第44話 休憩
『死んで当然の奴がいたら、助けるかい?』
ジャンク屋のバックヤードで在庫整理する老女マルタは唐突に言った。長い灰色髪に灰色の着物を着ており、体型はふくよか。作業の片手間の雑談といった印象で、そこまで深刻そうな雰囲気には思えない。
『程度によるかな。死んで当然って、どれぐらい悪い奴なの?』
隣で作業する黒髪褐色肌の少年ジェノは肩肘張らずに答えた。黒の作業用エプロンを身に着け、手を止めることなく段ボール箱の中身の検品を行っていた。
『そうだねぇ。殺しを生業としているやつとかはどうだい?』
『殺し屋か……。良いイメージはないけど、総じて悪とは思えない』
『へぇ、例えばどんなケースならあんたの基準でセーフなんだい?』
『死んで当然の奴を殺す人。司法制度で裁けなかった悪人を懲らしめているなら、その人を僕は悪だと思えない』
『場合によっては殺しも正当化されると?』
『そうだね。あくまで僕の主観の話で、他人に強要するつもりはないけど』
質問に対する自分なりの答えと理由を添え、会話に一区切りがついた。今のは仮定の話だし、特に気にすることもなく、ジェノは検品作業を続ける。一方のマルタは作業の手を止め、視線を落としているのが横目で見えた。
『マルタおばさん?』
『もう少し掘り下げようか。殺しを生業とする奴で、女子供も分け隔てなく標的にしていたなら、どうする』
仕切り直すようにマルタは言い、道義的問題を提議する。先ほどとは声音がワントーン下がっており、ただの雑談では済まされない雰囲気があった。場合によっては拳骨かな。まぁ、怒られてもいいや。人の生き死に関わる質問で、その場のしのぎの嘘をついて誤魔化すような人間にはなりたくない。
『相手との関係値による。もし、マルタおばさんが最低最悪の殺し屋だったとしても、助けるもん絶対』
『あたいを引き合いに出すか。そいつは怒るに怒れないねぇ。正しいとも言ってやれないが』
『結局のところ、何が言いたかったの?』
『助ける相手は選びなよ。この世には救いようのない悪もいる』
◇◇◇
どうして今、思い出したんだろうか。特に対人関係でトラブルがあったわけでもないんだけど、何かしらの強いメッセージ性を感じる。不測の事態の前触れなのか、ただの杞憂なのか。なんでもいいやと割り切れるほどの余裕はなく、魔獣の群れからパーティが分断されて早くも数時間が経過しようとしていた。
「……ふぅ。なんとかなった。これで何匹目だろう」
「十匹以降は数えてねぇが、そろそろ合流に本腰入れないと出遅れるぞ」
周囲には無数の魔獣が横たわり、ジェノとカグラは意見を交わし合う。ここまでは群れを避ける影響で、胃体区を大幅に迂回して、内周沿いに進むルートしか残されていなかった。その都合上、恐らく幽門区への合流が大幅に遅れている。他の面々はすでに到着している可能性も高く、待ち時間が長引けば長引くほどに合流を断念される恐れがあった。
ただ正直なところ、先に進んでくれていた方が都合がいい。『波』で見た光景では、幽門区で全員が集合した上でアザミと対峙し、広島が殺されることになった。あくまで可能性の一つであり、確定した未来ってわけでもないんだろうけど、『波』で見た光景から遠ざかるほどに広島が生存する確率が上がると思っている。
カグラに相談したいところだけど、未来に干渉する話題を口にすると多分殺される。何らかの能力を誘発し、死が目前に迫った手前、迂闊に口走ることはできなかった。とはいえ、全く手が打てないわけでもない。
「先を急ぎたいけど、少し休憩しよう。連戦は身体に毒だ」
怪しまれずに進行を遅らせる。それが現在進行形で行っている『波』への間接的な妨害だった。合っているか間違っているかは、幽門区に到達すれば分かること。進行を遅らせてヤキモキさせているカグラには申し訳ないけど、相談できないような呪いがかけられているのだから、こればかりは仕方がなかった。
「仕方ねぇな。……五分だけな。それ以上は待ってやらねぇから」
彼は渋々ながらも了承し、目に届く範囲で距離を取って、少し休憩を挟むことになった。特にこれといってやることはないけど、先のことを考えるなら水分を確保した方がいいかもな。これまではソーニャの影を操る能力で覚醒都市から新鮮な水を取り寄せることが可能だったけど、合流できない前提なら代替案を考えた方がいい。全く見当がつかないというわけでもなく、ナロト体内にはバイカル湖の淡水を運ぶ血管のようなものがあると耳にしており、おおまかな場所を把握しておけば、この先、水分不足に頭を悩ませる必要もなくなるかもしれなかった。
「……あれが、水源かな」
付近を軽く散策していると、胃の内周沿いには水道管のようなパイプめいたものいくつも見えた。恐らくアレを破損させると、そこから水分を確保できるはずだ。衛生的に大丈夫なのか? という疑問もあるけど、結界を容器代わりにして、センスで煮沸すれば飲めるはずだ。管を傷つけてもすぐに傷口は塞がるみたいだし、管の中に結界を生じ、蓋を閉じて取り出せば血が混入することもない。
まぁ、ともかく、物は試しだ。ジェノはセンスを纏わず、軽く跳躍して管に右拳を打ち付ける。ただ、弾力性が強く、ブヨンと弾き返されるだけで管を傷つけることができない。センスを使えば爆発を引き起こすかもしれないし、何らかの創意工夫が必須だった。
「見てな。こいつはこうやるんだよ」
不意に背後から馴染みのある声が聞こえると、ザクリと管に亀裂が入ったのが分かる。そこには板状の結界が刺さっており、爆発を伴うことなく管からシャワーのように淡水が溢れ出していた。
どうやら、攻撃などの動のセンスだと起爆しやすく、結界などの静のセンスだと起爆しにくい仕様みたいだ。今みたいにちょっとした工夫をすれば、センスが扱いにくい環境下でも十分に活用できるらしい。
大変勉強になったけど、気になったのは声の主だ。
「あなたは確か……ジーナさん、でしたよね」
視線の先にはコップ状の結界を二つ展開し、水を汲んでいる白軍女兵士の姿。金色のツンツンとした短い髪が特徴で、男勝りな顔をしているけど、まつ毛が長く目元は女性そのものだ。覚醒都市強襲の一件では浅からぬ因縁があり、ハッキリ言って味方とは思えなかった。
「そんなお前はジェノ・アンダーソン。ここで会ったのも何かの縁だ。過去のいざこざはサッパリ水に流して、雑談でもしないか?」
ジーナは片手で角張った白い結界状のコップを差し出す。言っていることにも一理あるし、魔獣のゴタゴタが続く状況下だと人間同士で争っていられない。アレを受け取れば良好な関係は築けるだろう。仲間に引き入れることができたなら、『波』で見た光景から大きく外れ、広島の死を避けられるかもしれない。
ただ、一つだけ気になることがあった。
「その前に聞いてもいいですか? どうして胃酸用のスーツも着ずに、ここにやってこられたんですか?」
ジーナは白軍の制服を着ているけど、ここじゃあ薄着すぎる。戦闘で破損したようにも見えないし、ここに足を運んだ動機も見えてこなかった。あまりにも不自然すぎる登場で、今までのいざこざを考慮すると無条件に信じるのは難しかった。
「結界でヒョイヒョイっとな。静のセンスが爆発しないのは見たばっかだろ?」
「まぁそれならいけるかもしれませんけど、ここに来た動機は?」
「こっから先は俺の水を受け取ってからだな。水入らずの関係という言葉があるが、語源は他人が口をつけた盃を洗わずに飲める間柄のことを指すらしい。俺から手渡すこいつを口にできたなら盃を交わす……とまではいかないが、一定の信頼関係が築けると思ってる。どうしたいかはお前の自由だが、俺と組めば損はさせないぜ。具体的なことは言えないが、それだけは保証してやる」
軍の機密情報をペラペラと話してくれるわけもなく、ジーナは条件付きでの情報提供を確約している。水を飲むだけでいいなら受けてもいい気もするけど、動機が見えない部分が引っかかる。多分、これ以上深掘りしても答えてくれないだろうし、どうしたもんかな。
『助ける相手は選びなよ。この世には救いようのない悪もいる』
ふと思い返されるのはマルタの言葉。これをきっかけに悪人と見切りをつけるのが早くなり、事情も知らずに敵と決めつけることが多くなった気がする。それがトラブルのもとになり、争いの種になることも多かった。その点に関しては反省している。身の振り方を考えて、今後は相手の事情を知ってから敵対する、みたいな段階的な改善を試みるべきだと思ってる。
でも、言いようのない直感が叫んでいるんだ。
「お断りだ! 俺の中であの時の戦いは終わってない!!」
ジェノは右手を払い、ジーナのコップと差し出した左手に触れる。それが彼女の能力発動の条件。相手の心理を掌握するための触媒となり得た。彼女に流れ込むのは『波』の情報と仲間の存在と幽門区にいるアザミの件。
「お勤めご苦労さん。情報収集の手間が省けて助かったよ」
ジーナはにんまりと笑みを浮かべ、敵対することなくその場を去った。




