第98話 対立
『勝者ぁ、『白獅子』ルスラン!!』
響き渡るのは歯切れのいい女性審判の声。覚醒都市に用意された武舞台上には、人型を保った白い獅子の姿があった。途中まで善戦したものの、一度崩れてからは完膚なきまでに叩きのめされ、反撃の余地なく拳を叩き込まれた。
意思能力がどうこうの話じゃない。
体術のみで圧倒された。闘える土俵にすら立てていなかった。七聖獣としての自信と矜持はことごとくへし折られ、ルスランは総合二位の座に落ち着いた。嫉妬しなかったと言えば嘘になる。立場が逆だったら自信を保つことができ、教師とは別の道を歩めただろう。ただ、自身の実力不足が招いた事態であり、怨むのはお門違いだ。後腐れなく、彼の活躍を心の底から賞賛してこそ、前に進むことができる。
「………」
ロザリアは目を見開く。意識を現実世界に引き戻す。
しかし、広がっていたのは武舞台。期せずして『闘納祭』と似たような舞台が広がっている。現実世界とは異なる空間なのは明らかで、武舞台中央で闘っているのは、ソーニャと囚人服を着た男だった。
「倒れろぉ!!」
紫色のセンスを纏ったソーニャは相手の側頭部に向けて蹴りを放ち、対する男は黒色のセンスを纏った右足を蹴り上げ、防御兼反撃の一手に応じている。激しい閃光が迸り、膂力とセンスの両方を加味しても男の方に分があった。
「……ぐぬっっ」
ソーニャは空中で体勢が崩れ、致命的な隙を晒している。武舞台上に背中から落下する形で、反撃に転ずるには難しい状況。
「――――」
すかさず男は距離を詰め、左足を振り上げ、ソーニャの腹部に向けて踵を落とそうとしていた。クリーンヒットすれば、今の彼女だと恐らく耐えきれない。先の攻防の威力から逆算すれば即死しかねない。
「……」
考えるよりも先に身体が動き、ロザリアは武舞台に足を踏み入れる。条件反射で両腕に白いセンスを纏い、白い体毛を露わにし、ソーニャの間に割って入った。
「駄目!!!」
背後からヒステリックな声が響くも、もう遅い。両腕と踵落としは接触し、彼女が忠告した意味が明らかになった。
「「「――――」」」
独自の空間は引き裂かれるように消え失せ、捕らえていたと思わしき100万人近くの亡霊が一斉に解放される。気付けばナロトの幽門区に導かれており、自らが犯した失態を骨身に染みるレベルで理解した。
「わた、くしは……」
判断能力が著しく落ちている。以前なら独創世界内の武舞台を見た時点で察しがついた。一対一にこだわる能力であり、割り込めば破綻するのは一目で分かったはずだった。でも、気付けなかった。鬼気迫る状況だったとはいえ、結果的に教え子の作戦を台無しにしてしまった。
「ずいぶん落ちぶれたな。ロザリア・アッカルド」
解放された一人に含まれる囚人男は声をかけてくる。勝手知ったる様子で、リーザと同様に顔見知りの可能性が高かった。嫌でも身体的特徴が目につき、黒いボサボサの髪と、無精ひげという分かりやすい特徴が視界を通して伝わる。収監されたことによる容姿の変化を考慮しても、見間違いようがない見た目をしていた。
「………どちら様でしょうか」
ただ、思い出せない。頭に霧がかかったような感覚で、知っていたのかもしれないが、彼に紐づく情報を大脳皮質から呼び起こすことができない。まず間違いなく、『絞首金剛』の影響。脳への酸素供給を滞らせたことで深刻な後遺症が出てしまっている。
「都合のいい台詞だな。忘れたことにすれば、過去のいざこざは白紙に戻せるとでも?」
「いえ……ここで謀る気など毛頭なく……」
「先生。こいつ敵だよ。耳を貸しちゃいけない」
ややこしい問題に発展しそうなところにソーニャが割って入ってくる。すでに受け身を取っており、男とロザリアの間に立っていた。爆発を警戒してか、センスは纏っていないものの、並々ならない敵愾心を露わにしている。
独創世界は崩壊したものの、戦闘は終わっていない。囚人男のことを知っている知っていないにかかわらず、幽霊である以上、関係値が変わるわけがなかった。
「仰る通り。……まだ動けますね」
「それはこっちの台詞。二対一なら何とかなるはず」
敬語を使う余裕すらないのか、ソーニャは疲れ切った声で戦況を語る。言葉にいつものようなキレがなく、それだけ相手が脅威であることを意味していた。
「はっ。願い下げだね。こっちにも対戦相手を選ぶ権利があるんでな。俺を思い出すか、もしくは仲間を揃えて出直してこい」
一方の囚人男は背中を向け、立ち去っていく。その背中にはどことなく哀愁が滲み出ており、闘わないのではなく、闘いたくないと暗に語っているようだった。
「どうする、先生。ここは見送る?」
「ええ。わたくしも本調子ではないですし、体制を立て直しましょう」
端的なやり取りを交わし、こちらも背中を向け、囚人男との対戦を見送る。不思議と周囲にいた亡霊たちも襲ってくる気配はなく、二人は中間地点である無人駅を目的地に設定し、仲間との合流を目指しつつ、後退を開始した。
◇◇◇
白軍兵ABCとの戦闘を終えたルスランは、総合病院内の非常階段を降り続ける。背後には警備を担当していた白軍兵が無数に倒れ込んでいて、踊り場や階段上でノックダウンしていた。しばらく降り続けると、それらしい扉が見えてきており、何らかの魔術刻印が施されていた。まず間違いなく、侵入者妨害用の術式が刻まれているだろうな。物理的な衝撃や、意思的な攻撃も自動的に弾くようなギミックが施されているはず。
ただ、この手の障壁に欠陥はつきもの。
「……」
ルスランは右手を魔獣化し、白獅子の右腕と爪を露わにする。そして、流れるように周囲を切り裂いていき、物理的な破壊によって欠陥を探った。突き当たるまで周辺を掘り続け、倒壊を避けるために主要な柱の破壊は出来る限り避けた。
コンコンという今までとは異なる感触が爪越しに伝わり、突破口となりそうな手応えがあった。無論、リスクはある。カウンター型の術式が組み込まれていれば、放った爪撃がこの身に襲い掛かってくるだろう。
だが、ここまで破壊行為を繰り返して引き返せるわけがない。何らかの後ろめたい証拠を掴まなければ正当化できず、覚醒都市の刑法に基づいて処理されるだろう。まぁ、何か裏があったとしても白軍が揉み消す可能性が高そうだが、いずれにしてもやるべきことは決まっている。
「当たって砕けろってな!!」
ルスランは思い切って右腕を振りかざし、感触のあった壁に爪を突き立てる。ガラリと瓦礫が地面に落ちた音が響き、目の前が開けていく。どうやらここだけは、外的要因に干渉されたくなかったみたいだ。
「いい趣味してんな。モルモットの観察が生き甲斐か?」
正面に見えたのは、金髪ヒョロガリの医師。何もない空間でソファに腰かけ、ガラス越しにある水槽を眺めている。すぐにこちらに気付き、視線を寄越すと、顔が青ざめているのが分かった。どうやら正体を察したらしい。こういった輩の台詞は概ね決まってるんだよな。
「し、白獅子……っ!!」
早くも対立を予見し、身構える。想像通りというか、見え透いた悪役というか。こういった手合いには残念ながら負けた試しがなかった。




