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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第68話 格の違い

挿絵(By みてみん)





 死に場所は何処でもよかった。生に縋るほど人生は短くなかった。


生涯最後の最高傑作(スワンソング)


 吸血鬼の原理種……ゲオルク・フォン・アーサーは、目の前の戦闘に命を捧げる。マーリンとは浅からぬ因縁を持ち、奇遇にも出身地は同じ。歴史的に見てどちらが先でどちらが後かはさておいて、『怪異の城(アーサーブルク)』に関連する者と見て間違いなかった。


 起源は遡ること10世紀以上前。現在のドイツ、バイエルン州に位置する場所には『アーサー領』と呼ばれる領地があり、同時の領主であるアーサー家は秘密裏に『原理種』を集めていた。血縁者であるかどうかに関係なく、原理に関連する者に片っ端から爵位を与え、アーサー家に取り込んでいった。


 玉石混交というべきか、『本物』もいれば『偽物』もおり、あるいは『原理の外側』から来た者もいた。その三択の中で選ぶのなら、ゲオルクは『本物』に属していた。由緒正しいかと言われれば諸説あるが、紆余曲折を経て『吸血鬼ドラキュラ』と呼ばれるようになったのは間違いなく、『血を吸う不老不死』というイメージを根付かせるきっかけにもなった。数ある『原理種』の中でも格は高い方で、『怪異の城(アーサーブルク)』の城主を任させる時代もあったが、違和感が残る。


 当時、マーリンの特徴と合致する男を見かけた覚えはない。


 記憶が操作されている可能性も考えられるが、仮に城主時代の認識が正しかったとしよう。その前提なら過去に知り合った可能性はなくなり、『観させられた』映像は未来に起こる出来事ということになる。

 

 どういう経緯を辿るにせよ、死後に『怪異の城(アーサーブルク)』の城主に戻れることは確約されたと思ってよさそうで、居場所を求めて煉獄界を放浪する意味は失われてしまっていた。現世で生き長らえる理由がなくなったのと同義で、この身を捧げることになろうが、将来を保証してもらえるなら何の抵抗もなかった。


「…………」


 オールバックの黒髪は白に染まる。過去現在未来の辻褄が合う。後付けだろうが、世界の歯車の一部と化そうがなんでもよく、今やるべきことは一つに定まっている。


 将来を保証してくれるマーリンに義理を通す。


 これが先払いなのか後払いなのかは各々の視点と時系列によるが、王位継承戦が過去の出来事と断定すると、約束を守ってもらった後という認識だった。結果として祓われる未来が待ち受けていようとも構わない。


 今はただ……。


「――――――」


 多くを語ることなく、ゲオルクは駆け出した。狙いは『死者交霊約定リビングデッド』の使い手、エリーゼ・フォン・アーサー。『倒すまで力を貸して』と『倒せなかったら消えて』の狭間を行くには、彼女の打倒が不可欠であり、自由意思を奪った状態で傀儡にするのが望ましい。どんな方法をとるにせよ、『倒す』『倒せない』を認識できない身体にすれば、霊体マーリンは存続可能となり、約定に縛られることなく自由気ままに動けるはずだ。そこから何をするかは預かり知らぬところであり、どうせ死んでいるのだから興味はない。


 問題は、マーリンとの関係を気取らないようにすること。


 『死者交霊約定リビングデッド』によって結ばれた契約に瑕疵があれば、主であるエリーゼは『債務不履行』を行使でき、マーリンは即座に消える。それだけは避けなければならず、目の前の勝敗よりも優先すべきことだった。


「命を張ったにしては、動きが鈍い。何か思うところでもあった?」


 縮地と思われる移動法によって背後に移動したエリーゼは声をかけてくる。行動は言葉よりも雄弁と言うが、秘めたる思惑が態度に滲み出ていたらしい。さすがは感覚系か。手で触れずとも感情の機微を読み取る力に長けていると見える。


「…………」


 他言は無用。ゲオルクは応答することなく、背後に右手の掌を向ける。有り余る白いセンスを集中させ、創造可変し、打ち放つ。


竜槍(ドラクル・ランツェ)


 生じたのは一本の白い槍。対センス用のルーン文字が刻まれ、防御や干渉を無効にする能力を秘めている。回避以外で対応するには高い身体能力が要求され、あの見るからに細々とした体躯で打ち払うには限界があった。


「おっと……」


 能力を知ってか知らずか、エリーゼは右手から黒い手を生やし、少し先の地面を掴む。フックショットの要領で身体を引き寄せ、竜槍を回避していた。


「「――――」」


 そこに仕掛けてくるのは二名。マーリンとターニャは両手にセンスを充填させ、放出。隙を晒すエリーゼをフォローする形で、遠距離攻撃に徹していた。受けたところで大したダメージにはならないが、できる限り吸血鬼の『格』は保ちたい。


「…………」


 両目の邪眼を見開き、迫り来る意思弾の力を吸い取り、我が物とする。あの程度のセンスだとなんの腹の足しにもならないが、吸血鬼としての威厳は保てただろう。というのも『原理種』は、脅威と思わせること、恐怖させることにより力を増す。逆もまた然りであり、『格』を保てなくなった場合、弱体化するのが欠点と言えた。


「――空触是空」


 その行動を読んでましたと言わんばかりに放たれたのは、伸びる白い手。エリーゼが得意とする感覚系意思能力が色濃く反映されたものであり、触れられてしまえば自ずとマーリンとの関係が明らかになる。この戦闘において最も警戒すべき技であり、邪眼のクールタイムの仕様上、連発して対処するのは難しい。結界や石壁を使って防ぐことも考えたが、技の性質的に物体をすり抜ける可能性が極めて高かった。恐らく、最も無難に対処できるのは――。


「…………」


 センスを乗せた攻撃。ゲオルクは軽く右足を横一文字に蹴り払い、白い手を消失させる。読みは当たったらしく、心に侵入された気配はない。白い手よりも上回るセンスで身を覆っていれば直接触れても問題なさそうで、これなら恐るるに足らん。


ドラクル――」


 今度は両手を前に突き出し、今までに吸収したセンスを含め、凝縮させる。回避も防御も干渉も不可能になるほどのイメージを脳裏に浮かべ、後は言葉に起こすのみとなっていた。発動すれば、殺さずに至らずとも、再起不能なダメージを与えることが見込まれる。


「なーんだ、思ったより大したことないじゃん」


 そこで耳にしたのは恐れていた一言。原理の吸血鬼としての『格』が揺らぎかねない内容だった。この場合、弱体化はエリーゼにのみ適用されるが、後の行動によって周りに伝播する。次の攻防で後れを取るようなことがあれば、原理種のヴェールは無効化されると思っていいだろう。


 すぐさまゲオルクは声がした背後に身体の向きを変え、中途半端に止まっていた技を発動させようとする。


「同じ原理種でも、『吸血鬼』よりも『死』の方が格上だよ?」


 振り返ると目が合った。珍しくもなんともない碧眼と視線が合った。本来、優位に立てる状況であり、技をキャンセルし、邪眼で睨むだけで事足りる。生命力を限界寸前まで吸い取り、廃人状態に持っていけば、勝利は確定する。相手の言葉に耳を貸さなければ、マーリンへの義理を通せたはずだった。


「……………」


 しかし、意に反して身が凍り付く思いに駆られる。もしやという思いが弱体化を加速させる。これでも人より長く生きている。感覚系でなかろうとも、嘘やハッタリは見抜ける自信があった。その経験則から判断して、彼女の言っていることは恐らく事実だ。多少の脚色があるかもしれないが、まるっきり嘘とは思えない。


「そんなわたしの直感が言っている。あなたはまだ『死なない』」


 暴力に甘んじることなく、エリーゼは対話で闘う。人間らしい方法で決着をつけにきている。彼女の言葉を信じ、膝を折りたい気持ちは少なからずあった。今ならまだ助かる。少なくとも、下手に抵抗しなければ死ぬことはない。


「………」


 チラリと目に入るのはマーリンの顔。眉をややひそめており、機嫌を損ねているのが見て取れる。このままエリーゼに屈服すれば、約束された死後の居場所がなかったことにされる恐れもあった。


 今を取るか、未来を取るか。


 おおよそこの二択の状況であり、エリーゼは今、マーリンは未来に対応する。どちらを取っても損はしないが、前者は生き、後者は死ぬ。状態が変わるだけであって、ゲオルク・フォン・アーサーとしての本質的な部分が歪むことはない。


 エリーゼの誘いに乗れば、時系列に矛盾が生じるのでは? という疑問もあるが、『観測の魔眼』の性質を察するに、マーリンが関与する過去現在未来の行動はブラックボックス化している。見えない余白部分で穴埋め可能であり、彼の内部者インサイダー取引を断った先でも、『怪異の城(アーサーブルク)』の城主となれる未来もあり得た。


 しかも、運が良ければ生きた状態でだ。


 今に重きを置いているエリーゼのもとにつけば、望んだ未来が確約される可能性は高い。現国王であるアルカナ・フォン・アーサーに口添えしてもらえば、分霊室の第三回廊区にある『怪異の城(アーサーブルク)』の管理を任せてもらえる展開もあり得た。


 一方でマーリンについた場合はどうだ。死んだ状態で奉仕し続けなければならず、自由意思はあるようでない。望んだ役職を得る代わりに、奴隷のような活動を強いられ、決して口答えを許されない明確な上下関係が形成されるだろう。主導権は握られっぱなしで、融通が利かないのは容易に想像がつく。さらに言えば、王位継承戦で祓われるのが確定しており、死んだ先で更に死ななければならない。


 これならどう考えても……。


「はぁ……。最初からこうしておけばよかった」


 エリーゼに思考の比重が傾く中、マーリンは深いため息をこぼし、言った。こちらの胸中を見抜いていると言わんばかりに、何らかの手を打とうとしている。……分からない。マーリンの情報は『観測』によって読み取っていない。どんな行動に打って出るか全く予想ができない。


「――――独創世界【永遠の国(ネバーランド)】」


 そこで展開されたのは、芸術系の最奥。未知のルールが課されたマーリンにとって都合のいい世界だった。

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