第24話 談義
「それでハムレットが――」
ターニャは煉獄界の赤い樹々が生い茂る場所を背景に、シェイクスピア作品を熱く語る。お相手はオタクシアと名乗った男性。これまで『うんうん、なるほど、それで』などと好意的な相槌を続け、一方的に話しかける展開が続いていた。
「悲劇の結末を迎える。それのどこが面白いと?」
しかし、言葉のトーンと雰囲気が肯定的なものから否定的なものに変わる。オタクシアは目を細め、品定めするように答えを待ちわびていた。悪気があるのかないのか分からないけど、教養を試されているというか、生半可な回答じゃ満足しないと暗に言われているようだった。まくしたてるように作品について語りたいけど、それじゃあ恐らく彼のお気に召すことはない。問いの本質は『悲劇』についてであり、作品の内容に必ずしも触れる必要はない。
「喜劇が絶対でないと知れたから。なんでもそうだけど、同じような展開、同じような作風、同じようなジャンルばかりだと飽きてくる。喜劇やハッピーエンドもいいけど、この世の作品群が一方にだけ偏ると、中身がどんだけ面白くても食傷気味になるんだよね」
「そう思った詳しいエピソードを聞かせてもらっても?」
「シェイクスピアは元々、喜劇が上手い作家だった。どれだけトラブルが起きても最終的にはハッピーエンドに落ち着くのが定番だった。あたしは執筆順に読んでいたから、『ハムレット』もどうせ喜劇で終わると思ってた」
「でも、そうはならなかった」
「前振りが効いていたとでも言うのかな、物語の構成は今までの作品群と似てたし、『あーいつもの展開ね』と、嬉しさ半分飽き半分で見てたけど、後半の怒涛の展開に度肝を抜かれたというか、今まで上手くいっていた作風をぶっ壊してまで悲劇を押し通したのが心に深く刺さったんだよね」
「あるあるを逆手に取られたってわけですな。その時、抱いた感想をもう少し詳しくお聞きしても?」
「文学の多様性を真の意味で触れられた瞬間とでも言うのかな。喜劇か悲劇、どちらかに偏った作品しかこの世にないならディストピア待ったなしなんだけど、同じ作家でも展開やジャンルに幅があるってことを知れたことで世界に彩りと奥行きがあるように感じたんだよね。普段は黒一色の世界だったから、余計に」
一通り意見を伝え終えると、オタクシアは口を閉ざしていた。この後どうなるかなんて本人以外に誰にも分からない。ただ、良くも悪くも言いたいことは全部伝えた。感想ってのは人それぞれだし、それを非難されようが絶賛されようが、どうでもいいと思ってる。冒頭の冷たい反応を見るに、ケチをつけられそうな雰囲気だけど、それもある意味では多様性だった。
「うぬぬ……涙ぐましい話ですなぁ。ディストピア世界に囚われた悲劇のヒロインが文学作品に触れて、外の世界に思いを馳せる切ない物語のように思えまする」
その予想に反し、オタクシアは目頭を指で押さえ、オーバーなリアクションで人情味のある反応を示している。それが本心なのか、言いたいことをグッと堪えてくれたのかは分からないけど、好意的に振る舞っているのは間違いなかった。
まぁ、なんにしても、彼との関係性をそろそろハッキリさせないといけない。ここに来た目的は『セルゲイ大尉の生死を確定させるため』であり、オタクシアは直接関係ない。魅力的な殿方であるのは間違いないけど、全てを差し置いて色恋沙汰を優先するほど頭は桃色じゃないし、話を次のフェイズへ進める必要がある。
「あたしを外に連れ出してくれる? 物語の主人公みたいに」
その思いに反して、ターニャは本心を口にする。意味が分からない。なぜこうなったのか自分でも理解できない。脳と口が連動してないというか、桃色オーラ全開というか、なんにしても口にしたものは仕方がない。後はなるようになるか、ならないか。答えはそれだけ。女ならドシッと構えて、天命を待て。
「拙者でよろしければ、構いませぬよ」
あーやば、死ぬ。
「……」
ターニャは後頭部から地面に倒れ込み、意識を失う。恍惚とした表情を浮かべ、夢の世界に没入しているが、背後に広がる違和感に気付けない。
「ちょろインですなぁ。これで拙者のコレクションが、また一つと」
振り返るオタクシアの目線の先にいたのは、コサック部隊。独創世界『魔境』の術中にハマった哀れな犠牲者たちだった。
◇◇◇
嫌な夢を見た。赤い樹々が生い茂る場所で、オタクっぽい恰好の人がコサック部隊を次々と支配する夢だ。脈絡なんてないし、登場人物の服装もチグハグ。まず間違いなく、神経回路が適当に繋ぎ合わせた妄想の類なんだろうけど、どうしてか冷や汗が止まらなかった。
「よぉ、目が覚めたようだな、若いの。魔毛布団の寝心地はどうだ?」
そこに声をかけてきたのは、白獅子だった。角度的に見えない位置におり、作業中なのか生地を裁断しているような音が伝わってくる。身体の上には魔獣の毛が敷き詰められたと思わしき布団がかけられていた。
どうやらここは、『仕立屋』の中みたいだ。どれぐらいの時間が経ったか分からないけど、胃酸用のスーツ作成が進んでいるんだろう。
「正直に言うと、気分は最悪です。たぶん、悪夢を見たせいですね」
「そりゃあ災難だったな。話せば少しは楽になるだろ。聞いてやるから言ってみな」
「いえ……言ったら実現しそうなのでやめときます」
「そうかい。何かあったら遠慮なく声をかけてくれ。作業が終わるまでは大事なクライアント様だからな」
出会った時と違って態度が柔らかいと思っていたけど、どうやら客だかららしい。一通りの手続きは仲間がやってくれたと判断していいだろう。
「あの……足りなかった素材の件ってどうなりました?」
「もちろん、保留だ。勝手に決められたら癪だろうからってな」
ただ、何もかも滞りなく進めてくれたっていうわけでもないらしい。最後の余白だけ残し、今は元々あった素材だけでスーツを作っているんだろう。分かってるというべきか、気を遣わせたというべきか。何にしても最終判断は委ねられているみたいだ。リーダーとしての面目は保たれていたと思っていいのかな。まぁ、とにもかくにも、言えなかった言葉の続きを伝えるべきだな。
「あの素材はバグジーさんのものです。自由に使う権利は俺たちにありません。無視して押し通せば、追い剥ぎ上等のならず者になっちゃいますからね」
思いの丈を伝えると、作業の手が止まったのが音で分かる。何を思い、どう感じたのか全く分からないけど、不思議と嫌な感じはしない。
「正直に言うと、人様の素材に手を出すクソ野郎だと判断したら、依頼を断るところだった」
「過去形ってことはお眼鏡に適いました?」
「あぁ! 俺が責任をもってお前らの一張羅を作ってやるよ!」
返ってきたのは気持ちがいいぐらい前向きな言葉だった。胃底区では珍しい善意ある人間ということだろう。強い人って漏れなく性格もいいのかな? って幻想を抱きそうになるけど、本題に関係ない。それより、他に言及すべき点があった。
「でも、このままじゃ、一着分ほど素材が足りないんですよね?」
「それなら問題ない。先に目覚めた太っ腹のオカマが素材を進呈済みだ」
「そう……ですか。何か言ってましたか?」
「幽門区にいるアザミには気をつけろ。ただ、それだけだ」
返ってきたのは不穏な言葉。広島、バグジーに続いてアザミ。気のせいであればいいんだけど、かつての仲間が芋づる式に敵になる展開がこの先に待ち受けている気がした。




