第106話 展望
虐殺者。それは、バグジーが堕天反転状態のジェノに放った言葉。それには明確な根拠があり、世界の終末について記された『シビュラの書』の一説。ストリートキング以前に記されたものではなく、ストリートキング後に修正されたものだ。現在は白教が厳重に保管しており、別組織である超常現象対策局『ブラックスワン』の構成員だと閲覧不可能に思えるが、両組織は秘密裏に繋がっていた。
その架け橋となったのが、元大統領兼元大司教レオナルド・アンダーソン。どちらの組織にも顔が利き、生前に両組織の連携を強化していた。当然ながら、『血の千年祭』は両組織同意の下で仕組まれた悲劇であり、『シビュラの書』の記述をなぞったに過ぎない。矛盾しているように思えるが、終末に抗うようにレオナルドが考案していたのが。
――『黒の極点計画』。
世界の終末を阻止するために用意されたものであり、終末の引き金となる白き神の堕天を目指すものだった。とはいえ、達成条件は複雑化しており、それを全て予期するのは現実的ではない。特に白き神の力は分割されている。寵愛を受けた三名の誰が特異点になるかを的中させた上で、その人物が主軸となる成長物語を用意し、数々の出会いと別れと感情の流れと衝突と起伏を計算に入れ、堕天に至るような筋書きを考える必要があった。
ただ、レオナルドは細部まで考えていない。
オリジナルであるジェノαのクローン……ジェノβが勝ち馬になると予想し、堕天させるには何をすればいいかだけを考えた。トリガーは『人を殺させること』。それさえ達成すれば、場所や人間関係に縛られることはなく、堕天を起こすことが可能と判断していた。
彼の読みは当たった。場所や人員を予想できなくとも、結果だけをピンポイントで抑え、死んでいるにもかかわらず現実世界で実績を残した。
だが、堕天反転状態は彼の想定を超えていた。
堕天=終末を阻止する。この図式が成立するなら、堕天反転=終末を実行するに置き換えられる。『シビュラの書』に記された通り、虐殺者が人類に牙を剥き、世界は終末を迎えることになる。その具体的な方法については記述が曖昧のため不明。文字通りに受け取るなら、人類を物理的に虐殺して終わりのように思えたが、事態はさらに複雑だった。
『人類掌握まで後七名♪』
終末の元凶と思わしきユリアが口走った言葉には、具体的な方法を考察するには十分な情報が含まれていた。人類を物理的に虐殺するのではなく、人類を精神的に虐殺する。自由意思の抹消が目的なのは明らかであり、性格の良し悪しは存在せず、好きや嫌いといった人間のアイデンティティは消滅するだろう。その先に何を求めているのかは分からない。ただ、彼女の蛮行を止めるのは人類の急務と言える。
皮肉にも彼女を止める可能性があるのは七名。
前線に復帰しつつあるザハールとジーク。仲間との合流のために後退しているロザリアとソーニャ。無人駅に放置されているカグラ。そして……。
「面目ない。子供に助けられるとはな」
「当然だよ。覚醒都市の治安は僕の管轄だ」
イゴールと意思力発電は、ルスランとジーノの活躍によって阻止された。続々と被害者が救出され、白軍の陰謀は表沙汰となり、次代のインフラを考案するために評議会が動き出した。都市の風通しがよくなり、行政は健全化に向かう一方で、未解決の問題が存在していた。
「次は……白軍の暴走を止める、だったな。可能なのか?」
「頭を抑えればなんとかなる。なんてったって僕は王子だからね」
事情を知らないルスランとジーノは後処理を一般市民に任せ、移動を開始する。目指す先は暗黒闘技場。どのような道筋を辿ろうとも、堕天反転したユリアとの衝突は避けられない。
◇◇◇
『こちらは……暗黒闘技場の武舞台でございます』
七つ頭の魔獣エミリアは移動系意思能力を使い、モミジと共に退避していた。対ユリア戦と広島とルスランの末路を目撃しており、旗色が悪いと判断し、すかさず能力を発動させ、今に至る。
彼女たちは仕切り直すのに十分な戦力を保有している。白軍と魔獣の精鋭が揃っており、全軍を突撃させてユリアに対抗することも可能だった。
『それで、こっからどうすんだ? 放置するわけにはいかねぇだろ?』
モミジの声色は軽いが、深刻な顔つきで次なる一手を求める。彼らは対等に近い関係ではあるが、エミリアに主導権が握られており、単独で行動するのは裏切りを意味する。攻略者の中で広島だけ見逃せという条件は破棄されることになり、従わざるを得ない状況だった。
『あなた目線ではそうでしょう。ただ、わたくしたちにとっては別の話』
『あ? それってどういう――』
『人類だけが掌握されるのであれば都合がいい』
『つまり、そいつは……』
『魔獣の楽園が完成する。労さずして果実だけを得られる』
エミリアは今後の見立てを静かに語る。言葉や表情に迷いはなく、実現すると確信していた。
『かもしれねぇが……、広島はどうなる』
『全てが終わった後に好きにされてはどうでしょう。今までと同じように取って食ったりしないことは保証します』
『おい……。本気で言ってんのか、それ』
モミジは眉間に皺を寄せ、赤色のセンスを纏う。彼の動機を考えれば、神経を逆撫でするような発言であり、合理的な反応と言えた。
『助けたいなら抜けてもらって構いませんよ。わたくしは関与しません』
『お前一匹じゃどうにもならないだろ、ってか?』
『受け取り方はご自由に。ただわたくしは、人類に天罰が下るのを阻止しようと思うほどの良き獣ではありません。理解してほしいとは思いませんが、人に虐げられてきた魔獣の立場なら少しばかりは気持ちを汲んで欲しいところ』
『意思決定の基準は俺じゃなく、お前の中にあるか。まぁ、妥当な落としどころだな。気を遣ったのかもしれんが、悪い気はしねぇ』
モミジはセンスを鎮め、エミリアに背中を向ける。お互いに引き留めるような理由もなく、円満に袂を分かとうとしていた。
『……これは興味本位というか、言いたくないなら答えなくてもいいが、今後の展望はあるのか?』
ピタリと足を止め、モミジは最後に問いかける。注視しているのは尋常ならざる戦力の行き先。掌握される可能性の高い人類はともかく、魔獣はフリーに動ける。煉獄界の魔獣も頭数に入れるなら、堕天反転ユリア級の脅威となるのは確かだった。
『白軍という最高の玩具をこのまま腐らせるのはもったいない。人類が掌握されるまでの間、ほんの少し有意義に使おうと思っていましてね』
『……具体的には?』
『第二回『闘納祭』を開催します。総当たりではなく、バトルロイヤル形式。つまるところ、白軍の中で一番を決めさせてもらいましょうかね』
エミリアの言葉にモミジは足を止めることなく、満足そうな笑みを浮かべながら暗黒闘技場を後にしていった。




