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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第46話 敵か味方か

挿絵(By みてみん)





「…………」


 広島は否応なしに右拳を振るう。その直撃を受け、傍らに倒れ込むのはカンガルー型の魔獣。正直、傷つけとうはなかったが、あの群れに巻き込まれた以上、戦闘は避けられんかった。もちろん、無益な殺生は控えておるが、この先もそれを維持できるかは分からん。場合によっては我儘を言えん状況なのは確かじゃった。


「その型、般若無道流か。確か元々は暗殺拳だったよな」


 向こうも戦闘に一区切りついたのか、同行するスサノオが声をかけてくる。周囲には無数の魔獣が気絶しており、両手を軽くかざしただけで謎の斥力が働き、センスによる爆発を伴うことなく脅威を振り払うことに成功しておった。


「だからなんね。暗殺拳で不殺を貫こうとするのがおかしいとでも?」


「いいや、武の道に進む者は基本リスペクトするようにしている。突き詰めれば神道に通ずるものがあるからな。こちらとしては頭が上がらんというか、俺様を信仰してくれている信者並みに感謝している」


「……型を叩き込まれただけで歴史は詳しく知らんが、般若無道流は神の道理から外れようとした武道じゃぞ。それでも敬意を払えるのか?」


「それは曲解だな。無道という言葉を自分なりに解釈して喋ってるだろお前」


「まぁ、そうかもしれん。何か知っとるの?」


「重要なのは般若という枕詞だ。仏教に通じるのは知ってるな?」


「密教の般若心経が由来じゃろ? それで?」


「その経典の最後には『羯諦ぎゃーてい』という言葉がある。意味は?」


「空の思想。すべてのものは固定された実体を持たない……じゃったか」


「そうだ。人間や魔獣や神や世界を隔てる境目を失くすのが『般若』という枕詞に集約されてると思っていい。そこに『無道』という被枕詞がかかればどうなる?」


 最初はなんでもない雑談に思えたが、ゾワリと全身の鳥肌が立つのを感じる。これは、自分自身の本質に関わる部分。般若無道流を極めるにも避けては通れず、強くなろうとする行為そのものを再定義するような問い。生半可な答えは返せん。曲がりなりにも武道に携わってきた身として、本気で向き合う必要があった。


「ありとあらゆるものの境目がなくなれば……そこに道はない。空に至るプロセスの最終段階を意味しとる言葉であり、人や神の道理に外れる型じゃから『無道』という名がついたわけではない。暗殺拳として仕込まれた技や型が活人拳に移り変わることも想定済み、というわけか」


 広島は己が流派の解釈をあらためる。歴史や成り立ちの説明を省かれたのも、自分で気付くために必要な工程だったと思えてくる。


「ご名答。どうだ? 神の御高説は痛み入るだろ?」


 普段なら鼻につくような上から目線の態度じゃったが、不思議と嫌な気は感じんかった。むしろ心地いいというか、イメージ通りというか。偉ぶった神様というキャラクターの延長線上じゃし、気付きを与えてくれたのが大きいかもしれんな。自分一人じゃったら、気付かず素通りしとったかもしれん。


「運がいいの本質は『気付く力』と耳にしたが、まさにこのことじゃろうな。うちは少しばかりツイとるようじゃ。今の問答だけで数年分の修業期間に換算できるかもしれんのぅ」


「人間に『問いを立てる』のが神様の本業でな。直接的な手助けをすることは少ないが、こうやって気付きを与えてやるのも仕事の一環だ」


 周囲を警戒しつつ、広島とスサノオは胃の最奥に向かい歩みを進める。特に魔獣が襲ってくる気配もなく、しばらくは神との雑談を続けられそうじゃった。


「……ところで、ここには何をしに参った。人間に気付きを与えるためだけってわけでもないんじゃろ?」


「一言で言えば、『出雲神話の復活』だ。闇に葬られた神話体系を明るみにする」


「……? よう分からんが、復活できたらどうなるんじゃ?」


「弱まった出雲系の神にバフがかかる。ひいては天界の勢力図が変わる」


「あぁ、信仰心=神の力じゃったか。今は記紀神話の方が優勢か?」


「だな。個々の力量は抜きにして、信仰心だけで10倍程度の開きがある」


「ようするに、今の実力は10分の1っちゅうわけか。ただ、うちの知る限りではスサノオは記紀神話に属してると思うんじゃが、その辺はどうなっとる?」


「記紀神話のスサノオと、出雲神話のスサノオは同じようで全く違う。俺様はどちらにも対応できるリバーシブル仕様だが、歴史に忘れ去られた出雲の神はそうもいかなくてな」


「落ちぶれた身内を再起させるために頑張りたいっちゅうわけか。気持ちは分からんでもないが、出雲神話が再起したら具体的にどうなるんじゃ?」


 本質に迫る問い立てに対し、スサノオはピタリと足を止める。深刻そうな面持ちを作り、話すかどうかを真剣に悩んでおるように感じた。まぁ、当然と言えば当然か。知り合って数日も経っとらん間柄で、秘めたる計画の全貌を明かせと言っても無理がある。


「……突っ込んだ質問じゃったか。今のは忘れて――」


「文明緑化が始まる。人間が自分勝手に発展させたテクノロジーを無に帰し、環境保全を最優先とする」


 スサノオは覚悟を決めたような表情を作り、根っこが深そうな問題を口にした。人間の立場から考えれば厄介極まりない野望。人間が便利さを求めて築き上げたインフラを一度リセットすると宣言したようなもんじゃった。


「ようするに、力を持った環境活動家集団が誕生するわけか。どっちが善でどっちが悪なんじゃろうね。地球目線で考えたら、あんたらが善でうちらが悪じゃろうし、人間目線で考えたら、うちらが善であんたらが悪に思える」


「敵対、しねぇのか?」


「この問題は根が深い。うちは少なくとも中立じゃね。環境を犠牲にしてきた人間の功罪とも言えるし、人間を代表して敵だと言えるほど面は厚ぅない。正直、実際の活動を見てみんことには敵かどうかの判別はつかんね」


「インフラをことごとく破壊してもか?」


「覚醒都市っちゅう例もある。意思能力者が人類の多数派になれば、文明と緑化の共存も可能だと思うんよ。そこで互いに歩み寄れんなら敵対せざるを得んじゃろうけど、今この場で決められるもんでもないじゃろ? じゃからうちは中立なんじゃ。どのみち、ナロトを攻略せんと未来はないしな」


「やはり……武道に通ずる者は嫌いになれんな」


「ひねくれた言い回しじゃね。好きになってもええんじゃぞ?」


「それは、この旅路次第だな」


 スサノオが目を向けた先には、カバ型の魔獣とキリン型の魔獣。彼の夢の果てを見れるかどうかは、この道中にかかっていると言っても過言ではなかった。


 ◇◇◇


「大事ありませんか? ソーニャ」


「はい、先生。こっちは問題ありません」


 胃体区でやり取りを交わすのは、ロザリアとソーニャ。幽門区を目指し、魔獣の群れの一部と敵対した後だった。お互いに無益な殺生を及ぶことはなく、気絶するに留めている。とはいえ、この先も魔獣に気を遣えるかは分からない。幽門区と思わしき胃の最奥からは並々ならない気配を感じる。仮にそれが強力な魔獣であるなら、死闘は避けられそうもなかった。


「中間地点を作成するにはちょうどいい頃合いかもしれませんね。不測の事態に陥った場合、白軍に協力を要請できる体制を整えても損はしないでしょう」


「うーん、そのことなんですけど……」


「何か不服でも?」


「いえ、そうではなくて、今の白軍は信用しない方がいいような……」


「明確な根拠はありますか?」


「ただの勘というか、影が囁いていると言ったら、怒ります?」


「……分身体と意思疎通は取れないのですか?」


「独創世界を維持するために寝てるから無理なんですよね。分かるのは、ほんのちょっぴり同期してる肌感覚だけなんです」


「確証はないが、中間地点は作りたくないと……」


「あ、えっと、先生がどうしてもやれっていうんだったら、私――」


 質疑応答を重ね、分が悪いと察したのか、ソーニャは早くも折れようとしている。このまま聞き流せば、思いの通りになる。最悪、こちらが幽門区にたどり着けない事態に陥ろうと、布石を残すことができる。ただ……。


「どちらを選ぶにせよ、いっぱしのレディなら毅然としなさい。それでも、『白金の道プラチノヴィー・プーチ』ですか? 弱々しい優柔不断な態度を常日頃から見せていれば、いつか狡賢い輩に付け込まれますよ」


 ロザリアは判断を誘導することなく、ソーニャの自主性を尊重する。あれをやれ、これをやれと、こちらの主観に偏ったアドバイスを送ることは教育と呼ばない。自分と相手は別の人間であり、得意不得意や各種パラメーターが人によって違うのだから、一般論を押し付けても80点で頭打ちする。


 100点から120点を目指すのであれば、オーダーメイドでなければならない。胃酸用のスーツと同じように、体格に沿って生地を合わせ、胃酸が入り込む隙間を作らないことでようやく真価を発揮する。彼女は素材として申し分ないが、布が余って本来の用途から外れたような状態にあった。言われたことを言われた通りにやるのは素晴らしい。とはいえ、それだけをこなす人間が一流になることはない。平均的な人間を作るのであれば一般論だけで事足りるが、それでは個別教育に重きを置く『白金の道プラチノヴィー・プーチ』である意味がなかった。


「だったら、折り合いをつけましょう。中間地点を作って、白軍に現状を報告し、戻ってくるのはいかがでしょうか?」


「もし、白軍が貴方の予想通り黒だとしたら?」


「その時は……戦うまで」


 恐らくソーニャは場の空気を優先した。関係性を保つために自分の判断を犠牲にした。目上の人と接する場合にありがちな光景。この微妙な反応の違いを指導者が気付けなければ、彼女は自分を低く見積もり続け、やがて腐っていく。


「いいえ。私は貴方の判断と直感を信じます。中間地点の作成は白軍の裏が取れるまでやめておきましょう。それまでは――」


 正解と不正解が不確かな場の中で、ロザリアは目上の者として判断を下す。合っているかどうかは先に進まなければ分からない。ただ幸か不幸か、トラブルは向こうからやってきた。


「お前ら、攻略者だな。何も言わずに聞いてくれ、幽門区には100万人の亡霊がいる! 仲間がいるなら助けてくれ!! 俺の仲間が最前線で足止めしてるんだ!!」


 足早に駆けつけた若葉色のスーツを着た冒険者は、こちらの反応を待つことなく語り出す。要点は理解した。これに対し、後はどんな手を打つかだった。

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