第62話 原理種
「――ってのが、わたしの簡単な自己紹介かな」
一連の騒動が落ち着いたエリーゼは、煉獄界における幽遊原野の地面に腰を下ろし、三角座りの状態で事の経緯を話していた。正面にはトンビ座りで腰かける同い年ぐらいの少女ターニャがおり、目を見開いている。
「出自は英国王室、職歴は米国政府所属の代理者に、白教の教皇に、死の騎士?」
口にしたのは驚きを露わにした理由。自分のことながら、いざ要約されたらとんでもない人生だな。いきなりパッと言われても絶対信じないだろうし、冗談のようにしか聞こえない。
「うん、そーだよ。信じようが信じまいが、ターニャの自由」
「ひとまず信じるとして、現在の立場は?」
「今は無職……と言いたいところだけど、局長との腐れ縁もあって、新人代理者の肩書きは有効かな」
「超常現象対策局だっけ?」
「そうそう。正確に言うと、国土安全保障省の管轄下にあって、米国大統領直属の法執行機関。軍隊には属してなくて、あくまで秘密警察的な立ち位置なのかな? 下っ端だったから、よー分からんけど。たぶん、24(トゥエンティフォー)でいうテロ対策ユニットみたいな感じだと思われ」
「トゥエン、なに?」
「あー、今のは忘れて。異境の地にバウアーが浸透してるわけないか」
「よー分からんけど、分かった。特定の創作物を知っている人同士にしか伝わらない身内ノリされたみたいな感じでしょ」
「おっ、言い得て妙と言うか、イケる口だね、ちみぃ」
「こう見えても一通りの文学には触れてきてるからね。作品のノリが伝わらない気持ちを分かったり分からなかったり」
「いわゆる文学少女ってやつかぁ。別に読書を否定するつもりはないけど、最新の映像作品を観たら、どんな感想を抱くんだろうな」
「どんな優れた作品でも、ストーリーの本質は同じでしょ」
「……具体的には?」
「場が劇的になる話。世界があって人がいるのであって、人があって世界があることはない」
「言ってることは分からんでもないけど、キャラが弱いとストーリー追えなくない?」
「逆にストーリーが弱いと、物語冒頭から終わりまで砂場で遊ぶだけの話とかになっちゃう。キャラが強いからって起伏のない展開の間を持たせるのは難しい」
「つまり、企画→脚本→演者って考えるタイプか。演者あり気で考えてもいいと思うけどなぁ」
「とにかく強い演者だけ集めたれってやると、ストーリーの一貫性に欠けるイメージ。起伏に乏しい身辺小説とかならいいけど、舞台と劇場を意識するなら企画あり気で考えないと整合性が取れなくて途中で破綻するよ」
「……それ、もしかして実体験? 劇作家でも目指してる?」
「答える義理はないかなぁ。なんにしても、趣味嗜好が違うってだけ」
脇道に逸れた話は、創作物の好みの違いに行き着く。お互い譲り合う気がなく、どこまでいっても平行線だろうな。正直、どっちでもいいというか、どちらを好きでいようが本筋には一切関係がない。
「仰る通りで。それよか、わたしに聞いておきたいことはない? 一応、それなりのポジションにいたわけだけだから、色々と答えられるよ?」
やりたいこともあるっちゃあるけど、今は流れに身を任せたい。ターニャと知り合ったのも何かの縁だし、助けてもらった恩義もある。『兄との合流』を焦っても仕方がないし、出会えるかどうかは実力より運が占める割合の方が高い。ジタバタするより、自分の都合を後に回した方が結果的に近道できそうだった。
「答えられるか分からないけど、一応聞いときたい。セルゲイ大尉はどうなったら元に戻るの?」
ターニャの動機は単純明快だった。聞いている限り、セルゲイ大尉>コサック部隊みたいな感じで所属する面々の動向を気にしている。特に大尉の安否は重要なようで、真っ先に口にしたことから分かるように、彼女の中でかなりのウェイトを占めているのは確か。下心があるようにも見えず、単純に慕っているのか、複雑な思惑が絡み合っているのか。虚大樹のチャンネルを一画面しか映せなかった都合上、詳しくは知らないけど、並々ならない熱量を持っているのは確かだった。
「セレーナ……。直近で戦ってた赤髪ツインテールの鬼メイドがいたっしょ? あの人と接触することができれば、元に戻せると思う」
「なんで知って……。いや、死の騎士だったからか。行き先に見当はついてる?」
「今はナロト体内の胃底区かな。接触するためには――」
「人間相手には固く閉ざされた煉獄の門を開く必要がある」
「そゆこと。魔獣に開かせるのがベターだけど、何か案はある?」
「恐らく、なんとかなるんじゃないかなぁ。『あの力』を使えば」
◇◇◇
エリーゼたちは会話を切り上げ、セルゲイ1と2を従え、幽遊原野にランダムで配置される煉獄の門を探していた。
「思ったんだけど、『あの力』って普通の悪意とはちょっと違うよね。何か思い当たる節があったりする? 自分でもたまにコントロールできない時もあって、安易に頼るのは怖いんだけど」
開けた場所を散策する中、声をかけてきたのはターニャだった。さっきまでは自信満々だったのに、今は先走る感情に思考が追いついたのか慎重になっている。言えそうなことは色々とあるんだけど、どこから話したもんか。
「原理種って知ってる?」
「聞いたことないなぁ。なにそれ」
「仮に吸血鬼って種族がいたとして、いっちゃん強いのは例外なく物事の始まり。史上初の吸血鬼って理屈は何となく分かる?」
「言わんとしてることは分かる。ただ、創作と現実は別だから信じらんない」
「まぁ、あくまで仮説として聞いてもらいたいんだけど、『蜂蜜を食べる人』だっけ? ターニャが持ってた邪遺物」
「そうだね。それが?」
「邪遺物を長く使用することで術式が刻まれ、固有の意思能力とは別の異能が備わるって通説は知っている?」
「噂で耳にした程度には」
「恐らくだけど、『蜂蜜を食べる人』を作った人が『悪意』の『原理種』である可能性が高い」
口にした言葉に、ターニャの表情が凍り付いたのが分かる。創作物が好きなら頭ごなしに否定するようなことはないだろうし、受け入れられる土壌はあるはず。ただ、あまりにも自分事過ぎるってだけで、場合によっては反発されるだろうな。
「どうりで……それなら、あの暴走にも納得がいく……」
ただ、何らかの心当たりがあったのか、うんうんと頷いている。仮説という前置きが効いたかな? まぁ、なんにしても絵空事の続きをしてもよさそうだ。
「ご納得していただけているようだけど、さらに補足しておくと、『悪意』の始祖の力を有している可能性が高いってことだね。意思の力の本質に関わるというか、ワンチャン意思能力者の頂点に立てるポテンシャルを秘めてるといっても過言じゃない」
「…………」
「さすがに今のは盛り過ぎか。盛り抜きだと全世界の意思能力者の五本の指には入れるんじゃないかな。もちろん、本人の熱量と努力次第だけど」
「制御できなくなる可能性は?」
「語源から考えれば、あり得るね。でも、力を調伏したから白髪になったって説もあるし、制御できなかったフェイズはとっくに過ぎてるんじゃないかな。後は本人の力量次第というか、心の問題というか」
「答えは闇の中、か。ひとまず、原理種の力を受け継いでる可能性があるのは理解できた。ただその理屈だと、原理種そのものには敵わないんじゃないの? あくまで始祖が現実世界で生きている前提の話にはなるけど」
「あー、いい質問するねぇ。やっぱり優等生は問いの質が違うや」
「おだてはいいから、『死』の原理種の力を継いでた、あなたの感想を教えて」
褒めはしたけど、思ってた以上に鋭いな。味方のうちはいいけど、敵に回すと厄介なタイプ。適切なアドバイスをすれば、後の自分を苦しめることになるかもしれない。虚実を交えて話すスキルもあるっちゃあるけど……。
「現代の知識をアップデートした分、継承者の方が有利かな。一般的な原理種のイメージだと現実世界の流行に疎いだろうし、軍事知識や最先端科学まで網羅してるとは思えない。人類が進歩した分だけ先をいけるって感じかな。言うまでもないだろうけど、もちろん例外もあって……」
「流行や技術の取り入れに熱心な原理種がいたとすれば、最強」
「出会わないことを願うばかり。こればっかりは運でしかないね」
ひとまず会話に区切りがつき、二人は同時に前を向いた。そこには貴族服に黒いマントを羽織った黒髪オールバックの男が立っており、赤い眼光がこちらを睨みつけている。いや、まさかまさか。そんなことあるはずが……。
「吸血鬼の……原理種?」
頭の中に思い浮かんだ言葉をターニャが口にし、男はそれに呼応するようにして、黒いセンスを身に纏っていた。




