第77話 上下関係
断言しよう。誰かに理解されたいという欲望は『不幸の源』だ。相手の意見に反発し、いらぬ説明を付け加え、挙句の果てに論破しようと躍起になる。自我を押し通すことを最優先とし、立場や関係性を無視して、不快感を撒き散らす。自分が正しいことを証明したいという気持ちは分からなくもないが、それでは社会で通用しない。
白軍に属している以上、良好な人間関係の構築と維持が必要不可欠だった。時には部下の発言に耳を傾け、時には上官から下された命令を黙って従うこともあった。間違いだと感じることがあっても、頭ごなしに否定せず、互いに気持ちよく会話ができる空気作りを常に意識していた。部下だろうと上官だろうと相手の面子を潰さないよう必要以上に配慮していた。発言を勘違いされようが実力よりも低く見積もられようが気にも留めず、その時の自分がやれることを淡々とこなした。腹を立てても感情的にならず、自制心を保ち続け、安定した言動と成果を残したことが白軍元帥という高みに昇り詰めた理由の一つだと思っている。
ただ、ここから先は自分を保てるか分からない。
「『…………』」
暗黒闘技場の武舞台中央で、ドミトリーは七つ頭の魔獣と睨み合う。一時的な停戦協定が結ばれていながらも、やんごとなき事情のせいで破談寸前まで追い込まれている。相手の反応を予想するのは難しいが、『攻略者の抹殺』が失敗に終わった件の説明義務が発生していた。
「まずは事の顛末を簡潔に話そう。派遣した一個小隊相当の白軍兵は一人の攻略者によって全滅し、後に大将と中将を向かわせたが、予期せぬ乱入者もあって一時退却を命じた。これに関して何か質問はあるかね?」
『…………』
「では、今後の話としよう。我々としては作戦を継続したい気持ちはあるが、割ける人員には限りがある。勝てる見通しが立たないまま戦力を投入し続けるわけにもいかず、停戦協定によって守られる命よりも、攻略者狩りによって失う命の方が多くなる可能性があるのも確か。そうなっては魔獣と手を組むメリットが薄まる。協定を受けた以上、勝手な申し出なのは分かっているが、そちらはいつまで静観を貫かれるおつもりかな?」
ドミトリーは踏み入った質問をし、魔獣代表の反応を待つ。相手の顔を立てたつもりではあるが、怒りを買ってもおかしくはなかった。
『そいつは随分、自分勝手な申し出だなぁ』
『作戦失敗の非はそちらにあるのではなくって?』
そこで声を発したのは、赤頭と黄頭。異なる性格の両者は、概ね一致した見解を示している。
「重々承知の上ではあるが、我々だけが血を流すというのはどうもな」
『いひひっ。人のことを言えた義理じゃないけど、気ぃ狂ってんねぇ』
『勝手に言わせておいたら。アタシは興味ない』
次に反応を示したのは、藍頭と緑頭。今度は見解にズレがあり、彼らも一枚岩でないのが分かる。
『つまりそれ、何が言いたいん?』
『単刀直入に頼むよぉ、小細工はなしだ』
次に橙頭と紫頭が続け、具体的な答えを迫っている。残すところは青頭だったが、最後まで沈黙を保っており、こちらの結論待ちと言ったところ。言い出しづらい事柄ではあるが、中身が宙ぶらりんのまま交渉することは難しい。
「そちらも血を流してもらわなければ部下に示しがつかん。ただでさえ魔獣と組むことに反感を買っているのに、その上で犠牲を強いるのはあまりに酷だ。士気の低下を招くのはもちろんのこと、場合によっては謀反も起こりかねない。どの口がと言われるかもしれないが、魔獣側が真摯に取り組む姿勢を前線で見せていただきたい」
短くまとめたつもりではあったが、やや冗長気味に意見を伝え終える。恐らくこれで、白軍側の不平不満は代弁できたはずだ。残すところは……。
『構いませんよ。示してあげましょうか。今、ここで』
闘技場で待機する白軍が状況を見つめる中、青頭は冷静に言った。互いの意見は出揃ったが、足並みは揃わなかった。半ば強引に成立するのは、誇りをかけた闘い。断る理由もなく、示しをつけるならば元帥自ら動かなければならない。
「乗った。白軍か魔獣か、明確な上下関係を定めるとしようか!!」
ドミトリーは全身を赤毛の猿に変化させ、右手には双頭の鷲が持ち手に刻まれた『元帥杖』が装備されていた。




