第33話 セレーナ対支配の騎士
「強奪スラッシュぅ? オタクが付けた名にしては超安っぽい」
対面するのは小刀を構える支配の騎士と、もう一人のセルゲイ大尉。ややこしいから彼をセルゲイ2としよう。アレらと戦う結末は変わらないけど、あの能力を見てしまった以上、迂闊には近付けない。だから今は思考を整理し、策を練るための時間稼ぎが必要だった。
「拙者はオタクとしての側面と、支配の騎士の側面、この二つを持ち合わせておりますな。前者であれば常套句を避けた凝りに凝ったネーミングをつけるでしょうが、後者の場合は違う」
「シンプルな方が『支配』との結びつきが強い」
「……というと?」
「七つの大罪とかもそうだけど、神話関係のネーミングは基本凝ってない。嫉妬とか強欲とか、そのまんまじゃん。誰が名付けたのかという根本的な疑問は置いといて、当時はそれで良かった。昨今は創作物が世にあふれ返ってるせいで頻出するワードに飽き飽きした読者や視聴者に合わせて、凝ったネーミングをつける必要があった。ようするに、使い分けてるんでしょ。オタクっぽい能力を使う場合は凝ったネーミング。支配の騎士としての能力を使う場合はシンプルなネーミングってところ」
「ふむ。及第点ぐらいは上げてもよいでしょうな」
「ふーん、超ムカつく。今の説明の何が足りてないっていうの」
「じきに証明して差し上げますぞ。幾多の剣戟の果てに!」
会話はそこで終了し、支配の騎士はセルゲイ2と共に迫り来る。種が割れてない頃に比べたら幾分かやりやすいけど、厄介なことに変わりはない。接近戦は明らかに不利というか、あの短刀が身に触れた時点で二分割される可能性が高い。
だったら……。
「――――!!!!」
セレーナは目を見開き、魔眼の力を遺憾なく発揮する。赤い光子の集合体を真正面に放出し、射線上には敵二人がいた。直撃すればまず間違いなくノックアウトできるだけの出力で放っており、これで消え去ってくれるなら楽でいい。
「――死の鎧」
ただ、セルゲイ2は反射装甲を展開し、放った光子をこちらに跳ね返そうとしていた。出力を高めれば装甲を突破できるのは証明済みだけど、それには相応の時間が必要。前回は入射角の関係で光子が跳ね返ってくることはなかったから気にしなくても良かったけど、今回に関しては対処しなければこっちが消え去る。
「――死の鎧」
そこに味方であるセルゲイが横から入り込み、現在進行形で放出される光子と反射される光子をそれぞれ斜め方向に反射している。おかげで自傷ダメージを負うことはなかったものの、彼らに致命傷を与えることはできなかった。
ここからが本番だと言ってもいい。敵は今頃、姿をくらましているだろうし、いかに距離を詰めようと頭をひねらせているはず。そこにさっきの問答が乗っかってくるんだろうけど、教えられるよりも先に答えを導き出さないと勝機はない。
(シンプルにした理由か……)
すぐにでも動き出した方がいい状況でありながら、セレーナは一歩立ち止まる。ギリギリ赤点を回避した程度の答案を思い返す。たぶん、前提は間違ってない。『支配』の能力を最大化するために名称をシンプルにした。恐らく途中式が間違ってる。
「強奪――」
時間が止まってくれることはなく、突如として現れた支配の騎士は後方から短刀の刃を逆袈裟懸けに振るっている。大太刀で対処することは可能。むしろ相手は剣戟を望んでいるように見えた。
なぜ。
言葉の綾だという可能性も捨てきれないけど、どうも引っかかる。明確な根拠はないけど、捨て置くべきではないと直感が言っている。ただ、考える時間は残されておらず、短刀の刃は右脇腹に迫っていた。
「…………」
セレーナはあえて何もしなかった。センスを解き、大太刀で対処することもなく、刃をその身に受けた。本来なら致命傷を負う。二分割されたセレーナ2を生み出される方がまだマシで、自殺行為でしかなかった。
「……」
しかし、刃は通り過ぎる。右脇腹に触れたにもかかわらず、肌を切り裂くことはなかった。答え合わせだけが先に終わる。ここからは途中式を埋める時間。
「『支配』の本質は、あらかじめ予想しておいた行動に導くこと。それを前もって開示しておく必要はなく、あんたの脳内で完結している。ルーレットで言うイーブンマネーベットのようなもんね。赤か黒か、前半か後半か、奇数か偶数か、どれを選ぶにしても、あんたは事前にベッドしていた。当たれば『支配』、外れれば『不運』が訪れる。名称は強奪スラッシュでも頂スラッシュでもなんでもよく、あんたがベッドしたと思われる『剣戟』を悟らせないためのノイズ。それにまんまとハマっていれば、二分割されたセレーナ2の出来上がり。上乗せ二倍の特化ゾーンに移行した」
後方に距離を取った支配の騎士の表情に余裕が消える。正解と物語っているようなものだけど、考察はまだ終わってない。
「でも、そうはならなかった。あんたの予想は外れた。斬撃はノーダメで終わった。ただ、それだとリスクとリターンが合ってない。取るに足らない一般人を相手にしているならペナルティも安く済むだろうけど、相手にしているのは、このセレーナ・シーゲル。並みの使い手じゃないし、こう見えても一度、世界を救った」
「……つまり?」
「ベッド額は相手の力量に応じて上がる。勝てればいいけど、負ければ」
セレーナの声に従い、支配の騎士の背後に現れたのは黒い手。ガシリと彼の身体を掴み、身動きを取れなくしていた。答えは出ているようなものだけど、ここで止めるのはどうも締まりが悪い。せっかくだから最後まで言ってあげよう。
「取り立てが行われる。賭けたのはあんたの命だったようね」
支配の騎士は異空間に引きずり込まれ、周囲の魔境は荒野に変わった。
◇◇◇
地獄の空の果て。天から逆さに生える『虚大樹』の根っこに立っているのは、灰色のローブ着た少女エリーゼと、オタクっぽい恰好をした男性オタクシアだった。
「ここに呼ばれた意味は分かる?」
呼び出した張本人であるエリーゼは、静かに問いかける。
「ええ。はっちゃけすぎた罰と言ったところでしょうな」
意気消沈といった様子のオタクシアは黒い手に拘束された状態で、視線を落としている。状況を分かっているなら言うことは少ない。長々と説教をするつもりはなく、短く端的に結論を述べるまでだった。
「一世紀ほど留守番は任せた。その間は死の騎士の代行もよろしく!」
そう言ってエリーゼは、眼下に広がる虚大樹に飛び込む。選び取ったのはズバ抜けてぶっとい一本の枝。選択による分岐を禁じられた変わった世界だった。




