第50話 斥候
「よぉ、お二人さん。見かけない顔だな」
胃液の引いた胃体区を颯爽と歩くジーナは、初対面にしては馴れ馴れしい態度で声をかける。正面に見えているのは、和風っぽい出で立ちの女と男。名前は確か、広島とスサノオだな。ジェノ一行に属し、双方ともに帝国に所縁のある人物だ。スサノオに関しては鬼の器に神が宿り、元々の人格だった明堂閻楽は身を潜めているという設定らしいが、特に混乱はしなかった。
ようは魔獣が人格を乗っ取り、器が引っ込んでるのと同じだ。魔獣と体内で共存する覚醒都市では決して珍しい話じゃなく、一歩間違ったら誰でもそうなる。暴走したら殺処分される決まりで、公にはされてないが、住民は薄々気付いている。スサノオは同じ穴の貉って感じがして、広島よりも親しみを持ちやすい気がした。
「あんたは……確か……」
後ろを振り返り、目を細めるのは女の方。そう言えばこいつとは覚醒都市強襲時に接敵したことがあるんだったか。あん時の記憶は曖昧だが、人づてに聞いた話だとA級戦犯レベルの大やらかしを尻拭いしてくれたのが広島だったはずだ。今思うと二人とも妙な因縁を感じるな。広島は表面的な繋がり、スサノオは内面的な繋がりがあるような気がする。だからなんだって話ではあるが、偶然で片付けるには関連した情報が多すぎた。
「ジーナだ。階級は一般兵。そういえばお前とは、数週間前に少しばかり世話になったんだったか」
特に隠し立てをすることなく、こちらから情報を明かす。それで合点がいったようで、「あぁ、極悪非道の二人組の片割れか」と手で小槌を打つように反応し、スッキリした表情を作っていた。
「じゃあ、敵か?」
それに対し、なんの面識もないスサノオはゾッとするような一言を発する。実際のところ敵なんだが、さすがにこの二人と正面から戦うのは勘弁願いたい。どちらかに触れることさえできればワンチャンあるんだが、一か八かの賭けに出るのは今じゃない。そもそもジェノ一行は、最後に取っておくデザート的な存在であり、ナロト最前線まで生き延びてもらわないと困る。体のいい言い訳を重ねることも考えたが、怪しまれる心配もあるし、ここは……。
「グレーじゃね。白とも言えるし、黒とも言える。あんときはセンスの反転作用が悪さをして、善人を悪人に変えたと判断しとる。今はどっちかと問われれば答えづらいな。精神的なものじゃし、証明のしようがない」
「ややこしいな人間というのは。試せば済むと思うが?」
「壊れたら責任取れるんか? いくら神じゃろうと無益な殺生を行うのはバツが悪かろう? 噂が広まれば、信仰心とやらに響くはずじゃ。今よりも力が弱まってもええんじゃったら止めはせんが、それは本意なんか?」
広島とスサノオは問答を重ね、荒ぶりそうな神が黙々と引き下がっていくのが見えた。想定通りというべきか、任せて正解だったようだな。後は……。
「物分かりがよくて助かるよ。そっちは広島で、そっちはスサノオだよな。噂はかねがね耳にしてる」
「……で、片道切符の修羅場にスーツも無しで何しにきたん」
警戒心が完全に解かれたってわけでもなく、広島は目を細め、服装を凝視してくる。言うまでもなく、白軍の軍服を着ており、『白獅子』産のオーダーメイドスーツは着用していない。真面目に攻略するなら舐めた格好をしており、相応の理由を説明しなければ納得しなさそうだった。
「ちょっくら観光がてらに胃を見て回ろうかと思ってな。もちろん、王国に帰る算段はついてる」
「へぇ、その算段って?」
「それは言えんわな。軍事機密ってやつだ。他に質問はあるか?」
「なんでうちらに話しかけたんじゃ? 仮に白軍の斥候じゃとしたら、遠巻きに眺めるのが鉄則じゃろ?」
「俺はただの一般兵じゃないからな。斥候って見立ては正しいが、自分なりのやり方を貫けるぐらいの融通は利く」
「ロマノフ家のご息女様か。一応の筋は通っとるね」
顎下あたりに手を当て、広島はひとまず納得している。嘘はついてないし、斥候だと認めたのがよかったのかもな。どうなるかは未知数だが、少なくとも敵対する心配はなさそうだった。
「そういうわけだ。早速だが、何か変わったことはなかったか?」
「素直に話すと思う? 敵だった女に」
「情報提供してもらえるなら相応のお返しはする。場合によっては帰る算段について話してやってもいい」
「……それなら」
目に見えた餌をチラつかせ、広島を揺さぶる。反応を見るに都合のいい方向に転びそうだったが、赤を基調とした胃酸用スーツのフード越しに怪訝そうな表情を浮かべる赤髪リーゼントの鬼が嫌でも目に入る。不満が爆発する前に手を打った方がよさそうだな。
「お気に召さないか? 神須佐能袁命様?」
先んじてジーナは、スサノオのご機嫌を伺う。眉をピクリと反応させていたが、沈黙を貫いていた。言いたいことはあるが、言わないって感じだな。なんにしても、先手を打ったことで介入する気は失せたらしい。
「異論は……ないようじゃね。見返りがあるなら、これまでのことを簡潔に話しちゃる。まずは暗黒闘技場の件から話そうか」
信じ込んだ広島は、罠とも知らずにペラペラと過去の出来事を語り出した。
◇◇◇
幽門区にひしめくのは100万の軍勢。ナロトの巨大な胃の中を所狭しと並んでいる。軍人と一般人が入り混じり、比率は3対7。どちらかと言えば、武装している者の方が少数派に位置している。大半は兵力としてカウントされない規模感だった。軍勢同士の衝突を想定するなら朗報と言える情報だが、これは人対人の争いではなく、前提条件がまるっきり異なる。
「あれが全て幽霊ですか。大半が兵卒未満だと侮るわけにはいきませんね」
戦場に降り立つロザリアは心情を端的に述べる。人間でないなら、こちらの戦術や常識が通用しない可能性が高く、感情や痛覚が恐らく存在しないのだから、恐怖を増長させてパニックに陥らせることもできない。むしろ、パニックに陥るのはこちら側で、あの軍勢を見て正気でいられる人の方が少ないだろう。
「なんにしても、わたくしは――」
ロザリアは魔獣化を伴うことなく、戦場を駆ける。行く先は色濃いセンスが放たれている方角。ミーラという攻略者を救うのが目的だった。




