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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第69話 ギャップ

挿絵(By みてみん)





 コミュニケーションエラーの大半は想像による穴埋めで生じる。


 こうあるべきだという理想と、こうなんだという現実が衝突し、対立を引き起こす。折り合いをつけることは可能だったとしても、当人同士の認識を書き換えるレベルまで分かり合えることは決してない。経験したことがないものは今まで見聞きした情報で処理せざるを得ず、合っていようが間違っていようが情報源がいかに信頼できようが、他人の感覚を100%理解するのは物理的に不可能だ。


 親戚に子供がいたとして、サプライズで誕生日プレゼントを買ってあげようと考えていたとする。こういった場合、子供の希望よりも大人の都合が優先されやすく、理想と現実のミスマッチが起きやすい。子供はプレゼントが不満でも文句を言える立場になく、大人は自己満足に浸って正確なフィードバックが行われないため、勘違いが改善されずに放置されることになる。


 この時、大人は子供だった頃を思い出し、当時の感覚でプレゼントを選定している。昔と今の価値観の違いに気付けず、世代間のギャップを想像で埋めるため、ズレが広がる。子供の多種多様な価値観を一緒くたにして、こうあるべきだという大人の理想を押しつける。仮に両者が世代間の違いについて話し合ったとしても、魂レベルで分かり合えることはない。子供がこうなんだと必死に説明しても、大人は半分も理解できない。言葉の意味は分かるが、実体験に落とし込めないため、今の子供の価値観で物事を考えるのは極めて難しい。


 その残念な構図は、今の状況と酷似していた。


 マーリンはエリーゼの気持ちを理解することはできないし、エリーゼもまたマーリンの気持ちを理解することはできない。感覚系の意思能力によって相互理解を加速させたとしても、各々の価値観や感受性を同一のものにはできない。


「「…………」」


 展開されるマーリンの独創世界『永遠の国(ネバーランド)』で二人は見つめ合う。脇に立つゲオルクとターニャとセルゲイ1と2をよそに両者は思案を巡らせる。シチリア島南部に建てられた石造りの家々を背景に、理解し合えない部分を想像で穴埋めする。


「永遠の国、ね……。実際に足を踏み入れたアルカナから聞いた限りだと、死のうしても時間が逆行するんだっけか。これで『倒すまで力を貸して』と『倒せなくても消えて』の狭間につけたってわけ?」


「僕が仮に認めたとして、君は素直に受け入れてくれるのかな?」


「事実かどうかと理解できるかどうかはともかくとして、主人なんだから確認するのは当たり前でしょ。嘘でもいいからさっさと思惑を喋ったら?」


「君の見立て通り、ここなら僕が消える可能性は皆無だ。倒す、倒せないの概念は存在せず、僕たちは永遠に生き続けることができる。……これで満足かな?」


 表面的な質疑応答を重ね、相手が想定していたであろう回答をマーリンは口にする。当の本人であるエリーゼの表情は険しく、信じられないといった様子だった。いいや、まだ裏があると読んだと表現した方が的確か。どれだけ筆舌を尽くしたとしても、彼女の反発は避けられないだろう。


「まだ説明が足りない。ここからの展望は? わたしたちを閉じ込めて、永遠に生き続けるなんて退屈なこと言わないよね」


「仮に何か裏があったとして、君に……いいや、君たちに何ができる。ここは僕の世界だ。法則やルールは思うがまま。君と交わした約定にも反していないし、彼を倒す必要がなくなったのだから、債務不履行は使えない」


 真の思惑を胸の内に秘め、マーリンは心理戦を開始する。それっぽい理屈を並べ、エリーゼの足を引っ張る。ここからは根競べだ。正気を失うレベルまで途方もない時間を過ごさせ、彼女が廃人状態になった時点で解放すればいい。


 そうすれば、自由だ。霊体を維持するためのエネルギー問題さえ解決すれば、初代王マーリンの魂は生き続ける。『魂の複写』による紛い物は無数にいるが、原理種と同じ仕組みで本家本元には劣るからね。あくまで彼らは最悪を想定した予備プランってだけで、本命とは言えない。


「………」


 エリーゼは即座に反応することなく押し黙り、頭の中で状況を整理しているように見えた。感情的な反応を示し、戦闘になるパターンも想定していたが、思ったよりも慎重だったようだ。ボヤが起こす確率が高いのは、どちらかと言えば彼らか。


「「…………」」


 視線を向けた先には、ターニャとゲオルクがいる。互いに無言を貫いているものの、『永遠の国(ネバーランド)』の基礎的情報を知らないため、状況を受け止め切れていない。無理に割って入らず、耳を傾けられるほどの余裕はあったが、いつまでも冷静でいられる保証はない。……少しからかってみようかな。


「君たちも巻き込んでしまってすまないね。残念ながら永遠にここから出ることはできないよ。抵抗してもいいが、時間が巻き戻るだけで全てが無意味化する。絶対に攻略不可能とまでは言わないが、君たちの実力じゃ無理だろうね」


 暴力沙汰を煽るようにしてマーリンは二人に話しかける。正直、彼らは眼中にない。歯車を円滑に動かすための潤滑油ぐらいにしか思っておらず、エリーゼに比べれば数段劣る。今の認識では主要人物というよりも、脇役に過ぎなかった。


「ここが『倒す』『倒せない』の狭間なのは間違いない。永遠の国の定義を考えれば、不都合な現実の時間を逆行できてもおかしくない。それよりも重要なのはマーリンの思惑。裏がある前提で考えるけど、『死者交霊約定リビングデッド』で成立した条件を読み取れば透けて見える」


 するとターニャは、状況を整理した上で自身の見解を述べる。理想と現実の間を想像で穴埋めし、無駄に終わると知らずに思考を重ねていた。


「……つまり?」


「エリーゼの心神喪失が狙い。そうなった時点で独創世界を解除し、約定に縛られずに現実世界で好き勝手生きるのが目的」


 前言撤回だ。こいつは思ったよりも厄介かもしれない。


 潰すなら彼女が先か。


「溺死、凍死、餓死、病死、死因は何がお気に召すかな。なーに、時間はいくらでもある。ゆっくりと選ぶがいいよ。ここからは根競べだ」


 答えを先送りにして、ターニャの周囲に結界を展開。そこに突如として満たされるのは地中海の海水。まずは溺死から。半永久的に続く拷問の始まりだった。

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