第96話 白幕
『波』は現実そのものを映し出す便利なスキルじゃない。確率上に存在する本来なら起こり得なかった出来事を見るためのものだ。想像もしない奇抜な展開があったとしても、それは現実じゃない。似て非なる状況だと念頭に置いた上で、自分自身の出生に関する考察を深めるのがベストだ。
「全く持ってサイコパスな計画だねぇ。あたいは反対だよ」
まず聞こえてきたのはマルタおばさんの声だった。いつも愛用している灰色の着物を着ていて、顔や体格は知っている頃と大差がない。……おかしいな。自分が生まれる前か後の話だったら、十数年前のはずなのに、大して時間が経ってないように感じる。まぁいいか。問題はここがどこで、誰と話しているかだ。
パッと見たところ、研究室のような場所だった。ガラス張りの培養器みたいなのが置かれ、中には何も入っていない。見覚えがあるような、ないような……ハッキリ思い出せないけど、どこかで目にしたことがあるような気がする。思い出すまで頭を捻るよりも、今は耳を傾けるしかなかった。
「あなた自身がお腹を痛めて産むわけではありません。核を抜いた卵細胞に元個体の体細胞の核を取り込み、人工子宮で培養。意思能力によって成長を促進し、数日から数週間で十代前半まで発育可能とします。遺伝子情報の99%は元個体に依存し、卵細胞の元となる母親の影響はほぼ受けません。大してリスクはないと思いますが?」
そこで返事をしたのは紫髪の黒衣を着た小柄な女性。こちらも見覚えはあるし、見間違いようがない人物。ナガオカ・ミア博士だ。『ブラックスワン』では副局長の役職に就いていたはずだ。年齢は同い年だと思っていたけど、思っていたよりも老けていたのか? 逆算すれば三十代から四十代ってことになるけど……最先端の老化防止措置でも施しているのかもしれないな。なんにしても会話を聞き届けるしかない。今は言葉の節々から察しがつく答えが間違ってほしいと願うばかりだった。
「リスクはないかもしれないが、倫理的に問題があるだろ。やってることは人工授精というよりも、クローン技術に近い。そもそも、あたいは……」
「幽霊、でしたよね。それでも第一子は無事に生まれた」
ちょっと待て。これはさすがに聞き逃せない。今のが事実だとしたら母親が確定した上に、出自も明かされたことになる。幽霊に、クローン? これが『波』だとしてもまるっきり的外れとは思えず、外れて欲しい予想が現実味を帯びていく。
「だからといって、次も成功する保証はない。想像できないような化け物が生まれたらどうするつもりだい」
「可能性としてはゼロではありません。ただ……」
「息子の替え玉が欲しいのは分かる。死刑囚虐殺の罪を着せて、本物の行方をくらませるためには瓜二つの存在がいた方が何かと都合がいいからね。ただ、隠蔽工作のために子供を作るのは賛同できないね。『血の千年祭』以後ならまだしも、起きてない未来のために仕込んでおくのは反対だ」
駄目だ。ここまで知ってしまったら、勘違いじゃ済まされない。マルタおばさんの息子はジェノで、自分はジェノのクローンってことになる。しかも、母親は人間じゃなく幽霊だ。父親が誰にしても、出自から考えれば化け物でしかない。
「黒の極点計画の一環だとしてもですか?」
会話は続き、ミアは何やら意味深なワードを口にする。これ以上は見たくもないし、聞きたくもないけど、映像は止まりそうになかった。
「息子だけで十分だろ。予備が欲しいのは分かるが、いくらなんでもクローンってのはどうもね。そもそも、白き神を堕天させて制御することが計画の主眼だったがはずだが、どうやって白き神をクローンに移すつもりだい?」
「それに関しては教皇が手配してくれるはずです。心臓に特注の銃弾を撃ち込み、白き神の力を分割し、銃弾に付着した体細胞を利用してクローンを作ります。どれほど分割されるかは見当もつきませんが、予備として機能するほど十分な力が注がれるでしょう。本物のジェノ・アンダーソンの方はマルタ騎士団に送られる手筈ですし、騎士総長のあなたからしても安心できるのではありませんか?」
「それとこれとは話が別だ。分かってないねぇ。あたいは最初から倫理的に問題があるって話をしてるんだが、それに対するアンサーはあるかい?」
「倫理よりも優先すべきことがある。何より大事なのは黒の極点計画の完遂であり、人道的な問題は後回しにすべきかと」
「息子だけで問題ないと思うがねぇ。大してリスクはないと言っていたが、白き神の力を分割して計画に支障は出ないのかい?」
「むしろ、良い影響が見向受けられるかと」
「具体的には?」
「話せません。というより、まだ確定していない情報なので、詳細を話したとしても理解していただけないでしょう」
「だったら話し合いはなしだ。黒の極点計画はジェノ一本でいく。いいね?」
そこで映像は途切れる。クローンが実現しなかった並行世界に終わりが訪れる。ここから読み取れる情報はいくらでもあった。今の状態に結びつく考察材料は山ほどあった。むしろ、答えが用意されていたといっても過言じゃなく、頭の中に浮かんでいた数ある説は統合され、一つに集約された。
「黒の極点が一部反転した。だから銀じゃなく、金。制御可能な状態から制御不可能な状態になった。幽霊や銃弾がどうこうよりも、根本的な問題は悪意だな。堕天に反作用的な逆向きの力が働いたことで、いよいよ収拾がつかなくなったわけだ」
今まで出した説の中で最も腑に落ちる説にジェノは辿り着く。だからといって、問題が解決したわけでもなく、制御できない状態が続いていることに変わりはない。何もせずに指をくわえて見守るというのは性に合わず、問題解決のためにどうしても向き合わなきゃいけない相手がいた。
「さて……よければ、俺と和解してくれないかな」
ジェノは振り返り、白い空間内にいる白銀の鎧と目を合わす。同じく心の奥深くに閉じ込められた存在であり、制御不能を制御可能にするトリガー。
「――白き神」
超常の存在との対話にジェノは臨んだ。




