第82話 奇跡の弾丸
第一章のフィナーレを飾ったのは、ルガーP08と込められた一発の弾丸。所有者兼発砲者はカモラ・マランツァーノだが、出所兼黒幕は別人だ。カモラは事前に配置されていた駒に過ぎず、裏で糸を引いていたのはジェノの妹。
エリーゼ・フォン・アーサーだ。
何を思い、何を考え、兄を殺す計画を企てたのかは不明。『神の両手』で増長された感覚系意思能力をもってしても、読み取ることはできなかった。同じ感覚系ってのもあって精神防御はガチガチ。未熟だった時期を狙ったらワンチャンって思わなくもないが、記憶を忘却されていたのだから読み取りようがない。それすらも織り込み済みだったのか、偶然だったのかは分からんが、『知らない』ってのはある意味で最強だ。ジェノが『悪意』を『知らない』状態で行使しようとしたのもそうだが、『深く考える奴』よりも『深く考えてない奴』こそが意思能力者としての深淵に到達する可能性が高いと思ってる。見識の広さや深い知性が強さに直結するって説も分からなくはないが、頭でっかちになりやすい。大前提として、既存の情報に重きを置いているせいで思考に偏りが出やすく、物理法則や常識に縛られた限界を設定しやすい。固定的なマインドっつーか。使い手の成長や変化が考慮に入ってないことが多いんだよな。水を熱したら沸騰するのは常識だが、水を熱したいと思うに足る衝動や根源的な行動エネルギーが計算に入ってないというか、数式や化学反応だけで世界が成り立つと思っている節がある。まぁ、どっちかっつうと、『深く考える奴』寄りだが、本気で意思能力者の頂点を目指すなら記憶を消して『深く考えてない奴』にシフトするのもアリだと思ってるぐらいだ。
少しばかり脱線したが、エリーゼに関してはハイブリット型だな。『忘却』によって構築された『サーラ』という人格が『深く考えてない奴』に該当し、第一章から暗躍する『エリーゼ』という人格が『深く考えてる奴』に該当する。あの弾丸を仕込んでいた当時に『サーラ』は存在せず、主人格は『エリーゼ』であることが確定している。つまり、何らかの意図が込められているのは明白であり、回答が用意されている時点で『浅い』。エリーゼの周辺人物から背景を読み取れば余裕で想像がつく。少しばかり難解なクロスワードパズルの解くようなもんで、一つずつ空欄を埋めていけば、『あの弾丸』の効果に自ずとたどり着く。弾の側面に刻まれたオクシタニア十字に備わる十二の球体に紐づき、白教とも密接に関係する。
それは恐らく……。
「黄道十二宮。神の意思を十二等分する」
ジーナが下したのは結論。神を細かく刻んで意味があるのかって疑問が付き纏うが、ジェノが宿す白き神を大幅に弱体化させられるならなんでもいい。エリーゼが何を思い、何を考えて弾丸を撃ち込ませたのかは定かじゃないが、用法用量さえ分かればこっちのもんで、それ以上のことは考えるだけ無駄だった。
「――――」
放たれた弾丸はジェノの左肩に撃ち込まれる。当然、殺す気なんぞなかった。『攻略者狩り』を継続するなら生き残ってもらう必要があるし、『七つ頭の魔獣』と敵対するなら奴らを味方に引き入れる必要がある。どっちを取るにしても生かしておいた方が得であり、なおかつ、『波』から脱出する必要がある。条件は今のところ不明だが、勝敗がループに関わっている可能性が高く、負ける気はないから勝つしかなかった。
弾丸の考察が当たってるにせよ、間違っているにせよ、こっからどうなるかは全くもって想像がつかないな。知識や理屈に偏った物差しだと計測不能だ。前例がないに等しく、『白き神』という人類にとっての外れ値が含まれている以上、うだうだ考えるのはカロリーの無駄というか、後は結果を見守るまでだな。
「…………」
弾丸の直撃を受けたジェノは、黙したまま受け身を取った。地面に靴裏を滑らせながら勢いを弱め、被害を最小限に抑えている。被弾したのは間違いなかったが、それ以降のケアはバッチリというか、怖いぐらい正気を保っているように見えた。
答えが『分からない』ってのは恐ろしいもんだな。
今のジェノの状態はあらゆる可能性を秘めており、『白き神』が出張る可能性もあるし、『ジェノ』が弾に対する抗体を持っていた可能性もあるし、『あの弾丸』の解釈が間違っていた可能性もある。
なんにしても、生き残ってくれただけで御の字ではあるんだが、何も言わないのが薄気味悪さを助長する。ジェノの性格的に、黙ったまま察してオーラ全開の不機嫌ハラスメントかますタイプでもないだろうし、こいつは何かあるな。
「一応確認するが……ジェノ、なんだよな」
ジーナは恐る恐る声をかける。期待と願望を込めながら、当の本人の反応を待つ。
「…………」
望む答えは返ってこない。不気味な沈黙を保ったままジェノと思わしき何かは立ち上がり、『あの弾丸』が撃ち込まれた左肩を凝視している。先手を打ちたいところだが、正体がハッキリするまで仕掛けたくないという心理が働いた。
「おい、聞いてんのか、ジェ――」
言葉を失った。続く言葉が浮かんでこなかった。奴は自らの左肩を引きちぎり、肩口から勢いよく血が溢れ出す。弾丸を取り出すにしては荒療治が過ぎる。応急処置というよりも自傷行為に近かった。常人なら死んでもおかしくないが……。
「…………」
欠損した左腕は再生する。肩口からニョキニョキと新しい腕が生えている。人間らしい骨と肉で構成されているものなら再生能力の延長線上で片付いたが、目に入ったのは想像とは異なるものだった。
「神の、左腕……?」
見た目は黄金の手甲。『神の両手』の金具を延長し、左手と左腕を覆うような構造に思えた。ただ、全て同じデザインってわけでもなく、肩部分には十二本の鋭利な角のようなパーツが備わっていた。恐らく、黒羽根と同じ仕様なら、一本一本に異能力が秘められているはず。近距離型か遠距離型かの判別はできないが、あの形状から考えると、恐らく……。
「――――」
思考が追いつくよりも早く、奴は懐に忍び込む。左拳を振りかぶり、何らかの能力を打ち付けようとしている。本来なら成す術はない。新たに黒羽根を追加しようとする間に、拳の直撃を受けることになるだろう。
だが、ジーナは1枚だけ黒羽根のストックを残していた。
消費したと見せかけ、意思能力の範疇で誤魔化した。それを解放するなら今しかない。出し惜しめば殺される。
「こいつが正真正銘……ジルダ・マランツァーノの白い牙!!!」
右手の中指を鳴らし、放たれるのは水色のセンスをもとに形成された牙。威力も精度も段違いに上がっており、ムワッとした熱気が辺りに充満する。度重なる爆発によって周囲のガスは消化されており、初動の段階で爆発が伴うことはなかった。
「――――」
そこに奴は左拳を打ち込む。左肩に浮かぶ角を一本消費し、何らかの異能を注ぎ込む。単純な出力だけなら神にも匹敵するだろうが、嫌な予感は拭い切れない。
「な、んだ……」
理解が追いつくよりも先にジーナは膝を崩した。拳が直撃したわけでもないのに、立っていられなくなった。目に見えた外傷はなかったが、思考が前を向かない。後ろ向きな感情に支配され、答えが分からないまま目の前は黒に染まっていく。限りある正常な意識の中で、ジーナは頭を巡らせ、空欄を埋める。状況を考察し、次に繋げるための目に見えたバトンを形成する。
「そうか……。こいつの……能力は――」
続く言葉が語られることなく、ジーナは地面に倒れ込んだ。




