第75話 期待
株価というのは実力×期待値で算出される。
企業における実力とは『お金を稼ぐ力』であり、本業で得られる収益や業績などを考慮して、現実的な目線によって計測される。一方の期待値は『夢を追わせる力』であり、企業の成長や将来性を担保に膨れ上がり、非現実的な目線によって計測される。資本主義社会ではどちらも欠かせないものであり、実力だけ高くとも期待値が低ければ株価は上がりにくいし、その逆もしかりだ。
株価を予想する上で重要なのは、実力か期待値、どちらの影響が大きいのかを見極めることにある。実力を評価して買われているなら真っ当な評価であり、業績が安定してるため暴落のリスクは低い。期待値だけで買われているなら歪んだ評価であり、資金繰りに問題が生じたり、膨れ上がった実体のない泡が弾けたりして暴落のリスクは高い。大型成長株は両方揃っている前提だが、赤字から黒字を目指す小型成長株は、どうしても期待値が先行する。言わずもがな業績が伴わないため、どれだけ大きな夢を語れるかが株価上昇の鍵を握る。
やや脱線が過ぎたかな。ただ、意思能力者の『真価』を見極める場合にも同じ方程式が当てはまると思っている。盤石な実力の上に期待値が乗っているか、それとも、脆弱な実力の上に期待値だけが先行しているか。ほんの数回の攻防では彼女の実力を知ることはできない。だけど、アレの期待値はピカイチだ。
「悪意の原理種、か……」
エリーゼの記憶から読み取った不確定な情報をもとに考察を口にする。確証はないものの、実体験の伴う気配値を参照している。否定できる材料の方が少なく、粉飾だと簡単に切り捨てられないほどの真実味を帯びている。膨らんだ泡が弾けて終わるのか、それとも、流行の始まりに過ぎないのか。それは彼女の今後次第。
「謹んで受けて立とう。初代英国王の威信にかけて」
マーリンは期待に胸を膨らませ、好敵手に宣戦布告した。
◇◇◇
『全世界の意思能力者の五本の指には入れるんじゃないかな』
頭の中に木霊するのはエリーゼの声だった。実態のない将来性を加味した発言とはいえ、嬉しくないと言えば嘘になる。人並み外れた才能がある自覚はあったものの、先生や大尉には劣っていたし、実力以上の高望みはしなかった。
でも……期待されたからには結果で応えたい。
「――――」
悪意を纏うターニャはマーリンの掛け合いを無視し、縦横無尽に地面を蹴りつけた。足を止める=死であり、吸血鬼の邪眼にやられてしまう。作劇を意識するならウィットに富んだ返しが必須だけど、無観客の舞台には不必要なものだった。
しっかし、相手は初代英国王と吸血鬼の原理種か……。
気が重いというか、分不相応な相手というか、中尉という肩書きから考えても明らかに釣り合っていない。『七聖獣』レベルの案件だし、下手したら全員揃っても負ける可能性のある相手だと言える。
まぁ、悲惨な現状を嘆いたところで意味がない。独創世界の構造上、増援は望めないし、ここで負ければパーティは全滅する。セルゲイ1と2が場にいるけど、抜け殻のようなもので、何の期待もできなかった。
さて……ここからは建設的な話をしよう。
彼らの攻略できる可能性を秘めているのは、『悪意』だ。意思の力の裏面であり、あらゆる性質を反転させる作用がある。とはいえ、表面に位置する一般的な出力である『善意』に比べて認知度は低く、技術は確立されていない。少なくとも、覚醒都市に在住する使い手の間では流行っていなかった。
原因は力が不安定なこと。
『善意』を持続させることが可能でも、『悪意』を持続させるのは難しい。良識を持ち合わせている人間なら『善』に偏るのが自然であり、意図的に『悪』へ比重を傾けるのは難しかったりする。根っからの悪人であっても、少なからず善の心を持っており、シチュエーションによって出力にムラが生じることになる。
ただ恐らく、悪意の原理種だと仮定するなら出力は安定するはず。不得意分野を常に得意分野として扱うことが可能であり、根っからの感覚系だったとしても、芸術系のスキルを本職と同等レベルに行使することができるはず。
いきなり不得意分野をやれと言われても何をすればいいか分からないだろうけど、反転作用のある邪遺物『蜂蜜を食べる人』で下積みを重ねてある。何も分からないまま『悪意』の力を与えられた人に比べれば、使い勝手は分かっているつもりだった。
「反転方陣展開」
ターニャが最初に行ったのは範囲の指定だった。どこからどこまで反転作用を適用させるか決めるものであり、自分のみならず相手にも強制することができる。結界の内側のみに効果を限定することで精度を保ち、強度はセンスの出力と思い入れによって変わる。本来なら愛着のある鉄塔をモチーフに能力を行使するけど、エリーゼの記憶を参照しているなら対策済みと思っていい。本気で攻略するなら慣れ親しんだ技を使うのは悪手であり、裏を返せば……。
「逆行に虚数を追加せよ。――円環の最終定理」
新技なら対応できまい!!




