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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第78話 威信をかけた戦い

挿絵(By みてみん)





 誰かに理解してもらいたい。それが『アタシ』を突き動かす全ての原動力だった。


 『僕』でも『俺』でも『私』でも『わたくし』でも『うち』でも『ミー』でもなく、『アタシ』。どれが本当の自分なのかは分からないけど、これまでの人生経験を経て至った結論を簡単に捻じ曲げることはできなかった。


 恐らく、正面にいるのは『アタシ』の補色。正反対に位置する存在。


「……」


 白軍元帥ドミトリー・クズネツォフは、暗黒闘技場の武舞台中央で赤い体毛が特徴的な『妖猿』の姿を露わにする。右手には小ぶりの杖が装備されており、能力は未知数。『僕』の能力を使えば解析可能。相手の技をこの身で受け、接触した部位を舐めることさえできれば事細かに詳細を把握できる。


 とはいえそれは、受け切れる前提の話。一発でKOされてしまえば、何も分からないまま白軍に軍配が上がる。魔獣は都合のいいペットのように扱われる未来が見えている。停戦協定も有耶無耶にされる可能性も高く、魔獣……いいえ、煉獄界代表としての意地を通すなら何が何でも勝たなきゃならない。


『――』


 『アタシ』は『アタシ』の人格を宿す頭部の色と同じ緑色のセンスを纏う。秘めたる意思能力は『気分上々』。その名の通り、気分が上がれば上がるほどセンスのパフォーマンスが向上する。いわゆる『テンション』が一定の水準を超えていれば、完治不可能な傷を一瞬で治すことだって可能だった。


 ただそれは、『アタシ』単体としての評価。複数の意思能力を掛け合わせた場合、その限りではない。


「忠告しておこう。この杖に触れれば、お前の敗北は決定的なものとなる。そうならないよう上手く立ち回ることだな」


『心理戦のつもり? それとも、根っからのお馬鹿さん?』


「この場は互いの面子をかけた勝負。衆目監視のもとで行われる御前試合のようなもの。その性質上、不意打ちで終わらせれば魔獣側の反感を買いやすく、白軍の士気も下がると踏んでいる。双方が納得する終わりを迎えるためには、こちらの勝敗条件を明らかにした方がいいと思ってな。心理戦だと思い込むのは勝手だが、嘘をついて勝利したところで衆目の賛同は得られまい」

 

 ドミトリーの発言には一理あった。謀って彼が勝つパターンは得られるメリットよりデメリットの方が大きい。禍根を残すような終わりを迎えれば、魔獣との全面戦争を招く恐れがあり、停戦協定が結ばれた経緯も踏まえれば嘘偽りのない本音ベースで話しているように聞こえる。ただ、あくまでそれは杖の性質であって、意思能力は別口とか後で言われそう。真実50%嘘50%ぐらいで思っておくのが適切というか、鵜呑みにするのは危険ね。


『フェアプレイをお望みなら、こちらの手の内も聞いておく?』


「いいや、結構。七つ頭のそれぞれに異なる意思能力が備わっているという情報だけで十分。仮に話したところで事実である保証もなく、余計な混乱を招くだけ。それに、複数の意思能力を掛け合わされたケースを想定するのは困難と思わんかね」


 これも正論。仰る通りだ。七つの意思能力の全てのパターンを想定するのは不可能。組み合わせは数通りってレベルじゃ済まず、数千通りの可能性を考えて戦わなければならず、思考のリソースの大半が奪われる。裏を返せば、余計な情報を頭に入れないことで、柔軟に対応するための余白を作っているように感じた。

 

『無粋、だったようね。だったら早速、始めましょうか!!』


 前置きは終わり、『アタシたち』は動き出す。杖を警戒して後方に距離を取り、『ミー』にバトンを渡す。


『卑怯とは言わないでくれたまえよ』


 意思能力『聖遺物保有者レリックホルダー』。過去現在未来に存在する聖遺物レリックを生成し、行使する力を持つ。性能は本物の60%程度しか引き出せないものの、バラエティは豊富であり、生み出せる個数の上限はセンスに依存する。


「…………」


 ドミトリーは天を仰ぎ、そこに展開されていたのは無数の弓と矢だった。独りでに矢は番えられ、弦が限界まで絞られており、今にも力が解き放たれようとしている。その異常な光景を前にしても、彼は表情を歪めることなく、体表面に黒いセンスを薄っすらと纏い、待ち構えていた。


 生成したのは聖遺物レリック『ヒュドラ』。矢じりには猛毒が仕込まれており、避けたとしても匂いを嗅いだだけで気絶する。本来、一つ生成するだけでも一般的な意思能力者数名分の労力を要求される。その燃費の悪さをカバーした上で有り余るほどの出力を担保するのが、他でもない『アタシ』の意思能力(気分上々)だった。


 そんな相互作用の賜物が今、解き放たれる。


「――――」


 猛毒の矢は雨の如く降り注ぎ、暗黒闘技場の武舞台を抉った。地面はバターのように溶けており、当たればひとたまりもないことが一目で分かるようになっている。能力は概ね考察されたと思ってよく、これで勝負がつかなければ、『ミー』の手の内はバレたことになる。ただこれは、受けるのも避けるのも困難。


「………」


 その予想に反し、ドミトリーは不動の姿勢を保っていた。猛毒の矢を真っ向から受け止め、接触することなく弾かれているように見える。何らかの意思能力かと思ったけど、アレはそうじゃない。センスの基礎的な技術の延長線上にあるもの。


『結界相転移……。結界を身に纏い、ヒュドラの矢を除外する条件を設定した』


 答えを口にした瞬間、ドミトリーは消えており、背後に回り込んだ気配があった。振り返ると当たれば必勝と思わしき杖を振りかぶり、『アタシ』の頭部を打ちつけようとしている。


『そうは問屋が卸さねぇってなぁ!!!』


 そこで『俺』は行動に移し、見当外れな方向に頭突きを放つ。杖とは接触することなく、頭突きが放たれた空間には歪みが生じ、その威力は別方向に反発する。


「――っ!!!」


 意思能力『冒険の夜明け(ロマンスドーン)』。発生した打撃を任意の場所にズラすことを可能にする。虚空に放たれた頭突きの威力は、ドミトリーの左脇腹で解放されるよう設定セットされており、予期せぬ一撃に悶え苦しんでいる。


 ただ、さすがは白軍元帥。空中で受け身を取り、体勢を立て直しつつあり、小結界を足元に展開して、再び接近しようとしている。


『させませんのことよ』


 独特の言葉遣いをする『私』は黄色の光を纏い、口から粘り気のあるセンスを飛ばした。


「……っ」


 それは、跳躍しようとするドミトリーの左足に絡みつき、離さない。意思能力『蘭濫乱らんらんらん』淑女らしい言動とは相反する品のない技が炸裂し、身動きを奪っている。致命的な隙を晒しているわけだけど、意思能力のエンジンとして機能を果たす『アタシ』が出張るわけにはいかない。解析能力を有する『僕』の出番でもないし、残すべくは……『わたくし』。


「――空挺蹴撃エアボーン・ストライク


 跳躍した『アタシたち』は魔獣の体躯を活かし、ドミトリーの背後から強烈なスタンプ攻撃を放つ。角度的に杖と接触することはなく、『蘭濫乱』に戸惑う一瞬の隙をついた形となり、白き神にさえ通用した一撃が『妖猿』を襲った。粘着性のある意思痰を引きちぎり、それで勢いが留まることはなく、ドミトリーは武舞台の地面にめり込んでいった。


 勝負あったと思われたけど、ここで倒れるなら元帥を名乗れない。


「穿て、如意棒」


 地面の奥底から声が聞こえると、襲い来るのは無数の枝だった。各々が意思を持つように動き、宙にいる『アタシたち』に絡みつこうとしている。材質的に杖とは別のように思え、直接接触しても問題ないように思えた。ただ、万が一、あの杖の能力の延長線上である可能性も捨てきれず、安易に触れられない。


『だったら、片っ端から壊し尽くすまでだ!!!』


 『俺』は無数に頭突きを放ち、迫り来る枝に威力の矛先を向ける。枝は身に触れることはなく砕かれていき、余ったリソースで地下に潜めていると思わしきドミトリーに頭突きの威力をぶち込んだ。


「…………」


 彼は地面の奥底から放り投げられたように現れ、直撃したのが目に見えて分かる。初撃に比べれば疲労困憊って感じ。ぐったりとした様子で、当たり所が悪かったのか勝負がついたように見えた。


 ただ、演技の可能性もあり、念には念を入れた方がいいのは確か。


『悪いが加減できねぇ性質でな。最後にもう一丁ぶっ飛んでもらうぜ!!』


 『気分上々』によって増大するセンスに『冒険の夜明け(ロマンスドーン)』が乗る。対象となったドミトリーの腹部辺りには歪みが生じ、放たれた頭突きの威力が今にも放たれようとしていた。


 しかし、『アタシ』は彼の手に杖が握られていないことに気付く。やられた振りをしているのが濃厚であり、頭突きを放った頃には恐らく……。


「『…………』」


 気付いた頃にはもう遅く、伸びる枝に紛れ込んでいた杖は、『アタシたち』の左後ろ肢に触れていた。

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