第29話 新技
今の自分の実力はどの程度なんだろうか。直接対決で完膚なきまでに負けた広島より上はないとしても、初等教育課程の一般生徒より下はない。少なくとも、その振れ幅のどこかに自分が収まるはずなんだけど、実力を正しく見極めるにはボーダーラインを設定するのが重要だ。強すぎず、弱すぎない実力者。自分の実力を段階的に引き上げるための指標。適切な人選は自ずと浮かんだ。
「目標はセルゲイ大尉かな。実力が伴えば、君たち如きに後れは取らないよ」
ジーノは覚醒都市を代表して、宣戦布告する。目の前には七つ頭の魔獣がおり、背後には狼型、熊型、亀型の魔獣が控えている。『煉獄の門』が併設されている都市やナロト体内では日常茶飯事の出来事だ。幾度の襲撃を退いてきたからこそ、覚醒都市の文明は発展した。独創世界によって新時代に突入しつつある故郷を、こんな得体の知れないやつらに踏みにじらせるわけにはいかない。
『――――』
そこで七つ頭の魔獣が行動を開始する。芸のない突進を繰り出し、数メートル級の体格差を活かした単純なフィジカル勝負に持ち込もうとしている。
「奇遇だね。僕も今の力量がどの程度か、試したかったんだよね!!」
白色のセンスを纏い、両腕を前に突き出したジーノは、真正面から突進を受け止める。魔獣化を伴うことはなく、平均的な少年の体躯とセンスのみで対抗する。魔獣の頭部とジーノの両手で衝突し、白い閃光が迸った。
「……っっ」
靴裏が地面を滑走し、力負けしているのが物理現象として現れている。当然と言えば当然だ。肉体の強度も膂力もあちらが上。ビル群が形成される都心には少し距離があるけど、このままいけば住民に被害が及ぶのは時間の問題だ。
魔獣化すれば幾分かマシになるだろう。ただ、安易に自分以外の力に頼るようになれば成長は頭打ちだ。ここぞとばかりの場面で使うべきであり、何も考えずに乱用するようになれば、地力が育たない。『お前は魔獣化しなければ使えない人間だ』と自分に向けて言っているの同じであり、それを繰り返せば性根が腐ってしまうような気がした。
だから……。
「はぁぁぁあああああっ!!!」
こだわりを貫くために全力を尽くす。ジーノは右足を蹴り上げ、体格差が数倍ある相手を宙に浮かせた。七つ頭の魔獣は無防備な姿を晒しており、それをフォローするような形で後ろに控える三頭の魔獣が動き出した。
普通に考えれば、手が足りない。魔獣化+大技でまとめてぶっ飛ばしたいという欲望に駆られる。でも、それじゃあ今までと同じだ。今の自分の実力を高めなければ広島に追いつけることはないだろうし、魔獣化に頼り過ぎればいずれ暴走する。
今は基礎を積み上げろ。一つ一つ丁寧に目の前の物事を片付けろ。大雑把になるな。やっつけ仕事をするな。ロマノフ家の末裔として、いずれは王になる男だ。民の平穏を守れなくして何が王様だ。世襲で誰の承認も得ず、玉座にふんぞり返る気なんてサラサラない。彼らの支持を得るためにもここは、通しちゃならないんだ。
「これでぇ!!!」
こまごまとした技は嫌いだ。シンプルな方が肌に合ってる。ジーノは右手にセンスを集中させ、空中にいる七つ頭の魔獣に向けて撃ち放った。いわゆる意思弾というやつだ。基礎の基礎といったところで、意思の力が扱えるものなら誰でも使用可能になる汎用技術の一つだ。奇抜でも斬新でもなく、芸術的でも画期的でもない。
だけどここは、美術のコンクールじゃない。美しいか美しくないかを競う場ではなく、倒すか倒されるかを決める場だ。正しいか間違っているかは、勝ち負けという結果に依存し、過程も途中式も採点対象にならない。倒すのに必要とあらば細部にこだわってもいいけど、必要ないのであれば邪魔だ。美意識の高さを戦闘に持ち込むつもりなんて毛頭ない。目指すべきは最小効率で求める成果を最大化すること。
「爆ぜて、縮め!!!」
意思弾は通常、起爆する際に周囲の空気が膨張し、急激な圧力が生じることで外向きのエネルギーが生じ、力は全方位に拡散する。爆弾と原理は似ていて、単純な破壊力だけを求めるなら下手に工夫することなく、自然の法則に従えばいい。
でも、差し迫る状況が手抜きを許さない。単純な爆発を伴うだけなら七つ頭の魔獣を軽く吹き飛ばして終わりだ。決定打になることはないだろうし、背後から迫っている三匹の魔獣には全く届かない。
ただ、意思弾のエネルギーの性質を外向きから内向きに変えたらどうか。たったそれだけの工夫で何が変わるのかと鼻で笑われるかもしれないけど、『魔獣を倒す』というシンプルな目的のアプローチとしては理に適っていた。
『『『『――――』』』』
迫り来る脅威である魔獣四匹は、空中に放った意思弾を中心に吸い寄せられる。ジーノとアレクセイは正方形の結界で保護しており、それに巻き込まれることはなく、傍観できる環境を築き上げていた。
後に生じるのは、意図的に作り上げた戦術兵器級の一撃。
「ボカン」
高温と高圧が辺りをまとめて吹き飛ばす。爆縮型核爆弾という人類未踏の領域を、たった一人でやってのける。倒すことだけを追及した極めて合理的な技だったけど、皮肉なことにそれを美しいと感じてしまっている自分がいた。
もちろん、まだまだ至らぬ点はある。都市への影響も考慮して威力は控えめにしているし、仮に全力でやったとしても本物の核兵器には劣るだろう。ただ、差し迫る脅威を排除するだけの十分なパワーはあった。
周囲に広がった土煙が霧散していく。新技の結果が明らかになろうとしている。ただ、慢心はしていない。魔獣が生き残っている可能性も踏まえ、戦闘を継続するだけの心構えは済ませてある。一匹や二匹をノックアウトできればラッキーぐらいの心積もりでいた。
ただ、目の前に広がっていたのは予期せぬ光景。自分自身の目を疑ったけど、見間違いようのない事実がそこにはあった。
「誰も、いない……?」




