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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第39話 白獅子

挿絵(By みてみん)





「できたぞ。最終調整をするから、各自、袖を通せ」


 『仕立屋』の廃墟内から出てきた白獅子は、通った声で言い放つ。不思議と背筋が伸びるような感じがしながらジェノたちは室内に足を運ぶ。五人分のマネキンを覆っていたのは、色とりどりの仕立てられた生地。一見するとただのフード付きローブ服って感じだけど、手や足元までビッチリ生地があり、潜水服のようにも見える。


 言われるがままに、ジェノたちは袖を通し、身の丈に合うように調整。その繊細な作業を白獅子は黙々とこなし、布がほとんど余らないようなウェットスーツじみたピッチリとした仕上がりとなっていた。


「あの……これって、胃酸に潜ることって想定されてます?」


 スーツを着込み、フードを深く被ったジェノは見通しのいい視界から思ったことを素直に尋ねる。潜水服ならフルフェイスマスクと言えばいいのかな、顔全体を覆うようなヘルメットがあり、酸素ボンベから酸素が供給されることで水中での作業が可能となる。見たところ酸素ボンベなんて便利な代物はないし、魔獣の皮が胃酸に強いのは確かだろうけど、布面積的に全身を覆えていない。肩まで浸かる程度の胃酸ならどうにかなりそうだけど、顔まで浸かることになれば生地の隙間から胃酸が入り込み、体が溶けてしまうことになる。そうならないように努力しろってことかもしれないけど、万が一の想定はしておきたかった。


「頭部全体を覆うように結界を張れ。そうすれば、数分ぐらいの酸素を確保したまま潜ることができる。ただ、長時間の作業は不可能だな。酸素ボンベの代わりになる特殊な素材があれば可能かもしれんが、非現実的だ。潜らないで済むならそれに越したことはないわな」


 納得する回答を得られ、ひとまず納得する。当然と言えば当然だけど、スーツは胃酸を突破するために作られたもので、潜る前提で作ってないよな。頭部を覆ってしまうような設計なら酸素供給に問題が出るし、今ある物資で環境に適応するには最も適切な処置に思えた。


「質問がないならさっさと行ってこい。俺は『仕立屋』の看板と共に心中するよ」


 手を払うように白獅子は興味なさげに語る。恐らく、胃低区に訪れた新参者の肩を押すのが彼の役目なんだろう。スーツを作り終えた以上、客と店主としての縁は切れ、今後一生関わることがないような気がした。


 別に特段珍しいことじゃない。人間関係は価値のトレードで成り立つことが多い。需要があって、供給がある。お金を払い、技術や手間を買う。ただ、お金を払えなくなったり、技術を提供できなくなれば、その関係は成立しなくなる。白獅子との関係も似たようなもので、互いに必要としない間柄になっていた。


 でも、それでいいんだろうか。白獅子の本名も知らないし、秘めた実力も分からずじまい。『七聖獣』としての具体的なエピソードも不明のままだし、もっと彼のことを知りたいという自分勝手な欲望があった。それを素直に打ち明けていいものか。彼には彼のやりたいことがあるんだろうし、攻略と仕立は方向性が全く違う。


 いや、待てよ……。


「失礼を承知で言いますが、一緒にナロトの果てを目指しませんか?」


 欲望の赴くままにジェノは身勝手な問いをぶつける。廃墟内の地面に胡坐で座っている白獅子は眉間にシワを寄せ、嫌悪感を露わにしているのが見えた。


「あのなぁ、俺はお前らみたいな右も左も分からん連中にスーツを提供してやるのが仕事なんだ。それに冷や水をぶっかけるようなことを言うな」


 最もな意見だ。彼の発言には筋が通っているし、反論の余地がないように思える。逆鱗に触れれば、『波』で見たように噛み殺されるリスクすらあった。


「店舗拡大が可能だとしたら?」


 それでも好奇心を抑えることができない。思いついたものは言わずにはいられなかった。白獅子の眉がピクリと動き、身を乗り出すような勢いで興味関心が高まっているのが分かる。「……その話、詳しく」と彼は食い気味に言い、『仕立屋』としての欲望を刺激する。目指すはWINWINの関係。互いに利のある形が理想。そのプランは脳内に思い浮かべてある。後は順序良く丁寧に伝えるだけだ。


「では前提知識として、独創世界『永遠王国(ネバーキングダム)』の仕様から説明します」


 ◇◇◇


 『仕立屋』を『永遠王国ネバーキングダム』の領土に加え、白獅子ルスランを仲間に加え、胃低区を後にした。各自は魔獣の生地が使われたスーツを着込み、胃酸が分泌される胃体区に差し掛かる。今のところ水たまり程度の胃酸しかなく、スーツ抜きでも攻略可能なように感じた。


 とはいえ、旅にトラブルはつきものだ。目の前には象型の魔獣が現れ、行く手を遮っている。地形を変化させる能力持ちで、胃体区の仕様と噛み合い、胃酸の底なし沼が辺りにいくつも生じていた。足場が急に胃酸の沼に早変わりする可能性もあり、戦闘の影響次第では奥底にまで沈められるかもしれなかった。


「魔獣の殺生はなし。倒して暗黒闘技場に送るのが理想……だったな」


 一歩前に出たルスランは、堂々とした頼もしい声音で確認を取る。白を基調とした胃酸用スーツを着込んでおり、万が一のことがあっても彼なら対処できるだろうし、実力を知れるいい機会になる。


「お任せできますか?」


「『七聖獣』の名は伊達じゃないということをお見せしよう」


 魔獣化を伴うこともなく、己が身一つで戦闘は開始される。


『――――』


 象型の魔獣はその場で数度足踏みし、地面を揺らす。見たところランダムで地形を変化……というよりも今度は空間湾曲かな。地面が伸びたり縮んだりしているように見え、足場がいつ胃酸の底なし沼に変わってもおかしくない状態。


「……」


 ルスランは大きく跳躍。象型魔獣の正面に一足飛びで向かい、足場を使うことを避けているように見えた。確かにこれなら胃酸を浴びることはないし、地形変化に惑わせる心配もない。でも、嫌な予感がした。もしも、空間湾曲を展開できる範囲が思ったよりも広かったとしたら。


『――――』


 ギラリと眼光を輝かせたように見える象型の魔獣は、さらに大きく足踏みする。と同時に正面に展開されるのは縦方向に引き延ばされた胃酸の沼。一つや二つどころの騒ぎじゃなく、懐に忍び込むことを許さないよう象型の周囲に複数展開している。安易に踏み込めば、沼の中に閉じ込められる。胃酸に耐久力のあるスーツだとしても、長時間潜ることはできない。もちろんそうなれば助けに行くけど、象型の魔獣が健在なら助けに行くこちらも無事で済むはずがない。


 なんにしても、ここからが彼の腕の見せ所だった。正面突破するか、迂回して対応するか、何をするか分からないけど、ここで止まらないからこその『七聖獣』だ。


「……」


 ルスランは頭部に結界を生じ、正面の胃酸の沼に飛び込む決意を固めている。ザブンと音が鳴り、彼は全身が胃酸漬けの状態になり、跳躍した勢いが衰えていた。そこに追い打ちをかけるように象型の魔獣は足踏みを連続して行う。胃酸の沼の空間は湾曲に湾曲を重ね、四方八方を肉壁で覆われた胃酸の檻を完成させる。


 外から中の様子を伺うことはできず、あれだと助けに行くのも難しい。見るからに追い込まれており、咄嗟に身体が前に出ようとしているのを感じた。


「…………」


 隣にいたロザリアは右腕を横に突き出し、無言で制止する。彼に任せておけということだろう。逸る気持ちを抑え、ジェノは行く末をじっと見守った。


「――――――ッッ!!!!」


 その時、肉壁が引き裂かれ、胃酸が周囲に飛び散るのが見えた。そこから溢れ出したのは白色のセンス。起爆するんじゃ……と思ったけど、そうじゃない。胃酸の中ならガスは充満しようがない。一方で相手は。


「…………っっ」


 肉壁を引き裂いた余波は象型の魔獣に到達する。センスによるガス爆発を生み、爆熱と爆風が周囲に煙を撒き散らす。生きているか死んでいるかは不明。ただ結果として、空間湾曲は解除。ルスランは胃酸の沼から解放され、重力に引かれて地面に着地しようとしている。


 勝ったように見えるけど、油断を誘う罠のようにも見える。どちらとも言えない状態が続く中、ルスランの足先は地面に触れようとしていた。


『――――』


 そこに襲い来るのは、今までとは比にならない足踏み、地鳴り。ルスランの周囲が歪んでいるように見え、今度は胃酸の沼を対象にするんじゃなく、ルスラン自身を湾曲させようとしていた。恐らく、伸縮によって身体が破壊されることはないけど、身動きが取れないはず。動こうとしても前に進まないと表現した方が適切かな。引き延ばされた身体は近くにあった胃酸の沼に引きずり込まている。


 恐らく、底に到達した時点で解除。下方向に展開される肉壁なら分厚いし、上部を塞いでしまったら外に出られることはないと判断したんだろう。


 実に合理的だ。


 間違いを修正し、改善を試みる知性がある。魔獣は元人間という説はやっぱり正しいんだろうな。動物と同じとみたら痛い目に遭う。ただ彼は『七聖獣』だ。魔獣や動物よりも劣っているはずがない。


「――――」


 沼の底に到達していたはずの彼は、上部が閉まる前に脱出を果たしていた。移動系の意思能力か? と思ったけど、違う。吸い込まれる直前にセンスの針と糸を飛ばし、安全綱を形成。底に落ちたと同時に巻き取るように設定し、泳ぐという動作を省いて、脱出した。本来ならセンスの針と糸が地面に接触した時点で起爆するはずだけど、大規模な爆発をした後だからガスは薄れていた。小規模のセンスなら起爆しないと読み、設置しておいたんだろう。


 勝負はついてないけど、彼の方が一枚上手のように感じる。戦い慣れているというか、落ち着いているというか。ピッチリしたスーツの性質上、魔獣化はできないというデメリットを抱えたまま、人間力で勝っていた。


 後は……。


「『――――!!!!』」


 二人が行き着く先はフィジカル勝負。象型の魔獣は突進を繰り出し、ルスランは跳躍して、象型魔獣の牙を両手で受け止めている。図体だけで言えば象型魔獣に軍配が上がる。等身大のスケールで対抗するには無理がある。


 ただ彼は手の内を残している。できないのではなく、あえてやらなかったことがある。つまるところそれは……。


「――ッッッッ!!!!!!」


 猛獣の雄たけびが胃体区に響きわたる。彼が作り上げたスーツを破り捨てて、その姿を露わにする。名は白獅子。象型の魔獣は人型のまま獅子となった男に敗れ、デカい図体を地面に倒れ込ませた。

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