵入される恐れもあったが、二重で張り巡らされていた罠だった。
「……乗っけたというより、俺が土俵に上がったと表現した方が正しいか。仕方ない、受けてやるよ。こればっかりは、文句のつけようがない。勝手に人様の領土内に足を踏み入れた俺の自業自得だからな」
「まさか君……戦うつもりなのかい? 無敵と言っただろ?」
「敵に塩を送ることになるが……まぁいい、非礼のお詫びに答えてやろう。仮に無敵が事実だとしてだ、どこまでが無敵と適用される? 俺が起こした能動的な行動は自動で弾く仕組みかもしれないが、受動的な行動の場合はどうだ? お前は無敵と口走ったにもかかわらず、呼吸を続けている。つまりは、酸素を欲しているということだ。空間内の酸素が枯れればどうなる。息絶えるのは俺だけか、それとも、お前も巻き添えか? そういった類のものはいくらでも試しようがある」
質問に対し、ルスランは真面目に回答する。思いの丈を素直に述べている。あまりに率直な意見にイゴールは面を食らっていた。無敵の厳密な範囲を見極めるために実験を重ねてきたわけではなく、どちらかといえば実験を観る側だったからだ。無敵に対象外があるという発想そのものが欠如しており、これから行われる実験を心の底から恐れていた。
「待て……。仮に可能だったとして、お前もただでは済まないぞ」
「このまま何もせずに負けるよりはマシだ。そもそも俺は最初に言ったよな」
「勝つか、負けるか」
「その通り。まずは酸素の燃焼実験と洒落込もうか!!!」
ルスランは身に纏うセンスを増大させ、空気を刺激する。周囲には湯気のような白煙が立ち昇り、空間内の酸素と水素とセンスが結合し、燃焼されていく。
「「…………」」
彼らの衝突は極めて地味なものだった。爆発が起きることもなく、どちらかが動き出すこともなく、ただ空間内の蒸し暑さだけが加速する。我慢比べのような構図で、どちらが根を上げるかの勝負なっていた。
「……………………っ」
最初に異変が生じたのはイゴールだった。額には大量の汗を浮かべており、無敵が全知全能ではなかったことが間接的に明らかになる。
「おいおい、もうギブか? ほんの数秒だぞ? 無敵ならドシッと構えとけよ」
一方のルスランは涼しい顔をして、センスを放ち続ける。毛皮のコートという厚手の服装ながら汗一つかいていなかった。
「どういう育ちをしたら、そうなる。死ぬのが怖くないのか?」
「分かるだろ、同胞。条件は同じなはずだ。ロシアで生まれ、ナロトに落ちた」
やり取りを重ねながらも、ルスランは手を抜かない。それどころか身に纏うセンスの熱量は増し、蒸し暑さから、息苦しい空間へと変貌させていく。
「いいや……その理屈はおかしい。極寒生まれなら寒さに強くて当たり前だが、暑さに強いというのは筋が通らない!」
「不思議だね。ちょっとした認識の違いなんだがな」
「はぁ……はぁ……つまり、何が言いたい」
「死も暑さも、極寒には劣るってことだ。シベリア横断以上の苦行を俺は知らない」
ルスランが口走るのは共通した話題。互いに赤軍から追われ、道中で100万人が絶命した地獄の旅路を思い出す。
「だとしてもだ……。極寒を耐え抜いた経験が、そのまま暑さ耐性に結びつくのはどうもおかしい」
「仮にそうだとしたらなんだ。裏に何があると思う」
「環境適応型の魔法……。お前は……あらゆる苦行を超越するっっ」
イゴールの顔は青白く染まり、次の瞬間には意識を失い、バタリと地面に倒れていた。勝つか、負けるか。最初に提示されたルールに則り、雌雄は決する。
「なんだよ、おい。しらけるな。これからってとこなのによ」
ルスランは答えを明らかにしない。したところで意味がない。この場にいるのは勝者と敗者のみ。それ以上の情報は彼らの中で必要なかった。




