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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第87話 スワンソング

挿絵(By みてみん)





 ありきたりな展開に、ありきたりな結末。心躍る戦闘が繰り広げられると思いきや、この体たらく。身近な者の生き死によって舞台を彩るよう演出したのは間違いないが、これで幕を閉じるには少しばかり味気がない。


「――――」


 竜巻に身動きを取れずにいる中、ゲオルクは身を蝙蝠に変え、脱出を図る。思えば、吸血鬼らしいことはしていなかった。邪眼や意思能力は別の者でも模倣可能であり、再現性が高すぎる。生涯最後の戦闘と銘打つのであれば、『自分らしさ』を徹底的に追求したい。


「…………」


 ゲオルクは蝙蝠化に付随する透過能力によってセンスの隙間を潜り抜け、脱出を果たす。敵の渾身の秘策は失敗に終わったことになり、またもや勝負は振り出しに戻った。今いる位置は成層圏近く。それより先に進めば天国へ到達することになり、いくら吸血鬼であろうと肉体を持つ限りは強制的な死を迎えるだろう。


 だが、敗北条件デッドラインが明確な分、こちらとしてはやりやすい。仕損じたことが分かれば、敵は同じゴールを目指すだろうし、場合によっては空中戦も考えられる。そうなれば蝙蝠化の本領発揮なわけだが、いずれにしても手を休める相手とは思えない。見立てが正しければ、そろそろ次の手を……。


「――――」


 蝙蝠化を解いた瞬間、視界の端を捉えたのは黒い手だった。確か、色触是空と呼ばれた技であり、物理的な拘束力を持っている。両目を塞がれ、振りほどけなかったほどのセンスが込められており、狙いは恐らく成層圏の外へ突き飛ばすこと。先ほどの出力から考えれば十分に可能であり、甘く見ればこちらがやられる。

 

 ゲオルクは左手の爪を使い、自身の右手の掌に軽く傷つける。そこから青色の血液が生じ、掌から滴り落ちると同時に言い放った。


「――竜血槍ブルート・ランツェ


 青みを帯びた槍が眼下に投擲され、反応する暇も与えず、黒い手と接触を果たす。触れたと同時に爆ぜるように崩壊し、霧のように消えていった。これで終わりとは考えにくく、本命は悪意を纏う少女(ターニャ)


「…………」


 反射的に後ろを振り向くも、そこには誰もいない。霧散した黒い手の残滓があるのみであり、次の手を打ってくる様子はない。何か裏があるようにしか思えないが、考えすぎか? 地上戦で決着をつけたい思惑があるにしても、目が合ったら終わりの邪眼のリスクを考慮するなら賢明とは言えない。


 であればやはり、本命は空中戦だ。成層圏の果てに追いやることが敵の勝利条件であり、邪眼をケアしつつ飛び道具で攻め立てるのが定石と考えられる。第一波で通用しないのなら、第二波と段階的に仕掛けてきそうなものだが、深読みさせる時点で敵の術中にハマっているのかもしれんな。


 邪眼の優位を最大限に活かすなら、地上戦一択。


 小結界で足場を作り、それを蹴りつけ、急降下した時、それは起きた。


「……?」


『捉えた』


 どこからともなく聞こえたのは、エリーゼの声。気付けば背中から胸にかけて白い手が貫通し、すり抜ける奇妙な光景が視界に入る。物理的なダメージはなく、何の脅威にも感じないが、今の声が気にかかる。精神が感応した場合に起こることが多く、物理特化の黒い手と対比となる能力であれば恐らく……。


「――――っっ」


 考察し終えた頃に見えたのは桃色の意思弾。悪意は微塵も込められておらず、仇討ちのために放たれた技でないのが一目で分かる。ほんの一瞬でどういう心境の変化があったのか読み取れんが、『原理』に頼らず自分の力だけで決着をつけたいということなのだろうか。


 ともかく、回避するには出遅れており、成層圏の外に押し上げるだけの威力があるのは間違いない。白い手の能力が未知数な点が気掛かりだが、飛び道具に徹するという見立ては当たっており、これ以上の悪材料は出ないだろう。


「ふんっ!!」


 白いセンスを込めた渾身の裏拳を放ち、こちらも悪意ではなく善意で応じる。これでも吸血鬼の原理種だ。年端もいかない少女の意思弾など容易く粉砕し、かき消えている。どうせこちらも陽動だろうが、何を仕込んでいようと年季に裏打ちされた実力と対応力でカバーできる自信があった。


 しかし、目の前に飛び込んできたのは予想だにしないものだった。


「……っ。――――ドラクルランツェっ!!」


 それは、敵が放った技であると同時に、ゲオルクの技としても機能した。同種の槍が空中で衝突し、白い閃光を放っている。前述したように、アレは模倣可能。意思能力の基礎を身に着けていれば、系統に関係なく誰でも扱える。


 だが、これは。


「吾輩と、全く同じだと……っっ!?」


 認めざるを得ない。放たれた槍は本物と全く劣らない。それどころか、意思弾の勢いに乗った分だけ威力が加算され、押されつつあった。単純な力勝負なら悪意の原理種でも引けを取らない自信があったが、こいつは想定していない。


 予測不能の超常事象(ブラックスワン)そのものだった。


「……っっっ!!!」


 ピキリと音を立て、放たれたゲオルクの『竜槍ドラクル・ランツェ』が崩壊していく。再度、技を繰り出す余裕もなく、相手が放った二番煎じが腹部に到達しようとしている。


「させる、ものか……っ!!!!」


 ゲオルクは蝙蝠化によって槍を透過しようと試みる。自分の技にやられる醜態を晒すわけにはいかず、全力で回避を試みた。そこにやってきたのは――。


「覚えておけ。こいつがターニャの拳だぁ!!!」


 槍の勢いを右拳で後押しするのはターニャ。蝙蝠化までは少しばかりタイムラグがあり、その隙を穴埋めする形で並々ならない速度が加算される。やはりというべきか、仇討ちしようという気は一切感じられず、純粋に勝負の決着をつけにきているのが分かった。恐らく、邪眼で一瞥される覚悟でいる。相打ち上等で空中戦に臨んだ。正々堂々と因縁を消化しにきた。


「…………っっっ」


 これはこれで悪くない。悪意にやられるなら睨み返してもよかったが、善意にやられるなら本望だ。人の生き死による覚醒と決着という、こちらが用意した筋書きを否定したことを意味している。そして、恐らく結末は……。

 

「…………………」


 迫り来る槍は腹部を貫く前に瓦解する。ターニャの慈愛に溢れた拳によって命を救われる。これでオチはついた。『生涯最後の最高傑作(スワンソング)』が終幕する条件は揃った。第三者からどう見えるかは知る由もないが、自分自身が抱いた感想は何人たりとも干渉することはできない。


「覚えておこう。神になった暁には真っ先に恩恵を与える」


 ゲオルクは柔らかな光に包まれる。肉体は成層圏を目前にして朽ち果て、解放された魂は天に昇っていった。

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