第27話 激闘必須
邪遺物『蜂蜜を食べる人』を抜きにしたターニャの戦闘力はセルゲイに遠く及ばない。いくら『白金の道』の教育過程を修了したと言っても、実戦経験に乏しく、頭でっかちであることは確か。人並み以上の頭脳と発想力はあるかもしれないけど、それだけで乗り切れるほど楽な世界じゃなかった。
「文化的模倣――【小さな白い柄手】」
オタクシアが虚空から生み出したのは、白い柄が特徴の短剣。高度な芸術系の能力者だと思われ、神話ベースの武器を創造可変したように見える。文献を隅々まで読んだわけじゃないけど、能力は確か……。
「…………」
オタクシアは突如として姿を消した。見て分かる通り、所有者を透明化する能力。実体がないわけじゃなく、目に見えないだけ。斬新でも先鋭的でもなく既視感ある手垢まみれの異能。西洋の伝承でよく見かけるお決まりのパターンだった。
あたふたしてもいいことは起きない。ターニャは全身に桃色のセンスを纏わせ、静かに目を閉じる。視覚以外の感覚に意識を集中させ、接敵する瞬間を待った。
そこで耳にしたのは、木の葉が揺れる音にも満たない些細な物音。実体があるなら音を立てるのは当然であり、オタクシアが動きを見せたのは確実。
とはいえ、それを相手が予期していないわけもない。あえて聞き取れるギリギリのレベルで音を立てた可能性もあり、フェイントも考慮に入れる必要があった。
「…………」
息が詰まり、周囲の空気に圧迫されるような感覚があった。閉所恐怖症に近いと言えばいいのかな、四方を壁に覆われ、閉じ込められたような気さえする。恐らく、さっきの足音はフェイントで、結界が本命。次の行動は意思弾による反撃だと読み切り、結界内で自爆させるのが狙いだったと思われる。
ざーんねん、外れ。ロザリア先生の教えで、無駄な行動や攻防は極限まで減らせと骨の髄まで叩き込まれている。慎重派すぎて直線的な戦闘スタイルの相手に滅法弱いデメリットもあるけど、今回に関して言えば様子見が上手く噛み合った。
さて……こっからどうするかだな。結界には何らかの属性が付与されていると思われるし、生半可な攻撃じゃ壊せない。生憎、『蜂蜜を食べる人』がない状態だと『反転』の性質で苦手な結界術を得意科目にすることはできず、結界の『中和』といった高度な技術を披露するのも難しい。
――試して、みるか。
「べろべろばぁ!! というのは、死語ですかな」
その出鼻を挫くように登場したのは、間近で変顔を作るオタクシアの姿。どうやら、周囲の圧迫感は結界だけではなく、彼が中にいたことによる影響も含まれていたらしい。結果として、身体はギョッと硬直し、致命的な隙を晒している。読みで上を行かれた瞬間であり、あの短剣の本質は透明化でなく、斬撃にある。
「くっ!!!!」
真っ二つに切り裂こうと縦の斬閃に対し、ターニャは遅れて動き出す。ファーストアタックを取ることを優先し、相手の左脇腹へ右拳を叩き込もうとした。
「残念無念また――」
死語? と思わしき慣用句を多用するオタクシアの表情が氷つく。結界術が苦手とは言っても、結界術が使えないと言った覚えはない。ロザリア先生の教えは最小効率で成果を最大化させることに重きを置いており、得意か苦手かというよりも、その場において適切かどうかの方を重視していた。
つまるところ。
「――――」
小結界による打点ずらし。斬撃が外向きに傾くよう空中に三角形めいた傾斜を作り、紫色に輝くセンスの火花が散る。こちらの身に触れることなく振り下ろされた刃は遺憾なくその威力を発揮する。
周囲に展開されたオタクシアの結界を真っ二つに切り裂く。それこそが小さな白い柄手の本質……二分割だった。
まだ見ぬ奥行きや別の運用方法がありそうだけど、んなことはどうだっていい。オタクシアが隙を晒しているというのが重要であり、それを見逃してあげるほど甘ちゃんになった覚えもなかった。
「どっせい!!!」
繰り出すのは、渾身の回転蹴り。ぐるりと一回転分の遠心力が加わった左足のブーツのつま先がオタクシアの左頬を捉える。その勢いとセンスに抗えるはずもなく、彼は赤い樹々の狭間へと消えていくのが見えた。
「いっけない、今のも死語か」
ターニャは得物抜きの攻防に手応えを感じつつ、戦闘を続行した。
◇◇◇
都市を防衛しろ。それが、セルゲイ大尉に命じられた任務だ。本来なら、治安維持に務める白軍直属の憲兵に任せておけばいいって話でもあるんだが、上層部の指揮系統から独立した人員がいた方が、痒い所に手が届くんだそうだ。
まぁ実際、予想は的中した。王国に侵入者が現れても、お偉方は命令を下すのに慎重で、憲兵を動かすまでにタイムラグがある。今頃は配置がどうとか、人員がどうとか被害予想がどうとか頭を悩ませてんだろうな。指揮系統のトップである元帥がホイホイと現場に出向くわけにもいかねぇし、ある程度の融通が利きやすいコサック部隊を配置したのは結果だけ見れば正解だったと言えるだろう。
ただ問題は……こいつらが手に余るってことだ。
「撤退しろ、ジーナ!! 上層部に一次情報をなんとしてでも届けろ!!!」
鬼気迫る様子で語るのは、長い銀髪で白い軍服を着たアレクセイ。地面には小銃の残骸と大量の空薬莢が転がっている。
「でも……それじゃあ、お前が」
「忘れたか。セルゲイ大尉に十字傷を負わせたのは、この私だ。身を案ずる暇があったら、とっとと増援を呼んで来い!! いいな!!!」
そこまで言われて手をこまねるほど物分かりが悪くなった覚えはねぇ。「こんな場末で死ぬんじゃねぇぞ」と頼もしい背中に声をかけ、ジーナは前線から離脱する。報告すべきは四匹の魔獣の見た目と能力。中でも一番やべぇのが――。
『…………』
アレクセイの正面に立っているのは、七つ頭七つ目七つ角の魔獣。フォルムは犬に近く、色合いは頭ごとに異なり、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色で構成されている。色違いの頭ごとに能力が異なるってのが最大の脅威。それに、今まで数多くの魔獣と敵対してきたが、あんな身なりの化けもん見たことがねぇ。
「さて……小手調べはこれまでだ。ここからは同じ土俵に立ってやる!!」
アレクセイが至るのは魔獣化における最終段階。暴走必須の状態4。四足歩行の白虎の姿を形作り、最後の理性を言葉に変えていた。




