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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第105話 『波動』

挿絵(By みてみん)





 引き寄せの法則というものがある。願望を頭の中に思い浮かべ、それを叶ったかのように行動することで、現実に反映させる術を説いている。もちろんこれは、スピリチュアルだ。学術的な根拠に乏しく、内面や目に見えない領域にフォーカスが当たっているため、そっくりそのまま鵜呑みにするのは危うい。ただ、何もかもが参考にならないというわけでもなく、気に入っている用語があった。


 ――『波動』だ。


 意識にはいくつかの段階があると言われていて、『怒り』や『恐怖』といった負の感情を抱いている場合は波動が低くて願いが叶いにくく、『愛』や『平和』といった正の感情を抱いている場合は波動が高くて願いが叶いやすいらしい。


 これを知った時、一理あると素直に思ってしまった。例えば、『大統領になりたい』と思っている人がいたとして、『怒り』や『恐怖』をスローガンに掲げて当選するのは難しい。一方で『愛』や『平和』を実現したいと言えばどうだろうか。各々の価値観や捉え方によって違うんだろうけど、自分は投票したい。ビジョンが明確で、それが社会のためになりそうなら頑張って欲しいとさえ思ってしまう。


 ようするに、まるっきり間違っているとは言えないんだよな。心理的問題なのかもしれないけど、意識レベルによって結果が変わるケースは大なり小なり存在する。特に自分以外の誰かが願望に関わっている場合、『波動』が低い人よりも、『波動』が高い人の方が有利なのは肌感覚で理解できた。


 これを今の自分に落とし込んでみることにしよう。


 白き神は消えかけている。内には『怒り』を抱え、現実に抗おうとしている。行動を起こすためのエネルギーとしては申し分ないけど、『波動』は低い状態だ。引き寄せの法則の理屈に基づくなら、これじゃあ願いは叶わない。


 逆算すれば、『愛』や『平和』に意識を近付けることができれば、願いが叶うのかもしれないけど、『怒り』の状態からそこに至るのは難しい。何らかの転換点が必要で、重要となるのは思考のセンターピン。最初の一本目が的確なら、後は球を当てるだけで自然とストライクが取れるはずだ。


 恐らく、私利私欲のために彼女を求めても実現しない。自分のためじゃなく、誰かのためにならないと『波動』は低いままだ。白き神を取り戻す行為が、世界にとって良い方向に働くよう前提条件を整える必要がある。


「彼女を取り戻せるなら、俺は世界のシステムになる。この世から犯罪をなくすために人類に奉仕する。どちらかが欠けていても成立しない。一人じゃなく、二人じゃないと駄目なんだ! だから……誰でもいい、俺に力を分けてくれ!!」


 ジェノは白に染まる世界の中で声を張り上げる。『怒り』ではなく、『平和』を前提条件に設定し、報酬の前借を要求する。これが正しいのか間違っているのか分からない。誰にも声が届かない可能性の方が高い。それでもやらないよりは百倍マシだ。絵空事だと笑われようと、高い意識が現実を書き換えると信じている。


「…………」


 だけど、何も起こらなかった。望むような結果は都合よく訪れなかった。焼きが回ったかな。スピリチュアルに片足どころか、肩までどっぷり浸かってる。騙された……なんて言うつもりはないけど、あれは結局のところ自分以外の誰かがいて成り立つ仕組みなのかもしれない。こんな空虚な世界で人類に身を捧げると誓っても、聞き届けてくれる人がいないなら何もしてないのと同じだ。


 こんなことになるなら、ナロトを攻略しなければよかった。覚醒都市で実力がつくまで修行を重ね、まだ準備が整っていないと言い訳を重ねて、安全圏に留まり続ければよかった。誰も責めないだろうし、失敗して心が傷つくこともなかったはずだ。リーチェには一生追いつけないかもしれないけど、夢を諦めさえすれば白き神を失わずに済んだ。


 度重なる思考が悪い方へ悪い方へと解釈する。ここに至るまでの流れと結果をことごとく否定する。カグラや広島やロザリアやソーニャとの旅路に泥を塗る。それは果たして、良いことなんだろうか。起きてしまった結果を抜きにして、過程が駄目だったと決めつけるのは仲間としてどうなんだろうか。

 

 これは……よくないな。『波動』が高いとか低いとかを抜きにして、彼らとの思い出を穢すわけにはいかない。そもそもとして、他人頼りなのが駄目なんだ。誰かに救ってもらう前提で自分は何もしていない。耳障りのいい言葉を並べただけで、実際のところ何も行動していない。願いが叶うとか叶わない以前の問題だ。自分から動くことで誰かが呼応してくれるのであって、誰かから助けてもらえる待ちの人間を誰も助けようとは思わない。


 なんでもいい……自分からアクションを起こさなければいけない。結果も支持も後からついてくる。ナロト攻略の時がそうだったはずだ。最初は一人で何もかも未熟だったけど、『成長したい』という思いだけでここまでこれた。計画なんて練ってない。行き当たりばったりで上等だ。用意されたシナリオ通りに進む人生なんてつまらない。


 だからきっと……上手くいく。今回もなんとかなる。自分の手で望む結果を手に入れる。他は二の次だ。敵も環境も条件も関係ない。センターピンは自分自身。ジェノ・アンダーソンを納得させ、行動に移させることで全てが始まる。


「俺は……」


 まずは主語を明確にする。主導権が自分にあることを意識させ、責任の所在を明らかにする。この後に何を言うかなんて考えてない。一秒後の自分が考えればいいことで、センターピンに触れることを最優先にした。後は流れに身を任せる。口から出まかせでもどうにかなる。今まで色々あったけど、勢い任せでなんとかなった。物事の解決策は現場に転がっていることを知っている。あらかじめ計画しても思いつけない想定外に正解が潜んでいることを分かっている。後はそれを口にするだけだ。行動に移すだけだ。今までと同じように、夢を現実に変えるだけなんだ。


「…………『波』を『引き寄せる』!!!!!」


 ジェノは黄金色の瞳を輝かせ、自らの手で行動を起こした。


 ◇◇◇


 『白獅子』は最強ではない。『闘納祭』では総合二位の座に落ち着き、一位は『妖猿』が手にしていた。二番手を受け入れ、『仕立屋』に落ち着き、牙を磨かずにいた。潜在能力は高いものの、覚醒するには至らなかった。魔法を習得する一歩手前で止まっていた。牙を磨き続けた白軍元帥ドミトリーには遠く及ばなかった。


 だがもしも、『白獅子』が総合一位の世界があったとしたら。


 イゴールと意思力発電を単身で止められる実力があったとしたら。


 何らかの奇跡が働き、本来は存在しない人を引き寄せられたとしたら。


 ジェノは口にした。行動に移した。願いのために自らの手で動き出した。最初は些細な揺れに過ぎないのかもしれない。人類にとっては取るに足らない出来事なのかもしれない。だが彼は、世界に波紋をもたらした。


「ふぅ……。どこぞの修羅場か知らんが、環境に適応するのだけが取り柄でな。何らかの移動系能力が働き、不意打ちを食らうことも織り込み済みだ」


 迫り来る黄金の拳を右手の人差し指と中指をピンと立てて受け止め、『魔法使い』ルスランは余裕ありげに心情を口にする。予期せぬ戦闘に居合わせながらも、環境に見事適応している。ここから先は彼もあずかり知らぬこと。誰が敵で、誰が味方かを分かっていない。ただそれは、ルスランの場合に限る話。


「そいつを……円の外へ出しんさい!!!!」


 勝手知ったる広島は誰よりも声を荒げる。敵と条件を明確に示し、経緯を省いて結果だけを求めた。


「あいよ! 今はお前に乗ってやる!!」


 ルスランは指示通り、右足で横蹴りを放ち、ユリアの側頭部を捉えた。彼女の独自境界が弾くように設定した条件は『柔術』。『体術』は対象ではなく、それが奇跡的に噛み合い、魔法円の外側へと蹴り飛ばすことを可能とする。


「…………」


 ユリアは大して堪えていない。あの程度の攻撃ではビクともしないほどのセンス量を誇っている。大半を右拳に集中させているとはいっても、鎧の耐久度と頭部に薄く張っていたセンスのみでルスランの蹴りを無力化できるほどの実力は備えていた。


 だが彼女は、根本的な部分を見落としている。


「黄金の魔術は不発に終わった。これでお前だけをぶち回すことができる」


 広島が何を言っているのかをユリアは理解することができない。失敗に終わった策を誇らしげに語っている理由に想像がつかない。


「……? そのお宣言、誰が得するの? もしかして、わたくし?」


 魔法円の外で受け身を取り、立ち上がったユリアは当然の疑問を口にする。


「いいや、うちじゃ。これでジェノに怨まれずに済んだ」


「パードゥン? 未来でも見てこられたの?」


「答えは自分の目で確かめろ!!」


 広島は円の外に向けて駆け出し、ルスランもそれに続く。役目を終えた黄金の魔術は消えていき、彼女らが織り成す軌跡を淡く照らした。それが何をもたらそうと、何の意味もなかろうと、足を止めることは決してない。


 ジェノ・アンダーソンのために。


 広島は自ら決断した。楽な道ではなく、あえて険しい道を選んだ。実現可能な未来より、先行き不透明な今を選んだ。勝っても負けても後悔はないだろう。力及ばずとも喜んで結果を受け止めるだろう。


「――――」


 なぜなら彼女は笑みを浮かべている。声に出さずとも態度で心情を表している。心行くままにセンスをぶつけようとしている。


 だが、彼女にも分からないことが存在していた。他の誰でもないユリアだけが知る情報が存在していた。


「…………」


 ルスランは両手の指を絡め、ハンマーのように見立て、打ち付ける。対象は広島の後頭部。予期せぬ不意を突かれ、地面に叩きつけられている。立ち上がってくる気配はなく、白目を剥き、あっけなく気絶していた。


「ふぅ……お道化を演じるのも大変。これで使徒は、ひぃ、ふぅ、みぃの五名」


 倒れた広島の右肩を黄金の左腕で軽く小突いたユリアは、残酷な結果だけを添える。心理掌握を可能とする突起は残り七本となっており、計画は順調に進んでいる。もし仮に、全ての突起を使い切り、十二名の使徒が揃った場合。


「人類掌握まで後七名♪」


 身の毛のよだつ野望を口にし、ユリアの逆走は再開された。 

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