第84話 振り出し
初代英国王マーリンを一撃とは……恐れ入ったよ全く。新ボスキャラが旧ボスキャラを難なく倒すってのはありがちな王道展開なんだけど、まさかここまでとはね。前評判や見てくれ以上にヤバイのは肌感覚で察していたとはいえ、想定を余裕で超えてる。一度は殺されるレベルに追い込まれたわけだし、こっからは腹をくくらないといけないかもな。
「「「…………」」」
マーリンが展開していた独創世界『永遠の国』は解除される。所有者が消滅したことによって崩壊する。再び舞台は煉獄界の幽遊原野が選ばれることになった。期せずして起こる『重力の反転』以外に目立った要素はなく、開けた場所であることから地理的優位を互いに活かすことが難しい状況。邪眼を遮る障害物がないことから、こちらの方が不利と言った方がいいかもしれないな。
ともかく、戦闘は振り出しに戻った。
マーリンが欠ける結果となったけど、やることはシンプル。命を賭した吸血鬼を倒すことが目的であり、今は他のことを考える余裕はない。
「――色触是空」
邪眼と目が合うよりも早く、エリーゼは右手の掌から黒い腕を飛ばす。見る見ると伸びていき、吸血鬼が反応するよりも先に目元を覆った。正直、あの目は反則級だ。睨まれた時点で死ぬのは身に染みて分かってるし、目が合わないように戦うなんて無理に決まってる。そのリスクをケアすることで、ようやく土俵に上がれる。
問題は、あの目隠しがどれぐらいもつか。
「たぶん長くはアレを維持できない。大技があるなら早めにやっちゃって」
エリーゼは隣に並び立つターニャにバトンを渡す。具体的にどんな手札が残しているかは分からないけど、今までの所作を見る限り、引き出しの数は多そう。悪意の原理種である可能性を抜きにしても意思能力者としてのポテンシャルが高く、仮に手札を使い果たしていたとしても現代科学に裏打ちされた発想力で十二分にカバーできる。能力の相性的にも、ここは無理に出張らず、サポートに回った方が勝ちに繋がる気がしていた。
「吸血鬼の原理種相手に無茶言ってくれる。……でも、やるっきゃないか」
期待に応えるようにして、ターニャは駆け出した。一気に距離を詰め、身には黒いセンスを纏っている。何度見ても目を見張っちゃうねぇ、ありゃあ。センスは体表面に留められてはいるけども、底が見えない。あれなら吸血鬼が反撃してきたとしても、防ぎ切れる確信があった。
「――竜竟槍」
いやいや、ちょっと待って……アレはもっとヤバイ。両目を塞がれているはずの吸血鬼は両手を前に突き出し、センス産の槍をターニャに向けて放っている。ただの投擲物で済むわけがなく、即死級の能力が秘められているのが一目で分かった。助けたいのは山々だけど、気を抜けば振りほどかれる。今は彼女を信じるしかなかった。
◇◇◇
迫り来るのは人間の頭蓋骨を切り貼りしたような禍々しい槍。エリーゼの援助は望めず、一人で対処しなければならない。回避するのが無難なところだけど、追撃能力が付与されているなら目も当てられない。あの初速を考えれば、振り切れる類のものじゃなく、本能のままに避けるのは悪手と言えた。
だからこそ――。
「反転方陣常中」
悪意を燃料にターニャは体表面に球体状の方陣を刻む。内と外に明確な境界を引き、目に見えた脅威から身を守る力場を形成した。死に直結するものであれば、反転作用で生に転換される仕組み。見るからに害意をもって放たれたものだし、安易に避けるよりかはどうにかなる気がしていた。
「――――」
その想定通り、槍は音を立てて崩れ去る。反転方陣に阻まれ、死が生に転換されていく。敵の並々ならないセンスが身に注がれ、力に変わる。ネガティブエネルギーがポジティブエネルギーに変わったとも解釈できるけど、これは……。
「うひひっ、あははっ、あひゃひゃひゃっ」
鬼気迫る状況のはずなのに、笑いが止まらない。身に起きた症状が分かってしまうがゆえにもどかしい。過度なポジティブエネルギーが心身に悪影響を及ぼしたのは言うまでもなく、もっと短く言い表すならこうだ。
喜怒哀楽が壊れた。
喜びの感情が優位となり、心身のバランスが崩れる。笑いが込み上げてくるだけで戦闘に支障が出ないように思えるけど、意思の力ってのは想像よりもずっと繊細だ。くしゃみをするだけで途切れることだってあるし、本人が予期しない感情が込み上げてきた時なんてもってのほか。
「…………」
ようするに、反転方陣は常中できなくなる。それどころか悪意が途切れ、身を守る術がことごとく失われていった。
「――」
それと同時に吸血鬼は懐に忍び込む。タイムラグのなさを考えれば全て織り込み済みだったようで、今度は右手を突き出し、回避も防御も難しい距離から入念に槍を突き刺そうとしてきているのが分かる。
まっずいなぁ、これは。
自分が仮に悪意の原理種だったとしても、悪意を練れないんなら持たざる者と同じだ。装備もなしに雪山で遭難したのと同じぐらい詰んでいる。体術で凌ぐことも可能かもしんないけど、望み薄かな。戦闘経験は向こうの方が遥かに豊富だろうし、そもそもとして、センスの有り無しが致命的すぎる。どうにかこうにか食らいついたとしても、有効打にならないし、相手を崩すことすらできない。
「うくっ、くふふっ」
どうにか喜びの感情を抑え込み、悪意を引き出そうとするも、正のエネルギーが強すぎる。悪意は負のエネルギーそのものであり、呼び起こすことができない。善意に切り替えるにしても感情の起伏が集中力を阻害し、センスを纏うことが不可能な状態になっていた。
「――竜」
吸血鬼が至近距離で放とうとしているのは恐らく、なんのひねりもない初期技。ただ、センスを纏えないこちらにとっては致命の一撃になり得るし、回避も防御も反撃も難しい状況。こういったケースも訓練してきたわけだけど、それはあくまで並みの相手や魔獣を想定した場合。命を賭した吸血鬼の原理種と遭遇する可能性なんて考えているわけがなかった。
このまま殺されるぐらいならせめて……。
「大尉!! 意識があるなら助けてよ!!!」
ターニャは貶めた相手を頼る。心神喪失状態のセルゲイ1と2にSOSを発信する。もはや神頼みに近く、作戦もくそもなく、科学に裏打ちされたものでもない。悪手の極みだったけど、心はどこか晴れやかだった。これで無理なら諦めがつくというか、都合自得というか。こちらの心情はどうであれ、ハメようとした相手を頼って殺される末路は劇作家目線だと綺麗なオチのようにすら思えていた。
「槍」
「――――」
無慈悲にも放たれる槍に対し、割り込んできた者がいた。それはセルゲイでも、エリーゼでもない第三者。銀の大盾をもってして槍を真正面から受け止め、明後日の方向に跳ね返している。白軍の制服と黒髪ポニーテールが嫌でも目に入り、ターニャは誰よりも早く正体を察する。
「中尉でもよければ力を貸すよ。勝てる保証はないけどね」
白軍コサック部隊所属オレグ中尉。階級は同じでも先輩にあたる存在だった。




