第63話 鬼気迫る
幽遊原野で立ち塞がるのは、レトロな吸血鬼のイメージをそのまま可視化したような存在。ターニャは原理種と予想したけど、そんな偶然あってたまるか。
「――空触是色」
エリーゼは掌を掲げ、正面に放つのは白い右手。グングンと伸びていき、吸血鬼の元へと迫っていく。身に触れることさえできればこっちのもの。原理種かどうかの判別もつくし、どういう経緯でここに立っているのかも分かる。
「…………」
対する吸血鬼は赤い眼光を輝かせた。視界の先にあった白い右手は見る見ると痩せ細り、勢いを失って無力化に成功している。
あれは……邪眼だな。魔族が有する異能の発生源。意思能力とは別口で考えた方がよく、性質的に睨まれたら終わりだと考えていい。逃げるのも手だけど、こちらから仕掛けてしまった以上、簡単には見逃してくれないだろうな。
「色触――」
エリーゼは腹をくくり、次なる攻撃に打って出る。しかし、すぐに対象が姿を消していることに気付き、やや反応が遅れる。
「後ろ!」
そこに声を張り上げたのは、ターニャ。死角をカバーしてくれた形となり、敵の出方は概ね理解した。
「……」
エリーゼは全身の力を抜き、重力に身を任せるような体勢を作る。地面に倒れ込むか倒れ込まないか、その瀬戸際で右足を踏み込み、予備動作なしで全速力に至り、後れを取った行動を一気に巻き返した。
縮地。
仙術や古武術における移動法の一種。ゆったりとした動作から一気に加速するため、その緩急がワープと見紛うような錯視を起こす。A地点からB地点まで瞬間移動できるわけじゃなく、あくまで一般的な人間でも扱える技術の一つだ。悪魔が用いるワープじみた移動法には性能的に劣るけど、地獄では対等に渡り合っていた。少なくとも、移動法だけで勝敗が決するような極端な戦闘になったことはなく、相手が仮に原理種の吸血鬼だったとしても、通用するはず。
「――――」
想定通りというべきか、吸血鬼は裏を取っており、エリーゼはさらにその裏を取った。邪眼の性能的に、相手の背後を取り続ければ勝敗に直結する異能が発動することはない。目線にだけ意識を割いて、他はいつも通りやれば勝てるはず。
「――」
エリーゼは右拳を握り込み、無詠唱で色触是空を纏う。意識せずにやってたけど、ある種の悪意のコントロールであり、感覚系心理掌握主体の技を芸術系物理特化主体の技に反転させる。精度は空触是色に一段劣るけど、相手の実力を試す分にはちょうどいい。
「…………」
吸血鬼は一撃必殺を追い求め、振り返ろうとしている。目が合ったら終わりという緊張感がありながらも、エリーゼは再び縮地を活用。踏み込みによって最高速に至り、相手の背後に回り込んで右拳を振りかぶる。
順調な出だしだったけど、違和感があった。相手はセンスを纏っておらず、無防備と言っていい。いくら再生力の高い吸血鬼と言えど、痛みは本能的に避けようとするはず。このままいけば四肢欠損級の一撃が飛んでくるわけだけど、あまりにもこちらにとって都合のいい展開に警戒心が勝っていた。
だからといって、攻撃を止めるわけにもいかず、エリーゼは細心の注意を払い、右拳を打ち付ける。
「……ッッ!!」
瞬間、視界は黒い火焔に覆われた。吸血鬼は一瞬の緩みを読み切り、背後にノールックの突き出すような右足蹴りを放っている。
刹光だ。打撃衝突時までセンスを鎮め、接触したと同時に力を込めることで瞬間的な火力を底上げする。打撃とセンスの誤差が少ないほど精度は増し、エフェクトによって判別が可能。火焔エフェクトは中央値ぐらいの恩恵かな。ノールックだったことで精度を落としたと思ってよさそう。目が合った状態なら更なる火力増加が見込めるけど、なんだこれ、想像以上にあっちいな。
次の瞬間には灰色のローブが炎上し、身が焼かれていくのを肌で感じる。たまらずローブを脱ぎ去り、縮地で移動し、黒い民族衣装めいた服装を露わにして、大きく距離を取ろうとした。
「――――」
そこに視線を合わせ、フォーカスするのは吸血鬼。枯渇? と思わしき異能を秘めた邪眼を見開き、決着をつけようとしている。
「させると思って!!?」
意識を散らすためか、声を張り上げたターニャは吸血鬼の後頭部に回転蹴りを放っている。
「……」
吸血鬼は右腕を上げてガードし、左腕を振るって裏拳を飛ばし、ターニャを軽く撃退。再び視線をこちらに向け、焦点を絞ろうとしていた。好転したようには見えないけど、おかげで一つ手を打てるだけの時間は増えた。
エリーゼは右手を掲げ、瞳を閉じ、潜在意識にセンスを傾ける。表面的な攻防力は著しく落ちるけど、そのおかげで余ったリソースを全て『魔法』にぶち込める。
「――死者交霊約定」
煉獄界に呼び出すのは、知り得る限り最強の助っ人。白い修道服を着た、長耳細目の短い金髪の男。御し切れるか分からないけど、ここでゲームオーバーになるよりかは百億倍マシだった。
「幻想結界」
呼び声に従い、彼は期待通りの意思能力を発揮し、自身の周囲を薄紅色の衣で纏う。あらゆる威力を軽減させる効果があり、邪眼であっても同じこと。すぐに朽ち果てるようなことはなく、吸血鬼と目が合っているのにもかかわらず、しぶとく生き残っていた。問題はここからであり、条件次第では寝首をかかれる。
「初回はサービスしといてあげたよ。さて、命令を設定してもらおうか」
イギリス王室の起源。初代王マーリンは爽やかな声音で言い放つ。正直、深く条件を練る余裕なんてなく、言うべきことはシンプルだった。
「あの吸血鬼を倒すまで力を貸して。万が一、倒せなかったとしても、勝敗にかかわらず最後は消えて」
「いいだろう。それで取引成立といこうか」




