第91話 小休憩
「はぁ……はぁ……っ」
独創世界【絶対闘劇象】内に展開された武舞台上でソーニャは息を切らす。頭上に表示されるレベルは10で止まっており、100万人中のたった一人を相手にして、手をこまねていた。
「…………」
障害となっているのは、白黒の囚人服を着た無精髭を生やす黒髪の男。両腕に手錠をかけられた状態でソーニャを圧倒し、手傷を負った様子はなかった。幽霊以外の詳細は不明であり、白軍の亡命に参加していたのかも定かではない。
確かなのは、その実力。
ソーニャがレベルアップ時に獲得したスキルポイントを全て『肉体系』に偏らせても肉弾戦で全く歯が立っておらず、勝てる目星は立っていなかった。
「強すぎ……なんですけど……。『七聖獣』クラス? それとも――」
「若い割に筋がいい。俺が直々に指南してやろうか?」
首の骨をコキリと鳴らし、男は何の気なしに問いかける。上から目線の物言いでソーニャを格下だと言わんばかりの態度を貫いていた。
「いや……お前、誰? どこの馬の骨とも分からん奴に、教えを乞うほど馬鹿じゃないんだけど」
「その馬の骨に手こずっているのは、どこの馬の骨だ? 身の程を知らないほどの馬鹿でもあるまいに」
互いに名乗り合うことはないものの、どちらも仕掛ける気はない様子。戦闘を行うにせよ、話し合いに持ち込むにせよ、後ろに100万人近くの行列を待たせた上で小休憩が挟まれようとしていた。
「別にアドバイスは求めてないんだけど、言いたいなら聞いたげる」
「お前……得意系統は『芸術系』だろ。どれだけ環境設定でバフをかけようと、短所が長所に変わることはない」
「だから? それ……ただの一般論じゃん。伸び代を考慮したらどの系統に割り振ろうが私の勝手というか、100万人を相手にするなら『肉体系』特化が一番理に適ってるっしょ。自分に合ったスキルを伸ばしても、どっかでスタミナ切れするだろうし、ゴールまで勝ち抜けるように工夫しなきゃ意味がない」
「今、勝てなければゴールにたどり着けやしない。後先のことを考え過ぎるがゆえに、目先のことが抜け落ちてる。理論派が陥りやすい典型的な失敗例だな。現場の肌感覚より机上の空論を優先し、間違っているのに修正ができない」
「間違いってそれ、誰目線の話? あんたにとっては間違って見えるかもしんないけど、私にとっては正しいの。結果が伴ってないだけで、駄目だったと勝手に決めつけないでよ。少しそっちが優勢なだけで勝負はついてないし」
「少しってそれ、誰目線の話だ? これでも手加減してやってるのがまだ分からんか?」
男はジャリと手錠の鎖を鳴らし、これ見よがしに両手を使っていないことをアピールしている。実際、戦闘においては両足のみでソーニャの猛攻を捌き切っており、ハッタリでもなんでもない事実を突きつけていた。
「ぐぬぬ……。認めるのは癪だけど、確かに一理ある。まずは目の前の戦いに勝たないとゴールもくそもないか……」
紫色のセンスを身に纏い、ソーニャは戦闘に意識を傾ける。とはいえ、すでに割り振ったスキルをリセットし、新しく割り振ることはできず、今ある手札だけで勝負しなければならない状態。アドバイスに従うにせよ、逆らうにせよ、取れる手立ては限られており、追い込まれていることに変わりはなかった。
「理論派の堅物がどう動くか見物だな。どれ、かかってこい。稽古をつけてやろう」
「格上ぶんなや!! ポテンシャルは私の方が上だから!!!」
小休憩を終え、二人は再び戦闘を開始する。
◇◇◇
若葉色の特注スーツを着たザハールは、覚醒都市における病院の控室にいた。戦闘不能になったミーラを医者に託し、精密検査の結果を待っている。命に別条がないのは分かっていたものの、無事かどうかは素人目で判別がつかなかった。
「隣、いいかな?」
気を抜けない状況の中で声をかけてきたのは、白のフロックコートを着た清潔感のある金髪の男だった。前髪を横に流し、両サイドは刈り上げで、口髭は綺麗に整えられている。どこかで見たような気がしなくもないが、思い出せない。ともかく、断る理由もなく、軽く適当に頷き、彼は待合用のソファに腰かけた。
「大して深い事情も知らず、なぐさめるつもりか? そういうのはよしてくれ。気分を害する」
「込み入った話をするつもりはない。ただ、君がどこから来たか気になってね。その服装を見る限り、攻略者だろ? 進捗を訊きたくてね」
「全体から見れば下の下だよ。仲間も一人失ったし、もう一人もどうなるか分からん状態だ。最前線には程遠く、語るほどのもんでもない」
「ふむ。現場を知る君が言うならそうなんだろうね。ただ、お仲間は誰かにやられたんだろ? 無理強いするつもりはないが、場合によっては力を貸せるよ」
「……お前、何様だ? ナロトに挑戦する気もなく、都市に引きこもってる野郎が力を貸すとは強気に出たもんだな。表出ろや、コラ」
どうせ強気に出れば、引きこもりの覚醒都市民は引き下がるだろう。そんな軽い気持ちでザハールは挑発を飛ばす。
「いいよ。そのスーツは脱いでおくように。壊すのは心苦しいからね」
意外にも男は受けて立ち、決闘は成立してしまった。




