第93話 覚醒都市アンダーグラウンド
うろ覚えだけど、病室に運ばれたのは覚えている。金髪の医者が首筋に注射針を刺し、緑色の液体を投入され、意識が途絶えた瞬間は脳裏に焼きついている。当然ながら、そこからどうなったのかは分からない。手術が行われたのか、精密検査が行われたのかは確認のしようがなく、どれだけ眠っていたのかも不明。
「……」
ただ、ミーラは目を覚ました。巨大な水槽のような場所に捕らえられ、両手両足を縛る拘束具と共に水中に沈められているのが分かった。口元には酸素吸入器のようなものが装着され、天井に伸びているのが見える。
意思能力者なら脱出は造作もないように思えた。センスを纏い、拘束具を引きちぎって、水槽を叩き割ればどうとでもなるような気がした。
ただ、筋弛緩剤が多量に含まれていたのか、全身に力が入らず、センスを練ることもできない。生命維持に必要なもの以外の機能が極端に弱まっており、用意周到に計画された監禁であることが一瞬で理解できた。
だとしても分からないのは……なんのために捕らわれているのか。
治療目的以外の意図があるのは分かるけど、全くもって想像がつかない。何らかの実験材料にされているにしても、今のところ実害はほとんどない。マッドサイエンティストが黒幕なら、毒物に近い未承認薬を臨床試験するって展開も考えられたけど、体感からしてそこまでの刺激物を与えられた気はしなかった。
ここからは想像で穴埋めするしかなく、正解したところで報酬が与えられるわけでもない。だけど万が一、脱出できる機会が訪れた場合に備えておくべきであり、出られるきっかけが敵主導だろうと味方主導だろうと『何も考えていませんでした』じゃお話にならない。
さて……ひとまず状況を整理しよう。
幽霊区で刀を持った白髪の女性と接敵し、仲間を一人やられて、ザハールと逃走。その道中で100万人の亡霊に囲まれ、ザハールを逃がし、時間稼ぎをしていたら、旧友リーザの幽霊と出くわし、結果的に敗北して今に至る。その後、どうなったのかは分からず、前後関係を穴埋めするなら、ザハールの増援が間に合い、何らかの移動系意思能力によって覚醒都市に帰還したと考えるのが自然。手品の種はどうでもよく、そこを突き詰めて考えても今の状況と直接結びつくことはない。
重要なのは、監禁することで覚醒都市にいる誰が得するのか。
水道と電気は通っているし、定期的に魔獣を狩ることで食糧も豊富に蓄えられているし、衣食住に困りはなかったはず。その上で更に贅沢をしたい、もしくは、日常生活では満たされない欲望を抱える者が黒幕だと思っていい。
覚醒都市には25万人も住んでいることから、特定の個人を言い当てるのは現実的じゃない。もはや犯人は誰だってよく、気にすべきは動機だ。身元不明の攻略者を監禁することで得られる利権を想像すれば、答えにたどり着くはず。
恐らく、一般的な人間を監禁し続けても、得られるものはほとんどない。個人的な怨みを買い、復讐するためならまだ分かるけど、覚醒都市の住民との関係はどちらかというと良好だった。いい子ちゃんの仮面をかぶり、波風立てず生きてきて、それにうんざりしたから攻略者になった。立つ鳥跡を濁さずと言うけれど、極めて慎重に人間関係を整理して、ナロト攻略を開始した。誰かに怨まれている可能性は排除していいはずだ。
利用価値があるとすれば、意思能力者である点。
接合型の意思能力であればエネルギー源にすることも可能で、センスを練れないのは筋弛緩剤の影響ではなく、常に力を吸われ続けているからと仮定すれば納得がいく。そうなれば都市のインフラ周りが絡んでいるのは確定と思ってよく、水道、電気とくれば、民衆の欲望の行き着く先は――。
「ガス……」
ゴボッと水槽内の口周り部分が泡立ち、誰にも届かない声を発する。答え合わせが済んでいない段階にもかかわらず、驚くほどしっくりきており、納得感しかない。恐らく、都市全体のインフラを支えるためなら、一人や二人の騒ぎではなく、最低でも数百人規模の大掛かりな規模で監禁が行われていると思っていい。ともすれば何か。接合型意思能力だと仮定した上で、具体的な能力名は何なのか。ドンピシャで言い当てることは不可能に近い。仮定に仮定を重ね、かなり条件を絞っているものの、それでも膨大な選択肢が頭の中に思い浮かぶ。ただ、不思議と迷わなかった。これしかないと思える選択肢が一つだけ残った。確かめる術がないのは頭で分かっているけど、好奇心を抑えきれなくなり、思いのままに答えを口にした。
「意思力発電」
外れて欲しいと心の底から願いながらも、魔獣の臓器なんて不確かなものよりも極めて現実味のある能力に対し、代替案は浮かんでこなかった。
◇◇◇
仕立屋、無人駅、暗黒闘技場という新たに開拓されたルートを隅々まで確認し、再び古巣である覚醒都市に足を踏み入れる男がいた。
「…………」
七聖獣『白獅子』ルスラン。胃酸用のスーツは着用しておらず、茶色の毛皮のコートを着て、覚醒都市南部から暗闇にそびえ立つ摩天楼を一望していた。電気が通っているのはビル群の明かりから一目見て分かり、一部施設の煙突からは蒸気が漏れ出ている。依然、生活していた頃よりも格段に文明は進化しており、涙ぐましい努力が伺える。
だが……。
「こいつは匂うな」
あまりにも早すぎる進歩に、ルスランの違和感を加速させる。立ち寄る予定はなかったものの、思いもよらない変化を前にして首を突っ込みたくなる。具体的な訪問先は決めていないが、おおよその目星はついている。
「目指すは、都市総合病院か」
ルスランは煙の出所に導かれ、明確な意図をもって新たな目的地を目指した。
◇◇◇
都市のインフラを支えることができれば、門番どころか兵役を免除してやる。元帥から命じられた言葉を今でも鮮明に思い返すことができる。最初は無理難題だと思っていたが、ダメ元で受け入れ、いざ着手してみると上手くいってしまった。
どうやら適性は『肉体系』じゃなく、『芸術系』だったらしい。
センスの創造可変は思ったよりも手軽にこなせ、頭の中で設計図を組み立ててしまえば、後はそこに力を注ぎ込むだけで簡単に形にできた。こんなことなら最初から『芸術系』を極めていれば……と思わなくもないが、『肉体系』を強化していたことで思わぬ副産物があったのは確かだ。
センスの性質変化。
『芸術系』と『肉体系』の複合技であり、両方を一定の水準以上で出力できるようになった上で可能となる領域だ。少しばかりややこしいが、要求されるのは『肉体系』寄りの『芸術系』といったところ。今の自分が置かれた状況と期せずして噛み合っていたことで、すんなりと再現できたと考えている。
「………」
白の診察衣を着るヒョロガリ金髪の男イゴールは、七三分けの髪型を手で整え、ガラス越しに見える景色を見つめる。マジックミラーの構造となっており、こちらからは透けて見えるが、向こうからは見えない。一方的に患者を観察でき、兵役免除と引き換えに背負うことになった業を胸に刻み込む。
「いつか罰が当たるのだろうな。でも、今じゃない……」
イゴールは部屋に置かれた魔獣革のソファに深く腰かけ、贅沢三昧の日常を満喫することなく、極めて真面目に『意思力発電』の監視作業を続けていた。




