第56話 Re:感覚系の意思能力者
何が……起きた。
「彼女に触れちゃ駄目だ! 感覚系の意思能力者で情報を読まれる!」
目の前にはジェノがいて、聞き覚えのある台詞を馬鹿みたいに繰り返している。正直、頭が追いついてないが、この後に続く台詞を知っている。
「触れないように工夫せえ、ちゅうことじゃな。俺様の得意分野だ。息つく暇もなく終わらせてやるよ」
ジーナは小声で次の発言を予想し、見事的中させる。興奮冷めやらぬ相手は、その異変に気付くことなく、戦闘に没頭しようとしていた。目の前の勝ち負けも重要ではあるが、本気で戦うつもりはなく、大前提として相手を殺す気はない。それより、このおかしな状況を考察するのにリソースを割きたかった。
「「…………」」
ジェノとカグラが無言で頷き合うのを横目に見ながら、ジーナは目の前で再現される既視感の正体を三つに絞った。
1つ目、感覚系による未来視説。
意思能力者が分類される三系統の中でも最もブラックボックスが多いのが、『感覚系』だ。普段から意識していることを顕在意識、無意識に考えていることを潜在意識というが、比率は1:9だと言われている。理屈で考えるタイプの人間にとって『直感』は馬鹿を励ますための用語だと思っている節があるが、個人的には逆だと思ってる。理屈派は顕在意識下にある1割の具体的な部分を分析するのは得意だが、潜在意識下に隠れる9割の抽象的な部分の分析は苦手な印象を受ける。理解できないってことは、それ以上は掘り下げられないってことで、早々にそれっぽい結論を出し、考えが深まることも煮詰まることもない。
ようするに、今、感じているのは残り9割の部分。目に見えない潜在意識が未来視紛いの能力を誘発したって説だ。
2つ目、ジェノと感覚を共有した説。
次に考え得るのは、ジェノ・アンダーソンが有する魔眼の力。確率上存在している『波』を見る能力の影響を受けた可能性だ。胃体区で接触した時に概要は把握済みで、まだまだブラックボックスは多いが、説としては有力だ。奴らを倒す確率上の未来が見えたってことなら納得がいくし、辻褄も合ってる。
実際、相手の能力に影響を受ける展開は過去に経験済みで、否定する材料の方が少ない。1つ目の説が正しいなら、2つ目の説も正しいことになり、これらは地続きになっている。両方とも感覚系に特化した意思能力者であることが前提にあり、ジェノと接触したことがトリガーになっている可能性が極めて高い。
そして、最後の3つ目が最も――。
「「「「――――」」」」
思考整理も大詰めを迎えようとする最中、四名は行動を開始する。ジェノは正方形の結界を前方に展開して蹴りつけ、カグラは長方形の小結界を足場に使って上空に移動し、広島はグローブ状の結界を両拳に展開し、スサノオは四方八方に槍状の結界を展開して撃ち放つ。
説が正しかろうが間違っていようが、些末なことかもな。問題は目の前にあり、このまま素直に倒れてやるわけにはいかん。
「――――」
ジーナは負けじと三角錐状の結界を自身の周囲に展開する。襲ってきた四名の痛覚と共有する能力を付与し、カウンターを試みる。敵の攻撃と接触したと同時にダメージを反映。特にスサノオが生じる槍は並々ならないセンスが込められていて、神であろうとただでは済まないはずだ。もちろん、殺さない程度に痛覚共有は加減してあり、物理的なダメージじゃなく、精神的なダメージを与えることに特化させた。そのため、カウンターに成功しても数時間気絶するレベルに留まるはずだ。
未来視で見た景色をそのままなぞって意味があるのか? という疑問があるが、不都合な未来じゃないんだから、わざわざ変える必要がない。ジェノ目線なら敗北を勝利に導くために試行錯誤するんだろうが、こっち目線だと最終的に勝つって分かってんのに何を恐れる必要がある。
「………」
ジーナは口端を上げ、余裕の笑みを見せる。展開の焼き増しだろうと、未来をなぞっただけだろうと勝てるならなんでもいい。この情報を今すぐ持ち帰って、元帥閣下殿に報告することが最優先事項であり、手心を加えてやったり、手段を選ぶ必要はどこにもなかった。
「……痛覚、共有か?」
ジェノは未来視の通りに結界の正体に気付く。都合のいい未来を引き寄せるために、行動が制限されているような気もしなくはないが、下手に変えようとすると、予期しない結末を迎える可能性がある。
だから、この後に続く言葉は決まってる。
「Верно(その通り)」
ジーナの発言と共に、三角錐状の結界は弾け飛び、受けた物理攻撃を精神攻撃に変換し、お返しする。バタリバタリと四名は倒れていき、当分は再起不能の状態。都合のいい未来を引き寄せた形となっていた。
「さて……。報告報告っと」
踵を返し、ジーナは特に気苦労を覚えることなく、元帥が待ち受ける暗黒闘技場方面に移動を開始しようとする。
「彼女に触れちゃ駄目だ! 感覚系の意思能力者で情報を読まれる!」
そこに聞こえてきたのは、鬼気迫るジェノ発言。今さっき倒したばかりの小僧が再び立ち上がり、敵対しようとしている姿が目に入る。
「あ? こいつは、どういう……」
不快感が先行し、不平不満が口から溢れ出るも、答えはすでに頭の中にあった。途中で思考を遮られて顕在意識に出てくることはなかったが、埋もれた思考の9割に該当する潜在意識では思いついていた。ここまで条件が揃えば、認めざるを得んな。1つ目と2つ目の予想は外れ、残りものに福が来たる。
「3つ目……ジェノの魔眼は相手に『波』を見せる」
誰に聞かせるでもなく、ジーナは結論を口にする。
「触れないように工夫せえ……ちゅうことじゃな」
「俺様の得意分野だ。息つく暇なく終わらせてやるよ!」
その予想を裏打ちするように、勝利の無限ループが始まった。




