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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第35話 深層心理

挿絵(By みてみん)





 水没した扉の世界から逃げ出した先、そこに広がっていたのは庭園だった。天気は快晴、芝生の手入れは行き届き、整備された歩行用の道路は奥へ奥へと続いている。吸い寄せられるように視線は道路の果てに誘導され、そこに見えたのは左右対称構造が印象に残る豪華絢爛な城。確かあれは、17世紀頃にクソほど流行ったヨーロッパの建築様式のはずだ。20世紀に起こったロシア内戦より前の代物だから、大図書館がどうとか『神の両手(ルカ)』による情報収集がどうとかを抜きにして、一般教養レベルで知っているものだった。


 ようするに、白軍がナロトに取り込まれる前に存在した建造物ってことになる。いつの時代のどの場所かまでは特定不能だが、あのディテールのこだわり具合からして現実世界に実在する城で間違いないだろう。


 状況から考えて、扉の世界は突破できたと思ってよさそうだが、それで心を開いてくれるほど気さくな人柄でもないようだ。


「……」


 ジーナは芝生間に舗装された道路を歩き、周囲を十分に警戒しながら、城を目指す。どうせまた謎解きの時間だろう。何度繰り返せばいいか分からないが、扉の世界と似たようなパターンで正解を引き続ければ深層心理にたどり着くはずだ。


 まぁ、なんにしても、相手の精神状態はすこぶる悪い。城を隅々まで見て回るまでもなく、扉の世界だけ見ても気難しい性格なのは明らかだ。人を全く信用していないというか、遠ざけるために扉を作ったというか、どの扉を選んでもアウトだったというか……。ハッキリと断定はできないが、安易な答えに飛びつこうとする輩を拒絶したいという過激な思想が、あの水責めを起こしたと考えられる。


 経験上、さっきみたいなトラウマを一つ突破すれば、大抵の場合は深層心理にたどり着く。その時点で気を許してもらってることも多く、大人の話し合いに移行できるんだが、相手の精神的なガードは堅い。心を許すハードルが高いと言い換えてもいいか。生半可な気持ちで深入りしようとすれば、こっちがやられるな。


 考えを整理していると、たどり着いたのは城の前。正面には地上階に通じる扉、左右には階段が設置され、そこから一階の大広間に移動できるはずだ。


 正面か、上か。


 地上階は基本的に使用人たちが使う空間で、城の主や賓客は通らない。一方の大広間は賓客を通すために作られた空間で、正規ルートとも言える。城に招かれたゲストという自覚があり、礼節を重んじるなら上を選ぶのが丸い。


 ただ、相手の性格を考えれば、安易な選択肢に飛びつくのは考えものだ。扉の世界の結果を考慮するなら、正面に進むのが無難なように思える。


 いや、そう思わせて、どちらも不正解ってのもあり得るな。どちらも扉を開いて先に進むって構造は変わらず、その行為を毛嫌いしているのは見て取れたから、城の外に出るって選択肢も取れる。その一方で、複雑な精神の持ち主が一貫した答えを求めるのかって疑問もある。


 あー、深読みし過ぎて、こっちがまいっちまう。どうせ長々と考えていたら、鬼気迫る状況になるんだろうし、早めに答えを出さないとな。


「……?」


 ぐるぐると思考を回す中、目に入ったのは地上階に設置された時計。時針と分針は12時ちょうどを指し示しており、従来の仕様通りなら完璧な左右対称が保たれているはずなんだが、目に見えた違和感があった。


「数字が逆さだと……? ここって、もしかして――」


 背筋がゾワッとしたのを感じ、ジーナは反射的に後ろを振り返る。幽霊がいるかもしれないなんて子供並みの浅い発想だったが、予感はある意味で的中した。


「はぁい、侵入者さん。鏡の世界をご案内!!!」


 甘ったるい声音と共に振るわれたのは右拳。容姿を確認する余裕もなく、ジーナは両手の掌を胸前で重ねるように突き出し、理不尽な暴力を受け止めようとする。予期せぬ不運のように思えたが、これはチャンスだ。拳を交えれば、相手に触れることとなり、拳を振るってきた相手の人となりが分かる。精神的に入り組んだ構造上、七つ頭の魔獣の正体である可能性は低いが、身内の可能性は高い。身内を知ることができれば、間接的に七つ頭の魔獣を知れることになり、外堀を埋めていくような形で中身が浮き彫りになるような気がしていた。


「おっとぉ。いやらしい目つき。下心がアリアリねぇ」


 表情から心情を読み取られたのか、拳がピタリと止まり、彼女は後方に距離を取った。そこでようやく容姿が目に入る。紫を基調とした服装で、とんがり帽子にローブ服を着た若い魔女がそこにはいた。毛先が丸まった長い髪も紫色で、モデル並みの高身長でスタイルもいいが、胸だけ小さいというのが特徴だった。魔女っぽい服装の割に杖や魔術書めいた装備はなく、いきなり殴ってきたことを考えるに、接近戦が主体のスタイルだと予想できる。鏡の世界と口走ったことから、ここの番人的な役割と見ていいだろう。


「お前、名前は?」


「ローラよぉ、そっちは?」


「ジーナだ。そういうわけだから通してくれ」


「そういうわけってどういうわけよぉ。自分の立場はご存じぃ?」


「侵入者なんだろ。それでお前は心を守る警備員ってところだ」


「そこまで分かっていて通すと思う?」


「通すも通さないも自由だが、俺に触れられたら困るんだろ? それでどうやって警備する」


「こうやってよぉ!!!」


 短いやり取りを重ね、ローラは爪を立てるように右手を振るう。当然、物理的に距離があり、手が届くわけがないが、意思能力戦では別物だ。


「――――」


 ジーナは地面を蹴りつけ、左方向に回避。元いた地面には鋭利な爪痕が残っていた。センスを目に見えないレベルまで細め、それを放ったようにも見えるが、どうも既視感がある。『神の両手(ルカ)』で確認した情報の中で思い当たる節があった。ただ、決め手に欠ける。絶対とは言い切れず、根拠に乏しい。


「ちょこまかと動くのは得意なようねぇ。……でも、これなら、どぉ!!」


 ローラは地面を左手に置き、別種の能力を発動する。地上階の庇にあった影が見る見ると伸び、手の形状となってこちらを捕縛しようと迫っている。物理的に対処することは可能だ。戦闘に持ち込んで、真面目に倒すことも視野に入っている。


 ただどっちかっつうと、肉弾戦より心理戦が得意なんだよな。


「ローラは偽名だな」


 確信じみた問いかけに対し、伸びる影の勢いが弱まる。背後まで迫ってきているが、さっきと比べて脅威に感じられない。ただ、宙ぶらりんの内容に対し、ローラは肯定も否定もできず、攻めようとも攻められない中途半端な状態でいる。合っていると言っているようなもんだが、答えを言い当てられるまではどちらにも踏ん切りをつけられずにいるんだろう。


 その間にも影の手が伸びる。身体に触れる。弱々しく巻き付く。束縛というより、抱擁という感覚に近く、ローラは見るからに手心を加えている。生温い戦闘を終わらせてやるためにも明確な答えをくれてやる必要がある。


 直接的な面識があるわけじゃないが、頭の中には候補が浮かぶ。覚醒都市に侵入したテロリストたちの素行調査に彼女は引っかかった。相手に触れるまでもなく、周辺情報から外堀を埋めることで正体に行き着いた。


「そうだろ? メリッサ」

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