第107話 作り手と語り手
覚醒都市は変わった。『永遠王国』と化してから労働は義務ではなく、任意に変わった。絶えず何かを生産する必要がなくなったんだ。建物が壊れたとしても自動的に修復し、食事や水分補給をしなくとも生きていける世界になった。
ただ、新しくモノづくりをしたい場合は話が別だ。
今までの規格にないものは作り手の発想力とセンスが要求される。もちろん、依頼主ありきで生計は成り立ち、オーダーに沿ったものでなければならない。
「収縮と拡大が可能な宝箱か。言うは易く行うは難し、なんだよな」
自らの工房で口を開いたのは、白の作業着姿の茶髪の男マステル。両手には魔獣革のグローブを装着し、髪型は前髪を左右に分けたセンターパート。体格は細く、お世辞にも力仕事に向いているとは言えない身なりをしている。
視線の先には机に置かれた鉛筆と定規と方眼紙。中身は真っ白のままで進捗は悪い。製造上の第一段階にあたる要件定義でつまづいており、使用する素材や収縮拡大を可能にするギミックの詳細も思いついていなかった。
依頼である以上、好き勝手にモノづくりを始めるわけにはいかず、納期も決まっている。できるだけ早い段階で基本仕様書をまとめ、クライアントとの認識のズレを防ぐのが望ましい。そこから具体的な構想、設計、試作、製図、製造という工程を経て商品が出来上がるため、仕様書とクライアントの許可なしに作業に取り掛かるのはモノづくりのプロとして禁じ手に近かった。
「まぁいいか。ひとまず形にしてみよう」
マステルは型にハマらない。煩雑な作業を省略し、作業に取り掛かる。
「隙間は数ミリ以下に留め、材質は天然高質木材、四隅は面取りして、デザインはアンティーク調がいいかな。外寸は……」
ぶつぶつと用語を並べつつ、手探りで作業を続ける。原型となるのは緑色の結界であり、そこから彼が意図した通りの仕様に変更されていく。『芸術系』ならではの手法であり、個々人の趣味嗜好によって大きく異なる。必ずしも一般的な製造工程を守る必要はなく、マステルの最適解が今のやり方だった。
「ふぅ……雛型としては上等か。問題はここから」
作業台の上にはアンティーク調の宝箱が創造可変されている。オーダー通りの形は保っているものの、中身は手つかず。肝心要の収縮と拡大に関しては全くといっていいほど機能していなかった。オーダーを再現できていないものを試作とも呼べず、形ばかりの図画工作……雛型と呼ぶのが適切だった。
「とはいっても、収納する中身を知らないことには何ともだな」
マステルは雛型の宝箱を抱え、工房を後にする。目指す先は依頼主のもとだった。
◇◇◇
訪れたのは、覚醒都市南部にある大図書館。娯楽の少ない都市では知らない者はおらず、れっきとした観光名所の一つだ。ロシアに通ずる書籍はもちろんのこと、外界の叡智なども本にされており、第一級指定文庫以外の貸し出しは自由。
恐らく、宝箱の中身は第一級指定文庫だろう。
持ち出せないものを外に持ち運ぶために宝箱を活用するつもりだと読んでいる。もちろん、依頼主はそれを明かせない。裏の意図をそっくりそのまま伝えてしまえば、軍に通報されて終わりだからだ。聞いたところで話してくれるわけがないんだが、これでも長いこと職人をやらせてもらっている。表情や言葉尻で感情を読み取れないほど、耄碌した覚えはなかった。
「ん? もう出来たのか、小僧」
反応したのは、坊主頭の老人エフレム。白の司書服に身を包み、貸し出された本を本棚に戻す作業をしている。大図書館の館長を務めており、他でもない収縮拡大の宝箱を発注した依頼主だった。
……果たしてこの御方は何歳なのだろうか。亡命時から今に至るまで老けた様相を保っている。魔獣を食すことで寿命が延びるのは知っているが、ここまでくると説明がつかないというか、悪魔との取引、または、黒魔術めいた何かが関与している気がしてならなかった。
「形ばかりのものですがね。ご要望のギミックに関しては手つかずの状態です。詳細を詰める前に、中に何を入れるかを把握しておきたいのですが、大まかなサイズ感だけでも構いませんので伺ってもよろしいでしょうか?」
「ふむ、一理あるな。ついてこい」
意外と言うべきか、エフレムは中身を隠す気がない様子。契約上、守秘義務があるのは確かだが、中身が第一級指定文庫だった場合、一市民として通報せざるを得ない。非合法的な物でないと祈りつつ、マステルは案内に従う。
「「…………」」
厳重な扉を何枚も通り抜け、たどり着いたのは白い球体状の空間。中心部に向けて橋がかかっているような設計で、中央には黄金の両手が飾られてある。
「あの……あれは……」
予期しない代物を前にして、マステルは答えを求める。
「知る必要はない。できるのかと聞いておる」
やや声のトーンを落とし、エフレムは威圧的な態度で言った。中身が分からなければ、通報する義務も発生しない。それを織り込んで、良からぬ陰謀の片棒を担がされているような気がしてならなかった。
とはいえ……。
「これでも創造可変のプロ。この私にお任せあれ!」
職人の血が騒ぎ、マステルは作業に取り掛かる。まさかこの仕事が、前代未聞の事変を引き起こすなんて、当時は考えもしなかった。
◇◇◇
意思力発電の騒動を終え、暗黒闘技場に向かうのは二人。ルスランとジーノは白軍の暴走を止まるため、白軍元帥ドミトリーの接触を最優先にしていた。
だが、そこで目にしたのは前代未聞の光景。
「「――――!!!」」
白軍の面々が武舞台上で無差別に殴り合い、乱闘騒ぎを引き起こしている。何をもって闘っているかは不明。ただ、観客席では魔獣たちがそれを愉快に鑑賞しているような姿が見えた。
時代錯誤の悪趣味な道楽に思えるが、ここは、『永遠王国』の延長線上。生と死が曖昧な世界。その性質上、死人は出ない。エンタメとしてギリギリ許容できる範囲を守っており、魔獣たちを今まで闘わせてきた罰を与えているようにも思える。白軍は直接運営に関わっていないはずなんだが、人類なら誰でもいいと考えたのかもしれないな。もし、予想が全て正しいと仮定するなら、動機は理解できる。憂さ晴らしの道具に白軍を使えるなら、役者としては十分すぎる。
だが、どうやった。
白軍の総勢は二万人程度だったはず。都市に駐屯させる兵士が二千人程度だとして、一万八千人はここにいるように思える。中には元帥や大将の姿もあり、どこからどう見ても気が狂っている。魔獣による何らかの術中にハマった可能性が最も高いが……どこから手をつければいいか。
「行こう。僕たちのやるべきことは変わらないはずだ」
ルスランが手をこまねく中、ジーノは堂々と武舞台に乱入しようとしている。
「待て、正気か!? リスクを考えれば、もう少し慎重に」
「待つのもリスクだ。僕の予想が正しければ、元帥を倒せば、騒動は収まる」
制止を振り切り、ジーノは後先考えずに突っ走る。あれが若さというやつだろうか。『仕立屋』にこもっていたせいで闘志に陰りが出ていたが、少しばかり見習う必要があるのかもしれんな。
「あぁ、乗ってやる! 遅れを取るなよ、くそ坊主!!」




