第94話 勝利条件
広島という名を背負いながら、『超原子拳』という必殺技はいかがなものかとおしかりを受けたことがある。原爆を想起させ、非核三原則を掲げる国家に属する者として、配慮が足りないと言われたことがある。
ご指摘はごもっともで、言い返す気は全くなかった。ずいぶん時間が経過したとは言えど、被害者が存命しているのは事実で、原爆によって家族を亡くした方がいるのも事実。全方面に気を遣うなら、名称を変えるべきだ。似たようなニュアンスのワードに設定すれば、角が立たずに済む。
ただ、自分を曲げる気は毛頭なかった。
評価されるべきは『行動』であり、『世間体』じゃない。『超原子拳』によって多数の被害者を出した場合におしかりを受けるべきであり、化け物と戦う場合に使って責められる謂れはない。
「………」
広島は廃墟の影に隠れ、様子を伺う。視界の先には六対の羽根を生やした黒鎧が見える。まず間違いなく中身はジェノ・アンダーソンであり、一度は『超原子拳』によって倒した存在。再現性に欠ける精度100%の『結晶化』が勝利の鍵を握っていたが、次も同じ手で上手くいくとは限らない。
そもそもとして今回は、別の手があった。
ニコラ直伝の『黄金の魔術』と『神醒体』が揃えば、神の力を安定して封じられると聞いている。その儀式場を整えられるかどうかが勝利の鍵を握っており、必ずしも直接対決で勝利する必要はなかった。
現状、頼れる仲間はおらず、気絶したカグラは無人駅に退避させ、時間停止状態のスサノオは手の施しようがなく、放置してある。胃の攻略待ちであるルスランを招集できれば心強いが、勝利条件を考えれば単独の方がやりやすい。
「ふぅ……あかんね。生真面目になりすぎると思考も身体も凝り固まる」
広島は視線を外し、建物の影で一息ついた。過緊張状態かを見分ける術は、心の声に方言が適用されるかどうか。極めてシリアスな状況だと脳内音声が標準語になる癖があり、現在進行形でその癖は抜けきっていない。恐らく、それほど精神が追い込まれているのだろう。一息ついたところで余裕は戻ってこなかった。
「ともかく、今の状態じゃ厳しいな。どうにかジェノと他の奴らを分断できればいいんじゃが……」
平静を保つためにも考えを声に出し、状況を整理する。現在、ジェノが心理掌握していると思わしき配下は三名ほどおり、見覚えのある強者が揃っている。バグジーとジーナに加えてメイド服を着た鬼。どれも並々ならないセンスを纏っていて、生半可な覚悟で突っ込めば返り討ちにされるのは明らかじゃった。
どうやら、ようやっと精神状態が落ち着いてきたらしいのぅ。目の前の現実を受け入れたことで平静を取り戻せたらしい。相当、テンパっていたと見えるな。以前、黒鎧を纏ったジェノと対峙した時よりも脅威と感じているようじゃ。それも当然と言えば当然で、あの頃に比べても格段に進化しとる。例え、一対一の状況に持ち込めたとしても、勝てる保証はなかった。
「……」
するとそこで、セーラー服のタイが小刻みに震えるのを感じた。まず間違いなくニコラからの着信であり、何らかの魔術か意思能力が絡んでいると思っていい。広島はタイを解き、耳元に当て、電話に見立てた。
『いい? これから第三者がアレと接触する。その隙に乗じてタイを代償に魔法円を展開。そこからは私と意思疎通が取れないけど、円の中に『神醒体』のあんたさえいてくれれば、遠隔で起動する。完全に機能するまでは数分ってところかな。それまではどうにか生き延びて。『神醒体』が円の外に出るか、死んでしまえば『黄金の魔術』は不発に終わるから』
ブチッと音がして、通信が終了したのが分かる。返事するぐらいなら目の前のことに集中せえってことじゃろうな。問題は第三者の存在。
「……嘘、じゃろ」
建物の陰から再び覗き込み、状況を伺うと信じられん光景が広がっとった。二匹の魔獣がジェノたちの前に立ち塞がり、そのうちの一匹は見覚えある存在。
「モミジ……どうして……」
赤褐色のキツネ型魔獣から目を離せず、頭は真っ白になっていった。
◇◇◇
七つ頭の魔獣エミリアに引き連れられ、キツネ型の魔獣は前線に顔を出していた。あくまで戦況を把握するための偵察であり、状況がハッキリしてから白軍を投入するつもりらしい。白軍が先で魔獣が後だろと心の中で思ったが、口には出さなかった。エミリアが頭出し、下っ端が意見するのは野暮ってもんだからな。ここは大人しく指示に従って、後々のために恩を売った方が建設的だった。
とはいえ、こいつは手に余るかもな……。
「「「「…………」」」」
正面に立ち塞がるのは、ジェノ・アンダーソンと御一行。見るからに敵意剥き出しで、手心を加える気は一切なさそうだ。まぁ、聖人目線だと魔獣は悪だわな。聖書では神のアンチテーゼとして描かれることも多く、駆逐することが世の中のためになるんだから、犯罪とは真逆の善行に数えられるわけだ。言ってることは分かるが、人間目線の都合のいい解釈で、当事者のこっちからすればたまったもんじゃない。
エミリアにどこまで共有するかがミソだが、説明する暇はなさそうだな。
「――」
「――」
ジェノの傀儡と化したバグジーとセレーナは、ククリと大太刀を使い、攻めてくる。当の本人は傍観しており、近くにジーナを待機させ、万全の布陣で仕掛けてきているのが分かる。舐められたもんだぜ、全くよ。
『――』
『――』
エミリアと共に、襲い来る両者に頭突きを放ち、ガス爆発を伴った。戦闘が本格化した瞬間であり、負ける気は一切しなかった。




