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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第83話 見積もり

挿絵(By みてみん)





 科学は森羅万象あらゆる物事を推し量るための物差しになり得る。観察する対象が奇跡だろうと魔法だろうと超常現象だろうと意見は変わらない。なんの教養も持たないまま『未知の現象』を考察するのは困難であり、科学で『できること』と『できないこと』を引き合いに出し、その延長線上で物事を推し量るのが最も人間的だとターニャは考えていた。


「…………」


 彼女が発動した円環の最終定理(ウロボロス)も例に漏れない。科学的教養が全くない状態であれば、考察の糸口や取っ掛かりを掴むことすら難しい。裏を返せば、未知の現象だろうと知識があれば考察可能と考えており、ターニャはおおよその見当をつけていた。取っ掛かりとなるのは、数学における基本的な概念。


 虚数。


 逆行が物理法則に組み込まれた独創世界に抗うために用意したものだった。ターニャの予想では、逆行の根幹は虚数にあると読んでいた。時間のベクトルを反時計回りに90度回転させ、未来プラスから過去マイナスにさせる能力だと仮定。そこに反転させた虚数をぶつけることによって時間のベクトルを時計回りに90度回転させ、逆行を打ち消せると信じた。虚数をiとして数式化するとこうなる。


 i×(-i)=1。


 1は未来を示す実数であり、理論上は逆行を否定できる。ただ、シュレーディンガー方程式でも問題視されたように、数字と現実の間で乖離が生じることが多い。ここから先は自分の目と耳で体験するしかなかった。


尾を飲み込む蛇(ウロボロス)か。負の虚数をぶつけ、過去に向かう位相の相殺を図ったように見える。学術的には正しいかもしれないが、果たして、実利が伴うのかな。仮に逆行を否定できたとして、僕たちに勝てるのかな」


 こちらの見立てをマーリンは看破しており、余裕綽々と身構えている。理由は述べた通りで、時間の逆行を抜きにして負けるとは微塵も思ってない様子だった。実際、素の戦闘力で劣っているなら試みは無意味化する。むしろ、致命傷を負えば死亡が確定する状況となり、力の有り無しが勝敗に直結する。逆行するから死なないというセーフティラインがなくなった状態で、初代英国王と吸血鬼原理種と戦う必要があり、どれだけ自分を高く見積もっても明らかに不利だった。


「あたしなら無理かもね。でも、あたしたちならどうかな……」


 ターニャは高速で移動を続けながら、マーリンたちとは別方向に視線を送る。そこにいたのは死の逆行に苦しめられていた存在。負の虚数を打ち込んだことで正に至った頼もしい味方がいた。


「エリーゼ、ふっかーつ!! 同じ手は二度も食わないかんね!!!」


 ◇◇◇


 株価を予想するには、おおまかに分類すると主に二つの指標が用いられる。テクニカル分析とファンダメンタルズ分析だ。前者は値動きから下降トレンドか上昇トレンドかを見極め、エントリーするポイントを判断するもの。後者は企業の業績などを参考にして、買いか売りかを判断するものだ。


 結局のところ、株価みらいは誰にも予想できないのだから、どちらも気休めでしかないと言えばその通りなのだが、予想の精度を高めるための判断材料としては使える。今、目の前で起こっていることに無理やり当てはめるとするなら、用いるべきは前者。テクニカル分析だ。優勢か劣勢かを機械的に見極め、手札の切り方を考える必要がある。今までの傾向とマスターに直接逆らえない状況から考えて、恐らくこちらがやや不利だ。上昇トレンドから下降トレンドに移行したと判断するべきであり、利益を確定させ、空売りしてもいいタイミングと言える。


「いやぁ、こいつは参ったね。命令通り、彼を倒すのを手伝うから、お咎めなしとはいかないかな?」


 マーリンは戦わずして手のひらを返す。プライドなんて判断を鈍らせるだけで何の役にも立たないし、すでに死んでいるのだから初代英国王の肩書きは大した権威を発揮しない。それよりも重要なのは今だ。あの吸血鬼と組むよりも、冥界と現実世界との接点を持つことができるエリーゼに取り入った方が得のように感じた。彼女を精神喪失状態に陥れば半永久的に現実世界に居座ることも可能だったろうが、逆行が打ち消された状態だとそれも難しそうだからね。トレンドを見極め、勝ち馬に乗る。それを徹底すれば今後の人生も安泰なはずだ。


「うーん……手を組めば倒せる前提で話してるけど、彼を舐め過ぎじゃない?」


 邪眼の焦点を絞らせないためにエリーゼは移動を繰り返しつつ、返事を先送りにしている。話題の中心にいるのは、あの吸血鬼……ゲオルクだ。分霊室の中ボスとして配置するために『観測の魔眼』で過去現在未来を読み取っており、おおまかなポテンシャルは理解しているつもりだ。もちろん、魔眼の性質上、マーリンが関与したエピソードが削除されているため、80%の精度しか再現できなかったが、20%を穴埋めしたとしても、三人でかかれば十分に倒せる相手だと思っている。命を賭した意思能力『生涯最後の最高傑作(スワンソング)』を加味したとしてもだ。


 ああいった命を賭した意思能力は、条件付きの無敵のように思えるが、実際のところそうでもない。才ある人間の人生をギュッと凝縮するから凄まじいエネルギーが生じるのであって、死に場所を探していた吸血鬼が命を捧げても大したエネルギーは生まれない。


 重要なのは、論理ロゴス感情パトス道徳エトスを一致させることだ。


 命を捧げた代償にエネルギーを得るという行為は等価交換の原則に基づき、誰が扱っても論理ロゴスを満たすことになるが、感情パトス道徳エトスには個人差が出る。動機の違いと言っても遜色ないが、なんのために命を捧げるかで雲泥の差が生じ、エピソードが強ければ出力が強まり、エピソードが弱ければ出力が弱まる理屈になっている。


・仲間や家族を守るために才ある人間が命を捧げる◎


・死に場所を探していた吸血鬼が有終の美を飾るために命を捧げる△


 と言った具合だ。誰が決めているのか? と言われれば返答に困るが、世界にデフォルトで適用されている仕様の一つといっていいだろう。連想力の多寡によって出力が変わるシステムの延長線上と言ったところ。


 それらをもとにテクニカル的に分析するなら、ゲオルクの『生涯最後の最高傑作(スワンソング)』はいまいちだ。原理種のポテンシャルから考えて弱いとは言い切れないが、そもそも死にたかったんだよね? 勝とうが負けようがどっちでもいいんだよね? という疑問が先行し、動機の弱さが露見している。


「僕の見立てだと、三対一に持ち込めるなら余裕で勝てるね。幻想結界(ファンシーヴェール)を使えば、枯渇の邪眼に対応できるのは証明済みなわけだし、純粋な力勝負に持ち込めるなら後れを取ることはないはずさ」


 考えを整理した上で、マーリンは観測不能な未来を予想する。渦中にいるゲオルクは不気味な沈黙を保っているが、振り向きざまに邪眼を発動させても対処可能だ。すでに『幻想結界(ファンシーヴェール)』を纏っており、威力は50%ほど軽減される。先ほど受けた感じ、センスで相殺することが可能なレベルまで落ちており、『竜槍ドラクル・ランツェ』周りの能力をいくら強化したところで底が知れている。どれだけ彼を高く見積もっても、論理ロゴス感情パトス道徳エトスの三原則が一致しない限り、こちらに軍配が上がるだろう。


「まぁ……そー思うんならそーなんじゃない。あなたの中では」


 カチンとくるような常套句をエリーゼは述べ、依然としてゲオルクを必要以上に警戒している。同じくターニャも高速で移動を続けており、邪眼を恐れていた。


 ふぅ……さすがにここまで言われると黙っちゃいられないな。初代英国王のプライドなんて墓に置いてきたつもりだけど、彼より低く見積もられるのは違う。


「それなら、ほんの少し張り切って――」


 薄紅色のセンスを纏い、柄にもなく本気を出そうとした時。


竜聖槍ハイリゲ・ランツェ


 ゲオルクはノールックで右手の掌をこちらに向け、放たれるのは一本の聖槍。気付けば槍先が脳天を貫いており、三原則の理屈に反する意味不明な出力を前にマーリンはあっけなく敗北していた。

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