第76話 次なる目的
「…………」
白軍との戦闘を終えたセレーナは、バグジーの応急処置を済ませ、ナロト体内にある逆さに生えた樹を見つめていた。傷の具合を考えれば、こんなことをしている場合じゃないのは分かるけど、どうしても目を離せない。自分で生み出した産物ってのもそうだけど、並々ならない生命力を感じる。この巨大生物の正体がなんにしても、逆さ樹はガン細胞のように広がり、最終的には宿主を枯渇させる未来が見えた。
「それで……アナタはどうやってここに?」
負傷した右肩辺りを気にしつつ、バグジーは当然の疑問を口にする。親子の共闘が成立したのはいいとして、そうなるに至った経緯は話してなかった。
「恐らく、あたしの時間を巻き戻す意思能力と、ここに来る前に戦ってた敵の意思能力の相互作用。お互いに想定したものじゃないから、敵がこの場にいたとしても説明がつかないんじゃないかな」
「時間を巻き戻す、ね……。何を代償にしたらそこまでの能力を?」
「今のところ血を触媒にする以外のデメリットはない。もしかしたら、目に見えない何かを捧げ続けているのかもしれないけど、行動に支障なし」
「はぁ……。聞いた限りは大当たりの能力だし、命を助けてもらった身としては文句も言えないけど、どうしても見過ごせないことがある」
「……?」
「その角、なにそれ」
和やかな空気から一変。バグジーは鋭い視線を向け、セレーナの額に生える二本の黒角を注視していた。突っ込まれるのも当然というか、親目線から見ると看過できない問題であるのは確かだった。
「一から十まで説明しないと駄目?」
「結論だけでいいから、教えなさい」
「鬼になりました。人間に戻るには聖人の血が必要です」
セレーナは嘘偽りなく事実を述べた。下手に嘘をつけば、半殺しじゃ済まないのは身に染みて分かってる。これで叱咤されるなら仕方ないというか、既成事実を変えるのは難しいんだから、何を言われたとしても受け入れるしかなかった。
「元に戻る見込みはあるのね。それなら、まぁ……」
今までの厳しい父としての姿は見る影もなく、バグジーは前向きな反応を示している。やっと一人前だと認めてくれたんだろうか。それとも愛想が尽きてしまったのか。嬉しくもあり虚しくもある複雑な心境が胸の内を支配する。
「んなことより、肩の手当てをしないと。このままじゃパパは……」
雑念を振り払うようにセレーナは話題を切り替える。なんにしても、この場に留まってもいいことがないのは事実であり、移動用の魔術道具『暁の星』はメリッサに預けてある。怪我の具合を考えるに、舞台移動は必須だった。
「正直、まともな治療を受けられる見込みは薄い。白軍を敵に回してしまったわけだし、覚醒都市に戻れたとしても待っているのは拷問でしょうね」
「だったら……あたしの血を与えて、鬼になるってのは?」
「いいえ、結構よ。どういう結末になるにせよ、アタシは人のまま死にたい。言っておくけど、無理やり飲ませても無駄だから。仮に傷が治ったとしても、自由意思がアタシにあるのなら自ら死を選ぶ」
鬼化を提案するも、筋の通った理由で断られ、重苦しい空気が場に満ちる。無理強いしても結果は分かり切ってるし、これ以上勧めても同意を得るのは難しそうだった。大太刀『迦楼羅』の能力を使えば、強制させることもできるだろうけど、肉親を傀儡のように扱いたくはない。殺意の支配下に置いた場合、鬼と違って元に戻す方法が分からないし、また別の問題が生じるだけだった。
「じゃあ、このまま野垂れ死んでもいいってわけ?」
「当然、ここでくたばるつもりはないわ。見通しがないわけでもない」
「……見通しって?」
「胃を越えた先なら治す見込みはある。胃酸もこの樹のおかげで吸い尽くされているようだし、専用装備は不要。道中はアナタがいればなんとかなるでしょ」
「かもしれないけど、先には何があるっての?」
「それは見てのお楽しみ。さっ、早速、攻略を開始しましょう。アタシが失血死しちゃう前にね」
明確な答えを教えてくれることはなく、バグジーは立ち上がり、弱々しい足取りで歩行を開始する。反論する余地もなく、セレーナは最後まで付き添う決意を固め、まだ見ぬ地へと足を進めた。




