第37話 最深部
七つ頭の深層心理にダイブしてからどれぐらいの時間が経ったのか。現実世界だと一瞬か、はたまた、数時間か。精神世界で経過した時間がそのまま適用されることは極めて稀だが、元の世界に戻った時点で魔獣の進行が進み、都市が更地になっている可能性だってあった。
ま、なんにしても、いよいよ本体とご対面だ。ここに来るまでに多少のいざこざはあったが、恐らく話し合いの結果次第で、魔獣の進行を止めるか、激化するかが変わる。外の状況が一切分からないってのが懸念点ではあるが、元帥を含めた最高戦力が対処してるんだ。どうにかなるだろう。
今はただ……。
「――――」
ジーナは目を見開き、七つ頭の魔獣の中身と向き合う覚悟を決める。そこは、なんでもない教室だった。黒板や教卓や机が置かれており、覚醒都市の教育棟と似たような構造と言える。
ぶっちゃけ、舞台はどうだっていい。扉の世界だろうが、鏡の世界だろうが、向き合うべきは一人であり、複雑に考える必要はなかった。
「……」
そこらにあった椅子を掴み、向かい合うように一つの机と相席する。正面にいたのは、金髪団子髪の女性。青を基調とした客室乗務員服を着ており、視線を下に落としている。表情は覗き込まないと見えないが、その姿には見覚えがあった。
「誰かと思えばお前か。名前は確か……エミリア・アーサー」
思い当たるのは、覚醒都市を強襲したテロリストの一人。移動系意思能力でナロト体内に侵入した型破りな女だ。直接的な面識はないが、『神の両手』の素行調査済みであり、直接対峙したセルゲイ大尉からも噂は聞いている。リーチェが率いるパーティに属し、今頃はナロトの最前線を攻略中のはずだが、恐らく彼女はエミリアとは似て非なる存在。
「…………」
それを裏打ちするように、正面にいる女は口を閉ざしている。ここまで侵入を許しておいて往生際が悪いというか、黙っていればどうにかなると思っているように感じた。凡人相手ならそれでもいいんだが、こちとら感覚系能力者なんだよな。
「シカトするのは結構だが、一応言っておく。俺がお前に触れたら一発で心が透ける。自分を守りたいならコミュニケーションを取れ。その気もないなら、遠慮なく触ってやる。どうするかは自由だが、俺のおすすめは後者だな。お前にも話したくない秘密の一つや二つあるんだろう? まずは挨拶と自己紹介から始めようや」
こちらの要望を伝えつつ、できるだけ穏便な対応を心掛けた。逆らえない状況を作り出し、意見を一方的に押しつける構図のようにも思えたが、無言で触って心を覗き見るよりはマシだろう。一応、こちらの手の内を明かした上で相手に選択権を与えているわけだし、フェアっちゃフェアだ。口を開かず、戦闘することも可能なわけだし、間違ったことをしているとは思わなかった。
「……ごきげんよう。わたくしはエミリア。そちらは?」
視線を落としたまま、彼女は指示に従う。メンタル絶不調って感じだったが、コミュニケーションが取れないほど弱ってるわけでもないみたいだった。まだ油断はできないが、幸先のいいスタートを切ったと思っていいだろう。
「俺はジーナ。見た目は男みたいだが、性別は女だ。いちいち言う必要もなかったかもしれないが、異性だと気苦労が絶えないだろうから念のためな」
「……お気遣いどうも」
ひとまず挨拶と自己紹介を終えるが、雰囲気は相変わらず暗い。明るく振る舞えと説教するつもりはないが、打ち解けるにはそれなりの時間がかかりそうだ。
「よし、これでひとまず対等だな。反則技とプライベートな部分抜きで大人の話し合いといこう。早速、質問させてもらうが、どうしてお前たちは覚醒都市を襲った? きちんとした理由があるならお聞かせ願いたいね」
「逆にお尋ねしますが、魔獣を食らうのはなぜ?」
すんなり動機を聞き出せるって展開にはならず、エミリアは覚醒都市民なら誰しもが心当たりのある話題を切り出していた。罪悪感を刺激され、胸の奥が疼くような感じがしたが、当事者である以上、スルーするわけにはいかなかった。
「生きるためだ。魔獣を食べなきゃ、俺たちは死んでた」
「あなたたちがいなければ、わたくしたちは生きていた」
こちらの発言にかぶせるような形でエミリアは本心を告げる。落としていた視線は上がり、碧眼には確かな怒りを込めて、こちらを睨みつけていた。もはや、確認を取るまでもない。エミリアを含めた魔獣たちの動機は明らかだ。
「それが都市を襲った理由か」
殺されたから、殺し返す。至極真っ当な行動原理。相手と同じ立場だったなら、自分も似たような選択肢を取っていたかもしれない。
「話し合いは以上。どこまでいっても、わたくしたちは相容れない」
エミリアは席から立ち上がり、青色のセンスを纏って身構える。確かに、この問題は根深い。都市民が魔獣を食べてきた歴史を変えることはできず、魔獣側の怒りが収まることはないだろう。これは、人間と魔獣、どちらの種が生き残るかの戦いだ。話し合いで解決できる段階をとっくに過ぎており、他の魔獣も似たような動機を抱えていると思っていい。
勝てるかどうかは抜きにして、エミリアを倒すことができれば、表面的な問題は解決する。他の三匹に元帥たちが後れを取るとは思えないし、魔獣を追い払って都市は存続するだろう。
ただ……本当にそれでいいのか?
今までとなんら変わらない短絡的な結末だ。魔獣は家畜と同じなんだから殺して、食べればいい。生きるために必要なのだから仕方がない。一見、どうしようもないように思えるが、世間の波に流されるのは思考停止もいいところだった。
「待てよ。今まではそうかもしれないが、これからは違うだろ」
「……というと?」
「王国は魔獣を食さずとも回ってる。独創世界さえ崩壊しなければ、魔獣に手を出すことはない。もちろん、ナロト攻略組は話は別だがな」
「王国に属する者は魔獣の殺生を今後一切行わないから見逃せと?」
「まぁ、そんなところだ。一応、俺はロマノフ家だし、それなりの発言権はある。それに、王国を破壊すれば、お前ら目線だと本末転倒だろ。魔獣の安寧を望んでいるのに、攻略組+王国民を相手取ることになり、まず間違いなく大規模な戦争が起こる。その引き金を引くことになるんだぞ。それでもいいのか?」
「それは……」
「決めるのはあんただ。好きにしていい。ただ、身内に手を出されたら黙っていられないのはこっちも同じでな。敵対するんだったら覚悟しろよ。王国民25万人が総出で魔獣を駆除する。煉獄界の領土を占領し、王国の管理下に置く。それでも構わないなら受けて立つ。人間が勝つか、魔獣が勝つか、白黒ハッキリつけようや」
提示するのは単純な二択。どちらを選ぼうとも腹は決まってる。意見を曲げるつもりはないし、協調路線に出るなら身分を活かしてやれることは全部やる。正直、どっちに転ぶか全く読めないが、二択のどちらかを選んで終わり、という安易な結末を選ばないような気がしていた。
「王国と協定を結んでも構いませんが、一つ条件があります」
「……なんだ?」
「ナロト攻略組を一人残さず抹殺すること。それが手打ちの条件です」




