第45話 逆巻く運命
「………」
煉獄界の荒野に降り立つのは、灰色のローブを着たエリーゼ。地獄と煉獄は極めて近い場所にあり、人間界に行くための最短ルートだった。数多ある煉獄の門とナロト体内の接続先も概ね把握しており、ジェノと足並みを揃えて攻略に参加するための位置取りは完璧だった。
ただ、こっから先で合流できるかは運ゲーだった。虚大樹によるカンニングは不可能だし、どんなイベントに遭遇するかもランダム。人間界の多世界解釈が単一世界解釈に切り替わった影響で未来は極めて不安定だし、虚大樹であっても読み取ることはできなかった。もちろん、地獄煉獄天国に加えて幽霊などの超次元存在は適用される理が違うから世界改変の影響は受けないわけだけど、だからといって人間界を隅々まで把握できるわけじゃない。
単一世界で発生する分岐イベントは枝分かれせずに織り込まれるのか、はたまた、正史以外の分岐はなかったことにされてしまうのか。メタ的に高い位置から見ていても判別不能だった。全ての視点を見通せるなら答え合わせできるんじゃ? と思われるかもしれないけど、時間軸の管理と時間軸の観測は別の話。虚大樹は電波塔のようなもので、『波』を受信して一括で管理するのには向いている。だけど、高機能なテレビとは違って、表示できる画面は一つまで。その仕様上、未来に干渉する者に『死』を与える能力を自動で発動することは可能でも、分岐が発生した場合にどうなるかを観測するのは手動でチャンネルを合わせる必要があった。
エリーゼはその瞬間を未だ目撃したことがない。山を張ってリーチェやジェノ周りを中心に観測し続けていたものの、世界の核心に迫ることはできなかった。『死の騎士』とは言っても、しょせんは歯車の一部。役職のついた会社員レベルで、歯車を創造した代表取締役社長には程遠い。答えを知る人物に心当たりはあるけど、なんにしても人間界に行かなければ話にならなかった。
「あれは……」
考えを整理する中、視界に入ってきたのは螺旋の鉄塔。ここに来るまでの間に起きたイベントの一つと思われる。並々ならないセンスの残滓が漂っており、世界改変級の何かが起こったのが見て取れた。
「くっそぉ、一大イベントを見逃した。後で配信してくんないかな」
拳を握り込み、悔しさを表現しても、アーカイブを遡ることはできない。自分の目と耳と足と肌感覚で前後を穴埋めするしかなく、これこそが現地で活動する醍醐味だった。
『…………』
そこに響いたのはドシンという足音。振り向いた先には恐竜型の魔獣……ベースはギカノトサウルスっぽい獣脚類が立っていた。中身は見知った人物か、はたまた、赤の他人なのか。判別することはできないけど、行く手を遮るならば、こちらも手を打たないといけなくなる。
「さぁ、久方振りの出番だ。皆さんご唱和あれ! ――色触是空」
突き出したエリーゼの右掌から放たれるのは、黒い右手。敵の顔面にグーパンチを食らわせ、遺憾なく存分に彼女の意思能力を煉獄界に知らしめていた。
◇◇◇
空中に逆さから生える虚大樹の根本に立つのはオタクシア。『死の騎士』の役目を一時的に任され、眼下をじっと見つめている。画面は四つに分割されており、ジェノ、リーチェ、セレーナ、エリーゼの動向を伺っていた。
「これなら暇を持て余すことはなさそうですなぁ」
持っていた白い柄手の短刀をセンスによって可変し、白のリクライニングチェアに変えたオタクシアは、腰を落ち着けて悠々自適に下界を見守る。分割した画面に映し出される人選は今後面白くなりそうな予感と将来性を頼りに山を張ったまでであり、他意はない。他が盛り上がるのであればそれに越したことはなかった。
「さてさて、中でも気になるのは……」
オタクシアは分割された画面の一つを注視する。そこに映し出されるのは、赤髪ツインテールの鬼メイド。地獄送りにされる原因を作った因縁ある相手。もはや、切っても切り離せない仲となっており、期待せずにはいられなかった。
「セレーナ・シーゲル。次代の『支配の騎士』はあなたにお任せしましたぞ」
◇◇◇
逆巻く運命は発動した。時間を巻き戻すことに成功した。ただ、何がどうなってこうなったのか自分にも分かってない。煉獄界でターニャの鉄塔に閉じ込められていたはずなのに、今は別の場所に立っている。都合のいい現実が広がっている。
「どうやら、アタシの言いつけを破ったようねぇ」
胃のような体内で背中を合わせるのは、右肩を負傷しているバグジー・シーゲル。死んだはずのパパだった。周囲には大量の白軍兵の死体が転がり、牛と豹に魔獣化した白軍高官二名が立ち塞がっている。
状況から考えるに、巻き戻った時間を利用して、パパの死を防いだらしい。戦う前からここにいたというよりも、死ぬ寸前にパッと現れて結果だけ書き換えた感じがする。確証はないけど、センスの総量を考えたらそれが妥当かな。時間にして数秒から数十秒だけ遡っただけだろうし、死に至るまでの道中もパパと一緒だったなら燃費が悪すぎるというか、そこまで自分を過大評価してない。
「お叱りは後でいくらでも受ける。それより、やるべきことがあるよね」
セレーナは気付けば右手に握り込んでいた大太刀の感触を確かめ、目線を前に向ける。対面にいるのは赤牛。バグジーの対面にいるのは銀豹。二対二の状況。厳密に言えば、一対一対一対一の構図になっており、あの光景に比べれば極めてフェアな対戦カードになっていた。
「全く……口に減らない子供ね。後で半殺しにしてあげる」
「超望むところ。今のあたしはパパより強い。返り討ちにしてあげる」
互いの瞳には赤いセンスを共に灯し、見るべき相手を見据える。
「「でも、その前に――!!!」」
セレーナは大太刀、バグジーはククリを振るい、第二ラウンドが始まった。




