第30話 最高戦力
王国に侵入した四匹の魔獣は、突如として姿を消した。爆縮意思弾によって木っ端微塵になったと思いたいけど、ここは生と死が曖昧な世界だ。倒すことは可能でも、殺すことはできない。だから、どこかにいるはずなんだ。今の一撃で脅威が去ったと思うのはあまりにも都合がよすぎるというか、率直に言えば嫌な予感がした。
「……っっ!!?」
その時、都市方面から突如として地鳴りがした。ジーノは反射的に振り返り、音がした付近を観察する。真っ先に目に入ったのは、遥か上空にいる亀型の魔獣。くるりと回転し、背中の甲羅をビル屋上に押し付けようとしている光景。恐らく、四匹の魔獣のうちの誰かが移動系意思能力を有していたのは間違いなく、爆縮が臨界点に到達する前に能力を発動して離脱、四匹の魔獣は散り散りになった都市の破壊活動を開始したと見るべきだろう。今からどうあがこうと間に合わない。被害に遭った住民が殺されることはないにしても、住処を奪われるのは防ぎようがなかった。
しかし、ビルの倒壊は始まらない。先ほどの地鳴りは亀型の魔獣以外にも要因があったと遅れて気付く。その判断を裏打ちするのは、ビル屋上付近を照らす黒き光柱。あの色味、あれほどの量と質を維持できるのは、数多くの意思能力者を輩出した覚醒都市と言えど、一人しか思い当たらない。
「ドミトリー・クズネツォフ……」
◇◇◇
「やらせると思うかね。愚鈍な魔獣如きに」
ビル屋上にいるドミトリーは右手を上げ、迫り来る甲羅を軽々しく受け止めている。コミュニケーションが成り立たないのは知っている。言ったところで意味がないのは分かっている。だが、言わずにはいられない。これは彼らへの宣戦布告だ。
時を同じくして、周囲には白、赤、青の光柱が立ち昇る。防衛線を突破されれば、魔獣は散り散りになると読み、そのために配置した人員が各個撃破すべく無言の狼煙を上げる。ここまでは概ね予定通り、問題はここからだ。
◇◇◇
覚醒都市北端には『煉獄の門』が存在している。三重の結界と三重の検問によって厳しく出入りを制限する場所だが、そこに突如として現れた存在がいた。
「よぉ、また会ったな七つ頭。お加減はどうだ?」
ジーナは門前で両腕を組んで仁王立ちし、白いセンスを全身に滾らせながら再び相まみえた因縁の相手を出迎える。そこにおわすは七つ頭七つ角七つ目の魔獣。青いセンスを薄っすら纏っており、意思能力を発動させたと思わしき残滓を感じ取ることができた。直接、あいつの体を手で触れることができれば、敵の正体と能力を把握することが可能になるだろう。あんときは頭に血が上って倒すことばかり考えていたが、今は違う。元帥を含めた白軍の最高戦力が味方に付いたことで、やるべきことは明確になり、この上なく頭は冴えていた。
『『『『『『『――――――ッッッ!!!!』』』』』』』
七つ頭の魔獣は同時に吠える。耳を塞ぎたくなるような咆哮を上げる。魔獣に言葉が通じないってのは言わずと知れた常識だ。あながち間違っていないが、何事にも例外があることをジーナは知っている。
『ある能力者を捜して欲しい。……もちろん、逆らうのであれば死んでもらう』
脳裏に蘇るのは蜥蜴型の魔獣。明確な意図を持って接し、能動的に行動を起こすことができる外れ値的な存在だった。
◇◇◇
ナロト。大量の煉獄の門を体内に内包する巨大生物の名前だ。バイカル湖に生息し、普段は深海に身を潜めている。なぜ、その状態で体内に十分な酸素が供給されているのかという疑問があったが、攻略を進めていく上で答えは自ずと明らかになった。現実世界の生態系には存在しない特殊な臓器によって、淡水に含まれる酸素を抽出し、体内の隅々に渡って供給しているのが理解できた。
ただ、あまりにも都合がよすぎる。便利な巨大生物にタダ乗りする人間というよりも、深海で活動するために人間が作り出した潜水艦の方がしっくりくる。機械的な要素があれば一発で判別がつくが、いまいち尻尾を掴み切れない。この仮説が間違っている可能性もあるが、歩みを進めれば進めるほど疑惑は確信に変わっていく。
その物的証拠となったのは、腸に埋め込まれた一枚の壁画。上方にバイカル湖、中央に深海を泳ぐナロト、それに加えて下方の海底には都市が描かれていた。
「地底帝国……。黒幕は地底人か」
蜥蜴型の魔獣は尻尾を地面に打ち付け、端的に結論を述べた。
◇◇◇
「白軍の標準装備である小銃M1891A3。それを誰が配給しているか、ご存じか?」
今や覚醒都市の観光名所となった『螺旋の塔』を背景に、白軍中将ダニールは上から目線で言い放つ。コミュニケーションを成立させる気は毛頭なく、眼前には黒い体毛の狼型の魔獣が牙を剥き出しにし、敵意を露わにしている。
一方的なやり取りの果てに、背後にはボルトアクション式小銃が複数生成され、横並びに展開し、宙に浮かんでいる。それぞれの遊底が独りでに動き出し、ガチャリと音を立て、初弾が薬室に装填される音がした。
ここまでくれば、戯言も説明も不要。
「ダニール・カラシニコフの妙技。その身をもって体感するといい!!」
◇◇◇
都市東部の臓物庫前で対敵するのは、白い体毛をした熊型の魔獣。特に珍しいタイプでもなければ、何らかの神話に結びついているものでもない。言ってしまえば、外れだ。自然界の動物をベースにした存在なんぞに後れを取るわけがなく、図体が多少デカかろうが、力比べでは負ける要素がなかった。
「『――!!!』」
白軍大将ボリスは真正面に突進し、両手を前に突き出した。熊型の魔獣も似たような動作で応じ、互いの両手をグッと握り込み、取っ組み合い状態になる。ズシリとした重みを感じ、それに耐えきれなかった地面のコンクリートに亀裂が走るのが横目で見えた。
認めよう。確かに膂力だけは大したものだ。魔獣の肉体と熊の性質が合わされば、フィジカル面に関しては群を抜いている。
問題は……それを操る者の知能だ。
『――ッッ!!?』
熊型の魔獣は体勢を崩し、地面に顔を打ち付けている。奴は種を理解できない。動物の本能のみで戦うのであれば、我々が後れを取ることはない。
「『顛牛』と呼ばれる所以。お分かりいただけたか、図体ばかりのクマ!」




