第80話 停滞か成長か
こいつはあくまで持論だが、友人や仲間には自分より凄くなってもらいたくないって心理が意識的にしろ無意識的にしろ働いている気がする。自分と同じか、もしくは少し下ぐらいがちょうどいい。誰かと群れる時は本能的に居心地の良さを求めているのであって、互いの能力値がかけ離れるほど居心地が悪くなる。
現状維持バイアスってやつだったか。
変わらないものは常に自分の管理下におけるから愛着を持ちやすい。一方で、変わろうとするものは関わるきっかけとなった条件から外れ、変わらないこちらを映し出す鏡のような存在となり、自分だけが取り残されたような気分になる。
「お前……この戦闘で、どこまで……」
「目標は人類最強と並び立つことだ。ここは通過点に過ぎない」
今がまさにそんな感じだ。目の前で繰り広げられているのは、ジェノ対ジーナの意思能力戦。覚醒都市から出発した時点では同じぐらいの実力だったはずなのに、今では遥か遠くにいるように思えた。
戦闘中に強くなったってのは頭で分かるが、意思能力者としての常識が理解を拒む。何年も修行を積んだってんならまだ納得できる。だが、戦闘が始まってほんの数分だぞ。ナロト攻略開始から数えても数時間から半日程度しか経ってねぇ。
――人類最強と並び立つ。
その目標の違いか?
並々ならない熱量が非線形の成長を促したのか?
分っかんねぇ。仮に理解できたところで、今の立ち位置は変わらねぇ。
――カグラはジェノに実力で劣っている。
まだタメを張れると言い切れるほど自己評価は高くねぇ。今のジェノと共闘しても足を引っ張るのは目に見えている。身内が強くなったんなら素直に喜んどけって話ではあるんだが、心情は複雑だ。このままじゃ駄目だっつう焦燥感に駆られ、考えなしに目の前の戦闘に頭を突っ込みたくなってくる。
「…………」
それを止めたのは広島だった。気が逸るカグラの左肩にそっと右手を置き、無言で首を横に振り、参戦に反対している。真意は不明だが、言わんとしていることは十二分に伝わる。そもそもとして――。
『出だし無用だ! 彼女は俺が倒す!!』
ジェノは一人でやると周りに宣言した。そこに割って入るのは無粋ってなもんで、今行っても足手纏いにしかならねぇだろう。ただ……。
「わりぃがここは、男として引けねぇんだわ」
カグラは優しく手を振り払い、母親譲りの赤いセンスを身に纏う。相方のレベルが上がったんなら、追いつくまでだ。こればっかりは譲れない。
◇◇◇
実力とセンスは過去最高を更新した。『波』によるループと好敵手のおかげで、並外れた成長を果たした。おおよそ相手の能力も把握できたし、ここからがいいところ……なんだけど、何かが物足りない。過度な刺激を受け過ぎたせいなのかな。素の味付けで満足できなくなり、なんにでも調味料をかけてしまう感覚に似てる気がする。一度上がってしまった水準を元に戻すことは難しく、センスや意思能力を抜きにした時代には戻れない気がする。フィジカルが重要なのは分かるけど、フィジカルだけの戦闘では満足できない身体になっていた。
「あぁ、そいつも悪くないかもな」
何に対して返事をしたのか分からない。ただジーナは相槌を打った。心の声に反応したように言い放った。彼女が意図しているのは恐らく――。
「リセットだ」
「出雲神楽――【真切霊】」
ジーナは右手の中指を鳴らし、そこに割って入ってきたのはカグラ。着地したと同時に、太鼓が鳴ったような音が鳴り響く。恐らく、本来の演目に比べたら簡略化されている。数分かかるものを数秒に凝縮している。効果は半減か三分の一ぐらいなんだろうけど、能力の本質はきっと変わらない。
「こいつは、災いを断ち切る。一人で落ちぶれろ。諸悪の根源」
当の本人は能力を開示し、人型の黒い白鳥と化したジーナを見つめている。言った通りの出来事が起こるなら、彼女だけにリセットがかかり、戦闘経験は初期化されるはずだ。そうなれば、意思能力の有無で大きな戦力差が生まれ、こちらが極めて有利になる。その時点で、まともな相手なら白旗を上げてもおかしくなかった。
「世界の終末までの道筋が綴られたのは、『シビュラの書』。十二章立ての構成で、サブタイトルは『ブラックスワン』」
気でも狂ったのか、ジーナは意味不明な文言を並べている。その身からセンスが消えており、リセットされているのは見て取れた。その割には余裕を保っており、
「第五章で行われたタロットジャック最終試合のカードは未来を暗示していた。種明かしも含めた具体的な中身と順番は『魔術師』、『女教皇』、『女帝』、『皇帝』、『教皇』、『恋人』、『悪魔』。お前らが辿った道筋と概ね一致し、現在は全てを消化し終え、フィナーレを迎えようとしている。最終章では前述したもの以外の大アルカナが当てはまり、その意味をなぞるような運命が下される」
語られるのは背筋がゾッとするような内容だった。恐らく、カグラには伝わってない。いいや、他の誰にも分かりっこない。セレーナとドイツで体験した『黄金の夜』を知るジェノだからこそ、身に染みて理解できていた。
「ちょっと待って。何が言いたいの」
「俺が配置した羽根の数は十二。そのうちの三つは消化済みで、中身は覚えているか?」
「えっと、『槍の雨』と『触手』と『リセット』?」
「それらに身に覚えはないか?」
「『触手』は知らないけど、『槍の雨』はナロト攻略で『リセット』は王位継承……」
言われるがままに思考を整理し、言葉を並べるごとに確信に近付く。ジーナが余裕を見せている理由に薄っすらと気付いてしまう。口にするのも恐ろしい最悪の予想が頭に浮かぶ中、蚊帳の外にいるカグラは眉をひそめて言った。
「つまりところ、何が言いてぇんだ?」
「お前らが辿った章ごとの超常現象を俺は再現できる。直接見聞きしてないものも中には含まれているだろうが、俺は全てを知っている」
ジーナは右手の中指に親指を当て、残りの羽根に備わる力を行使しようとしている。意思の力を封じられた状態で発動可能なのか? なんて疑問はどうでもいい。ここでハッタリをかましたところで彼女に大した得はない。
「カグラぁぁっ!!!」
「あいよぉぉっ!!!」
深く語り合うまでもなく、二人は必要最小限の会話で心が通じ合った。同時に駆け出し、センスを纏わないジーナを最大の脅威と認定した。
「――――」
しかし、そこに鳴り響いたのは指パッチン。四度目の能力が行使される合図となり、辺りには目が眩んでしまうような光が包み込んだ。特に見覚えはない。今まで見聞きしたもの以外が採用された可能性が高い、はずなのに。
「こい、つは……」
『記憶の忘却は、コウモリ型の聖遺物による能力のようです』
『俺は、あなたが忘却事件の犯人だと思っています。ただの直感ですけど』
『私の名は、セバス・アンダーソン。以後、お見知りおきを』
『どうして、隠して……。いや、何が目的ならここまでできるんですか!!』
『世界をより、面白く。それが我々、アンダーソン家に与えられた使命ですから』
『あなたたちの企みは、俺が必ず止めてやる! 覚悟してください!』
『――あがぁぁぁッッ!!』
『――忘却の彼方』
断片的に思い出されるのは、消えたはずの記憶。ギリウスもとい、セバス・アンダーソンとダンジョンを攻略した日々が蘇る。
「うぐっ、あぁぁあぁあああっ!!!」
頭が焼けるように熱い。与えられた情報量に脳が悲鳴を上げている。分かる分からないを抜きにして、考えを整理し、事実として受け止めるには時間がかかる。
「忘却と回帰はセットだ。第六章で『リセット』がかかったものは、第十章で『ロード』された。思わぬ副産物があったようだが、意味は分かるよなぁ!!!」
再び白いセンスを纏ったジーナは、カグラの頭部を右手で鷲掴み、地面に叩き込んでいる。ナロト体内に充満するガスに干渉し、爆発を伴い、場外に退場していく少年の姿が横目で見えた。まだ目の裏がチカチカして、戦闘態勢に入ることができない。今まで辿った道筋と闘わないといけないはずなのに、一歩も動けない。
「意味分かんねぇよ!!」
「悪役はここでくたばりんさい!!」
スサノオの念動力によって押し出され、急加速する広島は右拳を振りかぶっており、黒羽根が展開する土俵の中に入っている。言ったところで伝わらない。割り込もうとしたところで間に合わない。
「お次はこいつだ!」
すかさずジーナは指を鳴らし、球状の黒い意思が纏われる。その周囲には赤と青の小球体が公転するようにグルグルと回っている。
「超原子拳!!!!」
広島はお構いなしに渾身の右ストレートを放つ。爆発に備え、全身をセンスで覆っていたけど、それでも並み外れた威力を秘めているはずだ。
「…………」
しかし、ジーナは正面から彼女の必殺技を受け切っている。それに伴う爆発も防ぎ切り、全く手傷を追ってないように見えた。
「高度な結界? いや……」
「反意思防御機構。意思の力を有する存在は、何人たりとも俺に触れることはできないらしい」
広島の独り言のような疑問に対し、ジーナは回答を告げる。全く身に覚えはないけど、仮に事実だとすれば今の面子で攻略するのは不可能に近い。
「小賢しい真似を……。だが、俺様の神意なら!!」
両手を握り込むようにして、黒羽根の円の外側にいるスサノオは再び念動力を起こす。神を冠する意思は例外と判断したのか、語気に衰えは見えなかった。
「知らんな。時空の魔眼の前には無力」
構うことなくジーナは再び中指の骨を軽快にパチンと鳴らし、能力を発動。スサノオの時を止め、迫り来る念動力を拒否することに成功している。
「センスが使えんなら、肉体でぇ!!!」
右拳を止められていた広島は、意思を絶ち、素の力だけで反意思防御機構の中に侵入を果たす。ジーナの左頬あたりに向けて右腕をグンと伸ばし、直撃しようとしていた。
「――白い牙」
今度は身に覚えのある掛け声と共に指の骨が鳴ると、放たれたのは蛇状のセンス。迫り来る広島に対し、白い牙を突き立て、明後日の方向に吹き飛ばしている。生死は不明だけど、たぶん殺してはいない。ループ内でやり取りを交わした印象だと、単なる冷酷非道な悪役って器でもない。
「さて……残るはお前だ。いつもの流れとは違うが、ここは『波』の中なのか、それとも、確定した『粒子』なんだろうか」
約半数の力を使い終えたジーナは黄昏ているような様子で問いかける。『波』から脱出したようにも思えるけど、その逆もあり得る。どちらも否定できる材料は乏しく、ここから先は結果で判断するしかない。
「終わって見れば分かること。勝者が決まれば一区切りつく」
「仰る通りだな。こんだけ場が温まった状態で聞くのは野暮かもしれないが、あえて言わせてくれ。……まだやるのか?」
『波』に慣れつつあるジーナは、落ち着いた様子で言った。場の熱に浮かされることなく、比較的冷めた態度で訊ねていた。同じ体験を共有しているから、似たトーンで接することはできる。淡々と自分の気持ちを伝えたっていい。むしろ、『神格化』が悪化した時だったら迷わず冷たい態度で返事していただろう。
だけど……昔と今は違う。
「当然だ!!!!!」
ジェノの意思に呼応して、身に纏われたのは黒い鎧。背中には六対の翼を生やし、まだ見ぬ光景に自ら足を踏み入れた。




