第8話 腕試し
ジェノ・アンダーソンは身内に甘すぎる。それが一連の行動を見て、真っ先に浮かんだ感想だった。見るからに怪しいターニャに白確を出したこともそうだし、見るからに訳ありなカグラを放置している。仲間同士で波風を立てないようにするための配慮だろうが、そのやり方を続ければいつか足元をすくわれる。例え身内であろうと疑わしい要素があれば対立すべきであり、ターニャとカグラの振る舞いは許容できる範囲を大幅に超えていた。
「それでぇ、大尉が何て言ったと思いますぅ?」
思考を整理していたところにターニャが声をかけてくる。当然、彼女の与太話は耳に入っておらず、気の利いた返答は思い浮かばない。
「……さぁ、なんでしょう」
「爆弾の父……って言ったんですよ。ウケるでしょ」
全くもって意味が分からない。どういう経緯を辿ればその結論に浮かぶのか想像がつかない。ただ恐らく、父とチチがかかっており、布団がふっとんだのようなダジャレ風のジョークになっているのは理解できた。愛想笑いを浮かべて適当にやり過ごすのが無難なものの、それは自分らしくない。怪しまれないように振る舞うなら、例えフリとオチを全て聞き終えた体で自然に出る反応でなければならなかった。
「それで笑うと思いますか。『狂犬』の私が」
「あー。ですよねぇ。もっとネジが飛んでた方が好みかぁ」
納得する回答だったのか、ターニャは結果を受け入れている。今度は別のジョークで笑わせてやろうという前向きな思いも感じられた。元教え子という立場を考えれば、愛らしい言動のように思えるが、こちらの心情としては複雑だ。裏切る可能性を常に警戒しつつ、場合によっては手心を加えず処理しなければならない。まだ100%黒と決まったわけではないが、関係性を深めるだけ損なのは明白。いつか訪れるかもしれない最悪に備え、適度な距離感を保っていた方が精神衛生上良かった。
そう思えば何も起きない時間が苦痛で仕方なかったものの、一同はコサック部隊のキャンプ地を過ぎ、下咽頭に足を踏み入れている。軽い油断が死に直結する危険地帯であり、元教え子との会話に頭を悩ませるほどの時間は残されていない。
「他愛のない雑談はここまでとしましょう。早速ですが、実技の時間ですよ」
目の前に現れたのは、銀の鎧を纏うサイ型の魔獣。禍々しい黒のセンスを纏っており、危害を加えようという明確な悪意をこちらに向けていた。
◇◇◇
下咽頭の行く手を遮るように現れたのは、鎧をまとったサイだった。ザ・魔獣って感じの見た目であり、レベルアップを図るにはうってつけの相手。戦闘力は未知数だけど、この場にいる全員で立ち向かえば余裕で倒せるだろう。単純に数で上回っているのもそうだし、こちらには王国選りすぐりのエリートが揃っている。何らかの能力を有していようとすぐに見破り、あっという間に倒せる未来が脳裏に浮かんだ。
……ただ、それでいいんだろうか。ロザリアを中心とした猛者たちにおんぶに抱っこの状態でこの先も生き残れるのだろうか。確実な勝利を望むなら全員で倒すべきなんだろうけど、なんというかフェアじゃない気がする。魔獣に対して人間と接するような倫理観を持ち出すのは間違っていると思うけど、ここは……。
「あの……今回の戦闘は俺に任せてもらえませんか? ロザリアさんたちの実力に甘えてばっかりいたら、いざという時に腑抜けてしまう気がするんです」
正面を向いたままジェノは提案する。誰かを巻き込む気はなく、将来のことを見据えれば、ここらで経験値をガッポリ稼いでおきたかった。
「わたくしたちは構いませんが、彼は何やら言いたげの様子」
肯定的な反応を見せたロザリアが、こちらの右隣りに視線を飛ばしたのが後ろを振り返らずとも分かる。ジェノを差し引けば残る男は一人であり、言わんとしていることが言われずとも伝わってくる。とはいえ、何も聞かずに巻き込むわけにはいかず、彼の口から直接聞かなければならない。
「手柄も経験値も半分こといこうや。おらも強くなりたくなったんでな」
◇◇◇
ジェノの二つ返事で共闘が成立した。目の前には、サイ型の魔獣が空気を読んでいるかのように待っている。どこまでやれるかは分かんねぇが、序盤に出てくるような雑魚敵にやられちまうほどの柔な鍛え方はしていない。それに今回も、一人でなく二人で闘うことができる。蜥蜴型の魔獣には遅れを取ったが、アレは外れ値であり、通常の魔獣とどこまでやれるかを知るには、ちょうどいい相手だった。
「「…………」」
カグラとジェノは各々のセンスを纏い、戦闘態勢を作る。生半可な連携は混乱を招くが、場数を踏めばどうにかだろう。ひとまずの目標は蜥蜴型の魔獣に二人でリベンジすることであり、現状においての強さを追い求める理由そのものだった。
『――――!!』
見計らったかのようにサイ型の魔獣は突進を開始する。見るからに知能のない動きであり、単純な行動だったからこそ口裏を合わせることなく、考えは一致した。
「「――」」
カグラは右、ジェノは左に飛び、突進を回避する。もちろん、それだけで終わることはなく、去り際にすかさず互いの右拳を魔獣の側面に打ち込んだ。小手先の技術や必殺技がどうこう以前に、確認すべきは通常攻撃が通用するかだ。魔獣は人間に比べて硬く、それに加えてセンスを纏う個体もいるため、フィジカルだけでゴリ押せる『肉体系』と言えど、過信はできなかった。蜥蜴型の魔獣がいい例であり、こちらのパンチは全く持って通用しなかった。サイ型の魔獣にも効果がないのなら、今のフィジカルでゴリ押す闘い方そのものを見直す必要が出てくる。
『――ッ!!』
ただ、それも杞憂で終わったのか、側面を叩かれた魔獣は苦しそうな鳴き声をこぼしている。硬そうな見た目をしていたが、どうやらこちらの拳の方が一枚上手だったらしい。側面攻撃が弱点だった可能性もあるが、そんじょそこらの魔獣には遅れを取らないってのが今ので証明できたわけだ。
「大技で一気に畳みかけるぞ!! 用意はいいか?」
「いや、待って。何か様子が変だ。いったん距離を取った方が……」
「あぁ、しゃらくせぇな。だったら、おら一人でやってやる!!」
息の合わなさは改善されたわけじゃないらしく、カグラは独断専行で右足にセンスを集中させる。部分的な魔獣化……いわゆる状態1の段階に移行し、赤褐色の体毛が露わになっていた。
「出雲流神楽――【剣舞】」
繰り出すのは足刀。脚部を刀に見立てた舞を踊り、致命的な隙を晒しているサイ型の魔獣に振るう。
「超原子拳!」
魔獣の表皮に触れるかどうかのタイミングでジェノは大技を放つ。敵に向けて打ったわけじゃなく、こちらが敵に触れる瞬間を見切り、同程度の威力をもって相殺しようとしていた。
右足と右拳が衝突し、赤と銀の眩い閃光が迸る。ただどうやら向こうは手心を加えていたようで、こちらの勢いが勝り、放った足刀は威力の大半が削がれた状態でサイ型の魔獣の表皮に衝突しようとしていた。
『――――』
そこに生じるのは禍々しい黒のセンス。足刀と表皮の間に壁を隔てるような形で現れ、表皮への接触を阻んでいる。何らかの意図をもってやったのか、たまたまそうなったのかは分からねぇが、すぐにそれは明らかになった。
「……っっ」
右足の脛辺りに痛みが生じ、藍色の布に覆われていた鉄甲脚絆を突き破り、軽い裂傷を伴ったのが感覚的に分かる。単純に力負けした可能性も考えられるが、こいつはそうじゃねぇ。サイ型の魔獣は弱さを装ってカウンター型の意思能力を発動したって寸法だ。ようするに……。
「反射装甲か。爪を隠したなぁ、能あるサイ!!!」




