第6話 状況整理
蜥蜴型の魔獣との戦闘を終え、ジェノたちは荒らされたテントの物品を集め、各々が折り畳み式の椅子に腰かける。自ずと視線はターニャに向けられ、消えたコサック部隊に関する報告を受けることになった。
「戦ったから分かると思うけど、あの魔獣は規格外の強さを誇ってた。セルゲイ大尉を筆頭にした精鋭が止めに入ったけど、ハッキリ言って手も足も出なかった。あのままやってれば部隊が全滅する可能性もあっただろうし、あたし自らが捨て駒役を買って出て、他を逃がしたってのが今回のあらましかな」
語られた内容に関しては特に違和感はない。死体が転がっていなかった理由にも紐づくし、慌ただしく去ったような痕跡とも一致する。とはいえ、どうも引っかかる。妙に落ち着きすぎているというか、ハキハキと喋り過ぎているというか。用意された台本を読んでいるようなぎこちなさがあった。今後の攻略にも影響するかもしれないし、少しつついてみようかな。
「事情は分かりましたけど、位置関係がおかしくありませんか?」
「……というと?」
「あなたとさっきの魔獣は上咽頭で闘っていた。部隊の最後尾であるのは間違いなく、撤退戦を維持するなら絶好の位置。ただ、話を聞く限り、魔獣と接敵し始めたのは、セルゲイ大尉が常駐する中咽頭付近のキャンプ最前列だったはず。そこから最後尾に位置する上咽頭に移動したのは何か変だ。撤退戦をするにしても、永遠王国方面の気管側が主戦場になるはず。でも、俺たちが通ってきたルートは平和そのもので、コサック部隊のコの字もなかった。入れ違いになった可能性もあるかもしれないけど、部隊の生き残りが報告していたのだとしたら、王国内は大事になり、警戒態勢になっていたはずだ。外出も認められない事態になり、問題が解決するまで王国は閉鎖され、俺たちはここにたどり着くことはなかった」
「……つまり、どゆこと?」
「あなたは何かを隠している。魔獣と共謀した黒幕か、部隊を消した真犯人か、いずれにしても黒だと思っています」
失礼を承知の上で、ジェノは鎌をかける。一切の悪意なく、100%の善意で構成された行動だったら申し開きもないけど、裏がある可能性を無視して話を進めることはできない。人を無条件で信じたい気持ちはあるけど、それでパーティを危険に晒す可能性があるなら、捨て置けるわけがなかった。似たような状況で失敗した経験もあるし、嫌味一つで未然に防げるなら、喜んで憎まれ役を買ってやろう。
「ようするに、あたしと魔獣が最後尾で戦っていた理由に納得できれば、あたしは白ってこと?」
「はい。俺目線だとそうなります」
「そもそもの勘違いだけど、戦闘が開始されたのは中咽頭じゃない」
「ん? 上咽頭って口や鼻にしか通じていませんし、行き止まりですよね? あの魔獣が襲来してくるなら、コサック部隊の管理下から外れている未開拓領域……食道方面から中咽頭を経由したルートしか考えられないんですけど」
「それは人間に限った話ね。あの魔獣は別」
「え? それって、どういう……」
「ナロト体内には無数の『煉獄の門』が存在している。大小にバラつきはあれど、その本質は変わらない。余所者だったら知らないのも無理ないかもしれないけど、門が開く条件に聞き覚えはない?」
「えっと確か、『煉獄の門』は基本的に一方通行。人間界から煉獄界に門を開くことはできても、煉獄界から人間界に向けて門は開けない。ただ、一つだけ例外があって……」
「煉獄界出身の魔獣なら一方通行を無視できる」
「そっか。それなら、辻褄が合う。上咽頭の奥側に『煉獄の門』があったとして、そこからさっきの魔獣が現れたと仮定するなら納得だ。煉獄界を経由するなら人間界の位置情報に左右されず、食道方面を通らずに済む。ようは、『煉獄の門』がワープポータルのように機能していたんだ。あの魔獣は高い知能を有していたし、それぞれの門がどこに通じているのか把握しててもおかしくない。それに、コサック部隊全滅を目論んでいたなら、彼の行動に一貫性と必然性が生まれる」
「はいぃ、白確いただきましたっと。他に文句がある人は?」
ターニャは自ら結論を下し、畳みかけるように周りの反応を伺う。特に異論はないようで、その場にいたカグラ、ロザリア、ソーニャは口を閉ざしていた。「じゃあ、この話は――」とターニャは質疑応答を終えようとしている。
「いやでも、ちょっと待ってください」
「……ん? しつこいなぁ、また文句?」
「コサック部隊の生き残りは一体どこへ?」
根本的な質問に対し、ターニャのマシンガンめいたトークの勢いが衰えた気がした。何か裏があったのか、単に知らないだけか、想像したくなかったか。彼女の心情はどうあれ、気管でコサック部隊とすれ違わなかったのは事実であり、今の一連のやり取りの中で唯一ハッキリしない点だった。
「最後までここに残ってたあたしが知るわけないじゃん。居場所を知ってるんならそれこそ黒確定でしょ」
まさにその通りだ。最後の鎌かけは終わり、話を切り上げるタイミングとしてキリがいい。
「あらぬ疑いをかけてすみませんでした。俺はあなたを信用します」
◇◇◇
『煉獄の門』を背に、赤い樹々が生い茂る煉獄界へ足を踏み入れるのは白い軍服を着た筋骨隆々の男セルゲイ。黒髪を手でかき上げ、オールバックの髪型を整え、左右に伸びた口髭の毛先をピンと尖らせる。そんな彼が率いるコサック部隊が行き着いた先は、未知の領域だった。ナロトの体内ではなく、煉獄界のどこか。囚人を使ってマッピングした地域のどことも該当せず、行きは容易いが帰りは困難な状態。煉獄界の性質上、門を内側から開けず、救援は呼べず、物資も不足した状態。そんな厳しい条件下で部隊を王国に帰還させる必要があった。彼らを指揮する立場にある以上、当然とも言える責務だが、他にも理由が存在していた。
「一刻も早く報告せねばなるまいな。ターニャの裏切りを」
セルゲイは帰る動機を口走り、部隊全員の見解は一致している。問題は人間界へ帰る手段がないことであり、仮に帰る見通しが立ったとしても、魔獣がひしめく煉獄界を生き抜く必要があった。
「大尉。お耳に入れたいことが」
するとそこに、斥候へ出ていた黒髪ポニーテールの男……オレグ中尉が耳元で語りかけてくる。背には銀の大盾があり、丸眼鏡越しに見える目を細めている。煉獄界入りして大して時間が経ってないが、早くも発見があったらしい。幸先のいいものになるか不運の前触れかは不明だが、何もないよりかはマシだろう。
「なんだ。言ってみろ」
「大太刀を装備したメイド服の女性を見かけました。接触を試みますか?」
「人型の魔獣か? それとも、人間か?」
「いいえ、鬼です。ご指示とあらば、首を取って参ります」
オレグは強気な姿勢を崩さず、自信ありげに語っている。部隊の存在を隠したまま一人で接触し、討ち取るつもりなのだろう。こちらの情報を伏せる立ち回りは勝つにしろ負けるにせよ、リスクヘッジの観点から優れた作戦と言える。ただ……。
「私自らが出向こう。部下には情報を伏せておけ」




