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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第53話 真実

挿絵(By みてみん)





「リーザ・クズネツォヴァ」


 ミーラは自身が展開する水の壁を通り抜ける女性に向け、言い放つ。センスは纏っていないものの、見るからに敵意マシマシ。並々ならない熱量をもって、接触を図ってきたのが一目見て分かった。幽霊なのか人間なのかはパッと見だと判別がつかず、相手の反応から状況を読み取るしかない。


「そんなあなたはミーラ・モロゾワ」


 必要最低限の受け答えは成立し、少なくとも、並みの幽霊じゃないことは一目見て分かった。意思疎通が取れるなら、もしかしたら戦わずに済むかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、場に適切な言葉を探る。


「私の記憶ではウラジオストク行きの列車に乗り遅れたって聞いたけど?」


「おかげさまで私は赤軍に殺された。お腹に赤ちゃんを身ごもったままでね」


 明かされるのは約100年越しの真実。恨み辛みを全て吐き出すような口ぶりで、自分も白軍じゃなければ同じ末路を辿っていた可能性があることに背筋がゾッとした。というのもロシア内戦時、赤軍から逃れるために白軍が運用していたウラジオストク行きの列車は、軍関係者と上流階級が優遇されていた。裏を返せば、一般人は冷遇され、よっぽどの理由がなければ乗車できなかったらしい。ようするに彼女は、白軍が敷いたレールから外された被害者と言える。


 恨まれて当然だ。ある意味で亡命に成功してしまったのだから、化けて出てもおかしくない。白軍と敵対するだけの動機を秘めており、亡命に失敗した白軍を統括する指導者の地位にもふさわしい。


 だって彼女の夫は、白軍元帥ドミトリー・クズネツォフだ。100年前は中尉だったけど、今となっては大出世をかまし、大物になった。当時、ドミトリーが高官だったら家族も乗車を許されていただろうけど、ちょうど足を切られるラインにいた。それが野心に火をつけ、今の地位に至ったんだろうけど、高度な皮肉だな。亡命に成功した白軍対亡命に失敗した白軍という見事な構図が出来上がっており、そのツートップが夫婦という因縁深いマッチアップが成立していた。 


「置き去りにされた腹いせに白軍に復讐でもするつもり?」


「いちいち言う必要があるのかしら。理由を説明することに意味を見出せないわ。納得しようが、納得しまいが、私のやることは変わらない。これは単純な疑問なのだけれど、いつからあなたは私の意思決定に指図できると思ったの?」


 死んでいる割には口がお達者なことで。もはや、言葉が通じない領域に達しつつあり、何を言っても右から左に聞き流される気がしてならない。


「知らない? 私は初等学校時代からあなたを舐めている」


「やはり水と油の関係ね。私たちは決して混ざり合わない」


 ミーラは周りの水壁に意識を集中させ、リーザは身に薄っすらと銀光を纏っている。ここまできたら戦いながら真意を確かめるしかない。


「「――――」」


 無数の水槍とアメーバ状に広がる銀光が衝突する。飛び散るのは微粒子。光に照らされた埃のようにキラキラと煌めて見えるけど、アレはヤバイ。流体力学に見識のあるミーラは真っ先に危険性を見抜いていた。それは……。


「ミクロ爆発」


 口に出した途端、視界が弾け、亡霊との開戦時とは比にならない衝撃がミーラを襲った。


 ◇◇◇


 幽霊区に響きわたるのは、轟音。戦術兵器が起爆したと錯覚するような衝撃と地ならしを巻き起こす。ロザリアも渦中におり、被害を伴うことはなかったが、尋常ならざる空気を第一線で感じ取っていた。


「間違いない。これは自由意思がある使い手同士の衝突。それも、『七聖獣』クラス以上でしょうね。最弱の私が赴いたところで……」


 あまりの衝撃の大きさに劣等感が刺激され、足並みが重くなる。理由は明確であり、『白獅子』ルスランが口にした『闘納祭』に関係していた。あのイベントでは、『七聖獣同士の格付け』がコンセプトの格闘技大会が開催。ルールはトーナメント形式でなく、総当たり。自分以外の『七聖獣』全員と激闘を繰り広げることになり、結果は惨敗。誰が見ても明らかな最下位に位置し、覚醒都市中に『七聖獣最弱』として認知されることになった。


 だから前線を退き、教育係に回ることにした。自分から能動的に選んだ道であるものの、世間の反応は冷たく、大会で結果が振るわなかったため、白軍から左遷されたという噂が流れた。


 弁明も言い訳もしなかった。説明したところで分かってもらえるとは思わず、どれだけ懇切丁寧に伝えたところで相手は揚げ足を取りたいだけなのだから、真面目に取り合うだけエネルギーが消耗すると分かっていた。


 ただでさえ『七聖獣』という立場で優遇され、一般市民からヘイトを買っているというのに、自分から教育係に回ったと言えば、天下りだ。楽な道に逃げた。なんて暴論に発展する恐れもあった。


 だから、左遷と思われた方が都合が良かった。実際、前線を退いたのは事実で、世間の期待に応えられなくなったのもまた事実。『七聖獣最弱』の名が知れ渡ったことで、若かりし頃に持ち合わせていた野心や向上心は色褪せていく一方だったのを今でも覚えている。


 ようするに、『七聖獣』という多大なプレッシャーから逃げたのだ。可哀そうな立場だと思わせ、自分を低く見積もることで心を守った。そうしなければ今頃は命を絶っていたかもしれない。外界では普遍的に存在する、『年収が高くても幸せになれるとは限らない』という通説と似ていた。


 『七聖獣』は『七聖獣』なりに悩みや葛藤があり、一般人が憧れる存在でも、当人にとってはそれが普通の状態であり、相対的な差分を感じ取って幸せを噛みしめることができない。『七聖獣』だとしても『最弱』なら嬉しくもなんともなく、芸能人扱いされても辛いだけだった。


 ただ、『闘納祭』以降に生じた心の傷は、時間の経過と共に癒えつつある。


『わたくしが手を貸しましょう。『七聖獣』の誇りにかけて』

 

 それは、以前の自分なら決して口にしなかった言葉だった。攻略者に宣言してから、今に至るまでの行動は『七聖獣』の面子や肩書きを背負ったものであり、成功すれば名声が上がり、失敗すれば信頼が損なわれるという損得が発生する。これは、教師という立場に身を甘んじつつ、過去を振り返って分かったことだが、結局のところ、有名になる度に肥大化するリスクをどれだけ抱えられるかが器の大小を決めると思っている。


 成功しているうちは上り調子だから気にならない。自分が一番だという根拠のない自信で突っ走れるのだから、肉体的にも精神的にも無敵だ。


 問題は名を上げた後に失敗した時。膨れ上がった期待というリスクを背負うことを恐れ、逃げ道を探し出した段階で、器の成長は止まる。現状維持は辛うじて可能かもしれないが、それより上に行くことはない。最強ドミトリー最弱ロザリアの差はそこにある。


 ドミトリーは部下の期待を一身に背負い、肥大化し続ける期待とプレッシャーを跳ね除け、元帥で居続けた。毎回、作戦が成功したわけではなく、時には失敗しても、その責任を一人で背負い続けた。


 その背景を考慮した上で、『七聖獣』の中でもキャリアに格差があると文句を垂れるのは愚か者のすることだ。最強が最強で在り続けたのは、戦闘力が高かったからではない。立場に甘んじず、失敗しても腐らず、正面から堂々と『七聖獣』の肩書きを背負い、器を広げ続けたことでようやく、白軍の頂点に立てたのだ。


 『白龍』を犠牲にして、都市のインフラを確保したことにはさすがに反感を覚えたが、恐らく苦渋の決断だったのだろう。1人のために25万人を犠牲にするわけにはいかず、一般市民に情報を伏せておくことで世間の反発を未然に防いでいた。


 その頃、自分は何をしていた。


 教師であることに誇りは持っているが、『七聖獣』のやるべきことだったかと言われれば、疑問が残る。後世に技術を託すのも大事だが、『闘納祭』時点で腐るにはあまりに若すぎた。『闘納祭』後に時間を巻き戻して、一からやり直せたらと何度思ったことか。人生に後悔はつきものだというのは一般論として分かるものの、この劣等感は自分の中で特別だった。そこらの一般人が抱える悩みとは次元が違うとさえ思っていた。


 思い上がりもいいところだ。『七聖獣』から逃げたという事実から目を背け、つまるところ外部に責任を押し付けているだけだ。今より大きくなりたいのであれば、器を広げなければならない。『七聖獣』の名前に負けない戦果を残し続けなければならない。肩書きは呪いであると同時に祝いだ。勝てば賞賛され、負ければ非難されるというシンプルな構造になっている。


 その重い肩書きにふさわしい舞台は、今まさに整っていた。


「「…………」」


 ロザリアとリーザは睨み合う。その中間地点にはミーラが倒れ、放置すれば殺される未来が見えている。


「彼女を救出しに参りました。異論は?」


「ありませんとも。亡霊ひしめく胃の中で踊り狂いましょう」

 

 交わす言葉はそれで十分だった。後は戦果を持ち帰るのみ。

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