第52話 嘘
「『芸術系』と『感覚系』の強化か……。言うのは簡単だが、独学でやれんのか?」
胃体区を歩きながら、カグラは先ほどの会話の続きを口にする。言ってることはもっともで、ここにはロザリアのような優秀な指導者はいない。カグラとは切磋琢磨できる良きライバルではあるけど、誰かに教えられるほどの実力者でもない。これまでの経験則から判断するしかなく、道が合っているか間違っているか分からないまま進む必要が出てきていた。
リーチェ、広島、セレーナ、ロザリア。振り返って考えてみれば、今までが師匠に恵まれすぎたのかもな。適切なタイミングで、適切な人物が教えてくれていた。今度は補助輪なしで走れってことなんだろうな。次の方針は定めてもらったけど、具体的な答えを言わなかったのはそういう狙いもあるのかもしれない。
「基礎も下地もできてる。後は実践あるのみ、だと思うんだよね」
「具体的には?」
「『芸術系』は理想の得物をセンスで創造可変するのが目標。『感覚系』は五感の中で自分が得意そうなものを選んで、その性能を一段階引き上げるのが目標かな」
「おっ。パッと聞いた限りの印象は良さげだな。高すぎず低すぎない適度な壁って感じがする。……ただ、そこに至るまでの過程は思い描けてんのか?」
「それはこれからかな。歯切れが悪かったのは思いついてないからだよ」
「回答は合ってるが、途中式に欠けると……。参考になるかは分かんねぇが、一応おらの所感を聞いとくか?」
「うん、お願い」
「『芸術系』に関しては思い入れがあるかどうかが、精度に直結する気がする。おらの神楽は創造可変っつうより、属性変化がメインの特殊な部類に入るが、平の場じゃなんもできねぇ。『感覚系』に関しては五感も大事なんだろうが、それは終着点であって出発点じゃない。なんつーか、自分自身の内面を掌握するところが成否を握るんじゃねぇかな」
つらつらと語るのは、恐らく彼の経験則に基づいたアドバイス。主観が大いに含まれているから、あくまで参考程度にってことなんだろう。普段の言動とは真逆だな。いつもなら『おらの言う事に黙って従っとけ』ぐらい言いそうなのに、今回はやけに控えめというか、意思能力者としての自信のなさが垣間見えた気がした。
「参考になったよ。採用するかは置いといて、頭の片隅には入れとく。……それより、少し気になるんだけど、カグラは誰に戦闘を教わったの?」
「……独学だな。覚醒都市の大図書館には意思の力に関する書物もあったから、サラッと目を通してパパッと習得した覚えがある」
「じゃあ、舞の方の神楽は?」
「そりゃあ、生まれ育ったのが日本だからに決まってんだろ。伝統芸能は親から子へ継承されるのが一般的でな、幼少期に叩き込まれただけだ」
「だったら、いつから覚醒都市に住んでるの? 少なくとも、白軍がナロト体内に取り込まれたよりも後に来たってことになるよね?」
「余所者が毛嫌いされてる空気は感じたろ? ナロトに迷い込んだのは、おめぇだけじゃないってことだ」
「じゃあ、カグラもバイカル湖に立ち寄った時にパクっといかれた?」
「……それに関しちゃ、黙秘する。おらにも言いたくないことはあるからな」
「そっか。なら聞かない。俺にも言えないこともあるし」
トラウマを刺激したのか、都合が悪かったのか、それ以降、カグラは口を開こうとはしなかった。何気ない話を振っても、適当に相槌を打つだけで心ここにあらずというか、今の一連の会話の中に彼の地雷があるように感じた。
なんにしても、深掘りするのはよそう。行動を共にしてはいるけど、関係値は浅いし、今はまだ腹を割って話せる間柄じゃないってだけだ。
「……にしても、静かだな。ここまで魔獣と遭遇しないなら先を急ぐか?」
ようやく口を開いたかと思えば、事務的な会話だった。行動に直結するから必要なやり取りではあるんだけど、それ以外は当たり障りのない話しかできない。言っても仕方ないけど、今までよりもぎこちない関係性になった気がするな。元の状態、あるいは、それ以上の関係に持っていくには相応の時間がかかりそうだ。
「だね。少しペースを上げよう」
『波』で見た広島の死を避けるためにも合流を遅延したい気持ちはあったけど、断る理由が思い当たらない。言いようのない居心地の悪さを感じながらも、ジェノたちは幽門区に向かって走り出した。
◇◇◇
「ってなわけだ。何か質問は?」
胃体区の開けた場所で行われていたのは情報交換。ソーニャが配置した中間地点を使って白軍が出入りできる情報を開示し、ジーナは信用を得ようとしていた。ジェノと合流すれば、すぐに裏切りはバレるわけだが、ひとまず間を持たせるためには味方っぽい行動を見せておく必要があった。
「ようは、ソーニャさえいれば、覚醒都市との往来は自由ってわけか」
「そうなるな。今のところ胃低区は暗黒闘技場と仕立屋、胃体区は無人駅が中間地点に設定されていて、そこを起点に白軍は胃に進軍できる」
「ひとまず納得したが、白軍の目的はなんじゃ? 攻略に参加するつもりか?」
質疑応答を重ね、広島は痛いところを突いてくる。軍が動くなら意図があって然るべきで、情報収集って理由だけで乗り切れるほど甘くはなさそうだった。
「決まってるだろ。攻略者の全面サポートだ。ナロト攻略が進めば、その分、王国の領土が増えるってことになるからな。全軍で最奥を目指さなきゃならないほど切羽詰まった状況じゃないし、白軍の支援を受けられるなら、そっちも得だろ?」
「まぁ、確かにそうじゃが……」
言ってることとやってることは、ちょうど真逆。攻略者の支援じゃなく、攻略者の掃討が目的だ。遅かれ早かれ気付かれる。ただ、今じゃないってだけだ。後は適当に理由をつけて去ればいいだけで、ジェノ一行の同行は概ね把握したことになる。
残るは中間地点を生成できるソーニャの位置を把握しておくぐらいか。こうしている間にも胃低区の狩りは進行しているだろうし、極めて順調だな。スサノオ様も黙りこくって深く突っ込んでこないし、ここを無傷で乗り切れるなら白軍にもたらされるリターンはえげつない。
そもそも、『神の両手』を使っていれば、わざわざ胃に足を運ばなくても情報収集できたかもしれないが、精神防御されれば不発に終わる。特にジェノなんかは内に白き神を秘めているし、直接手で触れなければ情報を得るのは難しかっただろう。ただ、ジェノの情報を全て知れたわけじゃなく、主に白き神関連の情報は包み隠されている部分も存在したが、攻略者掃討作戦には直接関係ない。白軍の行動範囲に直結するジェノ一行の動向さえ分かれば、御の字だった。
「じゃあ、そういうわけで――」
「少し引っかかるな。俺様からも一ついいか」
さっさと退散しようとしたところ、スサノオが声をかけてくる。訝るような表情を作っており、不審な印象は拭いきれていない様子。こちらとしては逃げ切れるならなんでもいいが、ここで背中を見せたら敵だと判断される。
「あぁ、もちろんだ。なんでも聞いてくれ」
「神須佐能袁命の名をどっから仕入れた」
スサノオは目つきを鋭くさせ、問い質す。恐らく、今まで黙っていた理由そのものであり、疑惑の大半を占めるはずだ。ジェノの記憶から見えたカグラの言葉を参照にしたとは、口が裂けても言えんわな。体のいい嘘をつく必要があるが、嘘100%で乗り切れるとは思ってない。
「俺はここに来る前、ジェノと接触した。相手に触れれば心が読み取れる感覚系の意思能力があってな、道中の記憶を読み取った。確か……カグラだったよな。あいつがお前に対して口走った名前のはずだ。他の名前と何が違うのかは詳しく知らん。恐らく、スサノオを取り上げる文献の違いとかなんだろうが、正直、興味はないな」
ジーナが話すのは真実100%。都合の悪い部分は省略し、思ったことを素直に述べた。それに対し、スサノオは押し黙り、広島は数度頷いている。思うところはあったようだが、異を唱える気は失せたらしい。
「ご納得いただけたようだな。そろそろ俺は報告を兼ねて王国に戻る。支援品に希望があるなら聞いてやるが、何か入り用なものはあるか?」
ジーナは最初から一貫して味方のように振る舞い、二人から支援品の要望を聞く。それを頭に叩き込んで、後腐れも滞りもなく、その場に去ろうとした。
そこで聞こえてくるのは、鬼気迫るような足音。地面を両足で交互に踏み込む間隔が徐々に短くなり、急ピッチで接近しているのが伝わった。状況から考えれば、一人しか思い当たらない。あー、よりによって今かよ。
「広島さん! スサノオさん! そいつは敵だ!!」
ジェノは秘めたる真実を明るみにし、ジーナの嘘はめくれた。




