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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第9話 コペンハーゲン解釈

挿絵(By みてみん)





 ジェノ+カグラ対サイ型の魔獣との戦闘を傍観していて目に入ってきたのは、見覚えのある能力だった。黒色のセンスだけなら類似する存在はいくらでもいるんだろうけど、内容まで一致しているとなると、ただの偶然では済まされない。


「セルゲイ大尉……?」


 ターニャは攻撃を反射する装甲から導き出される結論を口にする。あり得ないとは頭で分かっていながらも、否定しきれない条件が揃っていた。


「天文学的数字ですが、確率的には存在する事象でしょうね」


 似たような見解を示すロザリアは、丸眼鏡の端っこ部分を人差し指で軽く押し上げ、データキャラみたく得意げに語っていた。勝手知ったる様子で、こちらが知らない情報を踏まえた上での反応のように見えた。


「それ……どういうことですか、先生」


 次に反応を見せたのは、ソーニャだった。おてんば娘的な人物像と聞いているものの、『白金の道プラチノヴィー・プーチ』の先輩が同席しているせいか萎縮してしまっている。なにはともあれ、知りたかった内容を代わりに聞いてくれており、深読みされる心配がなくなるからこちらとしては助かった。


「これは眉唾物であり、話半分で聞いてもらいたいのですが……魔獣は元人間である可能性が高い」


 場の空気が凍り付くのを感じた。右隣にいるソーニャは目を見開いており、こちらも似たような表情を作っているに違いない。日常的に口にしているものが元人間だったと言われて、動じない方がおかしかった。正常な判断能力を持っている人なら誰でも驚くレベルの爆弾発言。衝撃の事実を受け止め切れずにいると、先に立ち直った後輩は真剣な表情で会話を続けていった。


「つまり……セルゲイ大尉は煉獄界で死に、サイ型の魔獣になって戻ってきたと?」


「恐らくそうでしょうね。魔獣なら『煉獄の門』の一方通行は適用されず、煉獄界から人間界に引き返すことは可能ですし、矛盾はありません。それに、大尉が死んだと仮定するなら、部隊の生存は望み薄でしょうね」


 ソーニャとのやり取りを重ね、ロザリアは結論を下す。断定はしていないけど、9割ほどは事実であるかのような空気が漂い始めているのが肌身に感じられる。騒動を起こした黒幕の心情としては複雑だ。セルゲイ大尉を含むコサック部隊を中咽頭に隠された誰も知らない『煉獄の門』から煉獄界に送ったのは事実であり、こうなる可能性は頭の中にあった。怨まれるのを承知の上で送り飛ばした。


 だけど……。


「あたしは信じない。死んだと決めるつけるのは早すぎます。セルゲイ大尉が生きている可能性も同時に存在し、箱の中を観測するまで事象は確定しない。それこそがコペンハーゲン解釈における本質そのものでしたよね、先生」


「はい、その通りです。シュレーディンガー方程式と混同されがちですが、あれは現在のエネルギー状態に波動関数を掛け算すれば、時間経過による変化……つまり、未来に起こり得る確率分布を100%の精度で予測できると論じたもの。ただ、計算と現実は別物であり、確率上は存在する様々な出来事が、結果として一つしか起きないことを方程式では説明できなかった。そこで、観測者が結果を見ることで確率上の波が一つに収束するという後付けのルールを定めたのが、コペンハーゲン解釈となります」


「だったら、答えは二つに一つ。あたしは――!!」


 ターニャは踵を返し、中咽頭に向かって突き進む。それを予期していなかったのかソーニャとロザリアは唖然としており、追ってくる気配はなかった。理解した頃にはもう遅い。荒らされたテントの一部に入り込み、床を蹴りつけると、肉壁に隠された『煉獄の門』が開かれる。大尉の死を望むか、生を望むか、その真意を明かすことはなく、事件の真相を胸の内に秘めたまま、黒幕は煉獄界へと姿をくらませた。


 ◇◇◇


 何やらひと悶着あったっぽい気配が背後から伝わってくる。中咽頭に引き返したターニャの姿が横目で確認できる。腰を落ち着けて事情を聞きたいところだけど、構ってあげられるだけの余裕がない。今は目の前のことで手一杯だった。


「ひとまず大技は無しだ! 今は通常攻撃で様子見しつつ、反射するしないのタイミングを探るしかない!!」


「…………あい分かった!!」


 やや沈黙があったものの、隣にいるカグラは承知し、ひとまずの方針は定まる。反射された右足のダメージはかすり傷程度。ピョンピョンとその場で軽くジャンプしており、戦闘に支障はなさそうだった。


 無茶の塩梅を知る。それがカグラと組む目的だったけど、早くもその感触が分かってきたような気がする。無鉄砲に大技に頼る彼の姿は、かつての自分を見ているようでもどかしい気持ちがありつつも、非常に参考になった。


 やっぱり、力で押し切るだけじゃ駄目なんだ。相手が『反射』の能力を有しているってのもあるけど、敵の特性が分かるまで適度に探りを入れるのは必須だ。最初っからフルスロットルでやる今までのスタイルだったら、初見で殺されてた。そもそもとして、こちらの手札を初っ端から明かす戦法は賢いやり方とは言えない。一撃で倒せるならいいけど、そうでないなら能力が割れて不利になる。リマインドではあるけど、大技はここぞという場面で使うのがベストだろうな。抱え落ちっていうデメリットも考慮に入れたとしても、全力を出すタイミングは慎重に見極めるべきだ。


 ちょうど実験台となりそうな相手は目の前にいる。これ以上は考えても意味がなく、アレコレと不安要素を並べる前に手を動かせ!!


「「――!!」」


 ジェノとカグラは同時に駆け出し、体勢を立て直したサイ型の魔獣と正面から相対する。このままいけば相手の突進の餌食となり、当たり所が悪ければ殺されてしまうだろう。なんせ、四メートル程度の体躯と強靭な肉体に加え、センスも扱える。さらに言えば、能力発動の押し引きが可能なほどの知性があり、動物と似たようなものだと侮っては足元をすくわれる。


 慎重かつ、大胆に。口裏を合わせることはなかったけど、カグラも同じ気持ちのはずだ。次の行動まで一致するとは限らないけど、少し試してみたいことがあった。


『――――』


 思った通りというべきか、サイ型の魔獣は突進を開始する。迷うことなく一直線にこちらに向かい、見る見ると距離を縮めている。最高速度……というには助走が足りないけど、直線に関して言えば向こうの方が速い。魔獣特有の恵まれた肉体のおかげだろうな。いくら『肉体系』とはいっても、人間を基準にした物差しであり、生物として格上の圧倒的なフィジカル強者には余裕で一蹴されるだろう。

 

 だからこそ――。


「「…………っ!!」」


 ジェノは右拳、カグラは左足を突き出し、サイ型魔獣の突進に正面から衝突する。当然、押し負ける。相手の突進の方が総合力で上だ。肉っぽい地面を靴裏でこすりつけてブレーキをかけようとするも、押し出される力の方が強く、壁際が迫る。


 壁に衝突する瞬間を見切り、ジェノは左、カグラは右に回避。間一髪のところで助かった形になるけど、戦闘は平行線のように思える。


 だけど、少し無茶をした甲斐があった。


「今ので分かったよね。たぶんだけど、敵の『反射』は――」


「攻撃時に発動できない。ようするにカウンターが突破口ってか!!」


 敵への理解は加速し、各々のセンスは昂ぶりを見せている。考えていることは同じであり、押し引きのバランスは今の攻防で理解できた。体格差がある以上、長々と戦闘を続けるのは得策ではなく、できれば早々にケリをつけたい。


「何も聞かずに俺の背中を全力で蹴って欲しい。……できるよね?」


「あいよ。ご希望とあらば、なんなりと。次の突進の直前でいいな?」


「うん、それでお願い」


 短いやり取りを交わし、ジェノは振り返ってサイ型魔獣の方向転換を待ち、カグラはこちらの背後に位置している。


『――――』


 そこで体勢を立て直した魔獣と再び目が合った。こちらの意図を察したのか察していないのかまでは分からないけど、次も突進で仕掛けてこようとしているのがなんとなく分かる。攻撃時でも反射装甲を展開できる可能性もなくはないけど、それを言い出したら何もできなくなる。どこかしらで攻めなければジリ貧の闘いに持ち込まれるだけで、それこそ相手の思う壺だ。互いの手札も出揃っているし、最悪に備えてカグラは控えに回らせたし、リスクを取るべき場所は今しかない!


「出雲流神楽――」


 カグラは大技の前動作に入り、センス量が一段と増したのが背後からでも伝わる。これを受け切れるのか……なんて思わないこともないけど、思いっきりやらなきゃ、サイ型の魔獣を倒すことなんてできやしない。男なら気合いを入れろ。


「バッチこい!!!」


「【式三番】!!!」


 放たれる三段蹴りをセンスで受け止め、ジェノは勢いよく前進する。サイ型の魔獣も同時に動き出し、あっという間に拳に届く間合いに入った。先にこちらの攻撃が到達したどうなるか、反射が適用されれば被害はどの程度か。不安材料が頭の中をぐるぐると巡るけど、知るか!! 都合の悪い現実は、全部ぶっ飛ばしてやる!!!


超躍動拳ダイナミックインパクト!!!!」


 ジェノが放つのは、蹴りの勢いが乗った捨て身の右ストレート。サイ型魔獣の角と衝突し、命知らずの赤銀せきぎんの閃光が日の目を浴びた。

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