第36話 答え合わせ
七つ頭の魔獣の深層心理の中にある扉の世界の先にあった鏡の世界の城前。自分で言っていても頭が痛くなりそうだが、事実なんだから仕方がない。それよか重要なのは、これから行われる一種の答え合わせってやつだ。
「そうだろ? メリッサ」
ジーナは数段飛ばしで結論を述べる。認めるか認めないかは自由だが、こう見えても感覚系だ。嘘をついたら一発で見抜ける自信があった。
「……そう思った理由は?」
思った通りと言うべきか、ローラは簡単に認めない。まぁ、途中式なしの答えだけ正しい答案用紙にはペケをつけるわな。何も言及しなければ、とぼけるだけだろうし、仕方ないから付き合ってやるか。
「第一、身体的特徴。第二、糸と影の能力。第三、鏡の世界。この三本の矢でお前を論破してやることが可能だが、詳細な説明をご所望か?」
「最初の二つはいらなぁい。全部、鏡の中だからって理由で説明可能だから」
「聞きたいのは第三か。答えてやってもいいが、タダってのは癪だな。当たったら褒美は出るんだろうな?」
「深層心理の最深部にごあんなぁい。耳から手が出そうでしょ?」
「それを言うなら喉から……いや、控えめにした表現としては妥当か」
「小言はいいから、さっさと本題に入ってもらえるぅ?」
「それもそうだな。早速、真相に迫りたいところだが、その前に前提知識を共有しておく必要がある」
「んぅ? 『拡散反射』と『鏡面反射』の違いでも説明するつもり?」
「いいや、『波』と『粒子』についてだ」
◇◇◇
説明は終わった。実例を交え、シュレーディンガー方程式とコペンハーゲン解釈について教え、足並みは揃ったことになる。
「それでぇ? 『鏡の世界』と『メリッサ』にどう紐づくのぉ?」
舞台は移動しており、王族の居室めいた場所で丸テーブルを挟んで互いに椅子に座り、ローラはどこからともなく出現させたティーポットからティーカップに紅茶を注ぎ、流れるような動作で午後のひと時を堪能していた。
「鏡は光を反射する。それは大抵の奴が知ってることだと思うが、あくまで外の世界の話だろ? 鏡の中だと物理法則が異なる」
「……つまりぃ?」
「ここは、『粒子』を『波』に拡散する性質があると読んでいる」
その言葉を受け、ローラは口元に寄せていたティーカップをピタリと止めた。知っていたのかどうか分からんが、少なくとも、心当たりがあったという印象だ。
「面白い仮説だけどぉ、それと『メリッサ』とどういう関係が?」
「ここには恐らく、『もしも』の世界が無限に広がっている。外の世界で本来なら枝分かれすべき時間軸がここに全て内包されている。お前はその一部だ。題名はそうだな……『もしも』、メリッサが鏡の魔女になったとしたら」
「ようするにワタシは、『波』の中で揺蕩う想像上の存在ってことぉ?」
「恐らくな。本物とは別の時間軸で生きてるんだから、辻褄が合わなくてもいい。可能性として存在するなら全てが再現可能になる。それが鏡の世界だ」
「だったら、元ネタが『メリッサ』じゃなくてもよくなぁい? たまたま紫色の髪と容姿が似ていて、たまたま糸と影の能力を使ってただけかもしれない。視野が狭すぎるというかぁ、結論付けるには時期尚早というかぁ。遠慮なく言うなら、浅い」
「確かに仮説の域を出ないし、明確な根拠は今のところない。他人の空似かもしれないし、お前の元ネタは『メリッサ』と別でいるのかもしれない。……ただ、肝心なことを忘れてはいないか?」
「何を?」
「俺は真偽を証明する手段を持っている。白黒ハッキリつけたいなら触らせろ」
思い返されるのは、ローラが近距離戦を避けた一連の光景。感覚系の能力者ということは察しがついていたはずで、脅しやハッタリじゃないことぐらい分かるはずだ。
「あぁ……そういうこと。あなたの能力は触れなければ分からないのねぇ」
ローラの声のトーンが一段階落ちる。持っていたティーカップをソーサーの上に置いて立ち上がり、身には紫色のセンスを纏って臨戦態勢に入っていた。
やらかした。なんで何も疑わずにここまでついてきた。城内は間違いなく奴のテリトリーだ。どんな不運が襲い掛かってきても文句は言えず、感覚系の有効範囲が完璧に伝わってしまった以上、対処するのはそこまで難しくないはずだ。
「結局、そういう運命かよ。こっちとしては、タダでやられてやるわけにはいかんわな」
ジーナも立ち上がり、白色のセンスを纏い、拳を構える。触れれば有利なことに変わりはない。近付くまで苦労するだろうが、勝機が全くないわけじゃなかった。
「早とちりねぇ。最深部に通してあげるって言ってるのよぉ」
ただ、ローラは壁際にあった鏡に手を触れ、表面は水面のように波立った。どうやら一連の回答がお気に召したらしい。
「おいおい、『メリッサ』かどうかの種明かしはなしか?」
「どっちでもいいじゃないそんなの。用があるのはこっちでしょぉ?」
「まぁ、そうだが、いまいち釈然としないな」
「いつか明かしてあげるわぁ。今はその時じゃないってだけ」
「……そういうことにしといてやるか。じゃあな、ローラ。お前と過ごした時間、悪くはなかったぜ」
早々に会話を終え、ジーナは振り返ることなく鏡の中へと飛び込んだ。ローラは七つ頭の魔獣の深層心理が生み出した産物なのか、実際に存在するのかは不明だが、なんとなくいつの日か会える気がしていた。
「……じゃあねぇ、『波』の狭間でまた会いましょう」




