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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第58話 超常現象

挿絵(By みてみん)





 感覚系の相手と接敵すると、漏れ出た心の声が聞こえてくることがある。合っているかどうかを確認したことはなく、目線や表情を見て、薄っすらこう思ってるんだろうなぁと思うのとよく似ている。感覚系の上澄みであるジーナのように触れただけで心の隅々まで把握できるほどの便利なものでもないけど、目の前にいる灰色ローブを着た同い年ぐらいの少女は恐らくこう考えている。


『お金や実績も大事だけど、それ以外にも大切なものがある』


 言ってることは理解できる。やりがいや心の充実だけを追い求めたら正しい。でも、それじゃあ世の中は回っていかない。人の役に立ちにくい芸術だけで暮らしていくことは難しい。安定した社会という土台がある上で成り立つコンテンツであり、恵まれた環境にいるからこそ出てくる言葉。


 覚醒都市に生まれた以上、やりたいことは我慢せざるを得なかった。本当は魔獣がどうとか白軍がどうとかを無視して、抽象芸術を極めたかった。アトリエにこもって、自分の中にあるものを世の役に立たなくとも表現したかった。


 でも、才能がなかった。社会が芸術で生きることを許さなかった。好きなことと、得意なことは別という典型的なパターンで、得意なことを優先する以外の選択肢がなかった。


『お金や実績も大事だけど、それ以外にも大切なものがある』


 彼女の心の声が頭の中で木霊する。我慢し続けてきた惨めな人生を刺激する。やれるもんならとっくにやってる。許されるもんなら芸術に没頭したいよ。彼女みたいに自分のことだけ考えて自由奔放に生きたいよ。


 あー、むしゃくしゃするなぁ。充実した人生を歩んでいると言わんばかりの立ち居振る舞いがいちいちウザい。やりたいことを我慢して、得意なことを伸ばしてきたはずなのに、その分野ですら互角かそれ以上のポテンシャルを秘めている。目の上のたん瘤というか、存在そのものが目障りだ。彼女の正体がなんであれ、負けるわけにはいかなかった。


「「――――」」


 ターニャの膝蹴りと少女の拳が衝突し、閃光が迸る。単純な力比べでは互角。丸みを帯びたセンスの形状と実際に触れた印象から、相手が感覚系だと確信する。それは向こうも同じはずで、大なり小なり思っていることは伝わっているはず。耳障りな心の声が木霊したように、相手にも似たような現象が起きているはず。中でも感情を色濃く刺激する部分だけが伝わっているはずで、内容は恐らく……。


「やりたいことがあるなら、やればいいじゃん」


 右拳を拮抗させながら、少女はサラッと言った。第一印象と心の声から抱いていたイメージとピッタリ。真面目に取り合うのも馬鹿らしく、一から十まで話したところで分かってもらえるとは思えない。煉獄界にいる時点で味方になれる展開は考えづらく、そもそもとして彼女の存在そのものが生理的に受け付けない。無視するのが正解だって頭では分かってる。黙って戦うのが順当に決まってる。


「それで生きていけるなら、苦労してないつぅーの!!!」


 ただターニャは自我を抑えられず、内に秘めた感情を露わにし、膝蹴りに乗せる。それがトリガーだったのか、自然とそうなったのかは分からない。ただ、二人は宙に浮いた。天と地がひっくり返り、空に吸い寄せられた。煉獄界における『幽遊原野』特有の超常現象。重力の反転が周囲に発生した。


 ◇◇◇


 天と地が逆さまになり、エリーゼはターニャと共に、空へ落ちていく。行き着く先が不透明な場所を目指し、強制的な移動が開始される。これでも一時は死の騎士を担当していた。空の先におおまかな検討はついている。実体を持つ人間が突っ込めばどうなるか概ね理解している。ただ、言ったところで恐らく信じてくれない。


 さて、どうしたもんか……。


 真面目に戦うのも一興だし、そのままターニャだけを空の先に突っ込ませ、自分だけ助かることも恐らくできる。別に見ず知らずの相手だし、向こうから襲ってきたから自業自得ではあるんだけど、見殺しするのはどーもなぁ。


 死を司っていただけに、人の生死には少しばかり敏感だった。老衰みたく抗いようのないものなら納得できるんだけど、今回ばかりは違う。介入すれば助けられる見込みが高く、味方認定してくれる可能性も高い。


「一時休戦といかない? このままだと二人とも死ぬよ?」


 赤い空を見上げ、エリーゼは端的に思ったことを伝える。対するターニャは表情を歪め、見るからに嫌悪感を露わにし、思いの丈を口にした。


「無理無理無理、ぜーったい無理! 天地がひっくり返ってもあり得ない!」


「いやいや、実際ひっくり返ってるんだって」


「だから? 比喩的な話で、実際そうなったら相容れるとは言ってない」


「憤る気持ちは分かるけど、この状況で騙すメリットがないのも分かるよね?」


「油断を誘うための罠じゃないって証拠は? ないよね。戦うしかないんだよ」


 ターニャは周囲に小結界を展開し、それを足場として、縦横無尽に飛び交っている。ただ、引かれる重力の方が強く、上手く姿勢を制御できていないように見えた。ようはブラックホールに吸い込まれているような状態で空中を自由に飛び回るのは難しい。光速を超えるスピードなら脱出できるかもだけど、人間の範疇だと厳しいものがある。実際、自分一人だけの力じゃ復帰するのは難しく、協力してワンチャンって感じかな。


 ただ、目の前の偏屈ターニャを説得する必要があり、悠長に時間を浪費している間にタイムオーバー。共倒れになる確率の方が高かった。こうしている間にも赤い空の界面が迫っており、ボーダーラインを越えればドボン。説得を試みるにしても、最短最速でケリをつける必要があった。


「はぁ……。だったらいいや。一緒に死のっか。そっちの方がシンプルでいい」


 その言葉にターニャの表情が凍り付く。彼女は腐っても感覚系だ。鬼気迫る状況の発言を見聞きして、嘘か誠ぐらいの判別はつく。ただ、こっからは彼女の気分次第で超常現象に抗えるかどうかは運任せ。まぁ、どっちに転んでも覚悟はできてるんだけど、吊り橋効果みたいになってくれると嬉しいなと思ったり思わなかったり。


「あーもう! 分かった!! 協力するから力貸して!!!」


 吹っ切れたようにして、ターニャは密着し、左手をぎゅっと握り込む。間接的に意思が伝わり、やる気とセンスが充填される。自分を曲げてまで頼ってきたなら仕方がない。腹をくくって、最後まで責任をもって面倒見てあげますか。


「よしきた! こっからはエリーゼ・フォン・アーサーにお任せあれ!!」

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