第5話 二対一
『ナロトを攻略する。覚醒都市には良くも悪くも一切関与しない』
頭の中で再生されるのは、自身の言葉。都市内にある大図書館の最奥で重鎮二人と交わしたものだった。ただ、口約束をしたわけでも、書類上の契約を交わしたわけでもない。一方的に口にしたものであり、破ったところで罰則はなく、無視して都市を滅ぼすことも可能だった。
とはいえそれは、恩を仇で返すことになる。ロマノフ家の王女であるジーナには、『ある能力者の行方』を感覚系の意思能力によって特定してもらった。魔獣の身になったとはいえ、世間一般の感性は持ち合わせている。最低限の義理を通すつもりはあり、自身が口走った言葉の責任は取るつもりだった。
ただ、目の前にいる若造二人はどうか。
「「………」」
アレは残念ながら対象ではない。覚醒都市の外に足を一歩でも踏み出した時点で、関与していいことになる。『コサック部隊』も例外ではなく、ここは彼らの私有地ではないのだから、荒らされて当然だと言えた。わざわざ口にしてやることでもなく、言ったところで分かり合えるとは思えない。我々が覚醒都市の外で出会ってしまった時点で辿る運命は決まっている。
「「――――」」
我々は一言も言葉を交わし合うことなく、戦闘が始まった。正面にいる若造二人は同時に駆け出し、ジェノは正面、カグラは背後に位置し、こちらを挟み込む陣形を取っている。恐らく、意識のリソースを両面に割かせるのが狙いだろう。正面に意識を割けば背面が弱くなり、背面に意識を割けば正面が弱くなる。視覚的にもセンス的にも脳機能的にも意識配分は戦闘の要であり、それを散らせるための戦法としては非常に理に適っていた。
「「…………っっ!!?」」
ただ、踏み込みが浅い。連携が拙い。息が揃っていない。二対一の状況を作っておきながら、細かく時間を区切れば一対一の状況に持ち込めるだけの隙間が存在し、そこを叩くだけで容易く連携は崩れた。具体的に言えば、正面は拳、背後は尻尾を使い、二人は明後日の方向に飛ばされている。双方ともに鳩尾辺りにクリーンヒットさせており、並みの使い手ならノックアウトしてもおかしくない一撃だった。
「……まだまだ!!」
「……お茶の子さいさい!!」
しかし、肉体系と思われる二人は極めてタフだ。細かい粗はあるが、肉体の強度とセンスの量は目を見張るものがある。そこだけ抜粋するなら最前線組と見比べても遜色なく、長所を磨き続ければ他の追随を許さない使い手に育つ可能性はあった。
とはいえ……。
「まだ青い!!!」
正面のジェノにアッパーカット、背面のカグラに後ろ蹴りを放ち、再び物理的に距離を取らせた。彼らの戦法である挟み撃ちは機能しておらず、ご自慢のセンス量にも揺らぎが生じているのが分かる。食らった一撃が重かったというより、これは恐らく精神的なものだ。
「魔獣が……喋った……?」
「交渉の余地があるっちゅうことか?」
意思能力者のパフォーマンスは、精神状態によって大きく乱高下する。感情が刺激されて上振れることもあれば、今のように動揺すれば下振れることもある。どれだけ肉体を鍛え、平均値を上回るセンス量を誇っていようと、状況次第で簡単に崩れてしまうのが意思能力戦というものだ。
それを見逃してやるほど、丸くなった覚えはない。
「――」
踵を返し、口をポカンと開けているカグラに近付く。遅れて対処しようとするが、瞬発力もセンス操作も御粗末すぎる。
「……っっ」
右手を伸ばし、カグラの頭を鷲掴みにし、掌にセンスを集中させる。彼の類まれな肉体の強度とセンス量を差し引きしても、こちらの方がやや上回っているらしい。指先がセンスを突き破り、肌に食い込み、彼の頭部の骨が軋む音が耳に入る。このまま力を込めれば、カグラの脳みそは周囲に飛び散ることにだろう。手心を加えてやるッ必要もなく、そのまま手に力を込めようとした時。
「その人が……君に何かしたのか」
背後にいるジェノは声をかけてくる。戦闘行為による無理な奪還を諦め、耳を傾けてくれると信じ、対話を試みようとしていた。耳を貸さずに殺す可能性を全く考慮していないらしい。楽観的すぎる振る舞いに反吐が出そうになる。
「仮に何かしていたとしたら殺害を許可するのか?」
「なんにしても止める。でも、理由があるなら知りたいんだ」
「こいつは未来人だ。時空連続体を歪ませた罪がある。世界の修正力が働き、ここで死ぬ運命だった……と言えば諦めもつくか?」
「つまり、君が手を下さなくても、いずれ世界に殺されるってこと?」
「今の妄言を真実と仮定するならそうなる。殺害を許可するか?」
冗談のようにも聞こえる情報を、ジェノは真正面から受け止める。今までの発言を踏まえれば返答は明らかだったが、どういう反応を示すのか興味があった。何らかの感情を刺激し、センスの限界値を引き上げるならそれもまた一興だ。
「当然、許可しないし、俺が止めるまでもない」
返ってきたのは期待とは少し外れた反応。自分以外の何者かに絶大な信頼を寄せているようにも思える。この場にいるものと言えばターニャになるが、彼女の心は既に折ってある。ここから復調できるとは思えず、仮にパフォーマンスを最大化したとしても後れを取るわけがなかった。
「――Именно(まさにその通り)」
ほんの一瞬も気取られることなく物陰から現れたのは、ロザリア。右手の爪だけを部分的に魔獣化しており、必要最小限のセンスを乗せて、縦に切り裂いた。ザクリと音を立て、右手首が切り離されたのを肌で感じる。センスの差し引きでは勝っていたはずだが、一秒にも満たないはずの動揺が裏目に出た。体表面のセンスに揺らぎが生じ、その中でも最も張りが薄い箇所を寸分違わず捉えた。
「…………」
こいつはさすがに厄介だ。手を限りなく抜いた状態でこれなら、本気を出した場合、生き残れる保証はない。
「先生を怒らせたら怖いよ? それでもやる?」
虎の威を借りる狐の如く、遅れてやってきたソーニャは、上から目線で言った。普段なら鼻で笑ってやるところだが、この脅しには一定の説得力がある。
「この借りはいずれ……返す」
切り取られた右手を蜥蜴の如く再生し、逃げ去るようにその場を跳躍した。彼らが追ってくることはなく、この場の因縁は持ち越される形になった。




